変態メイド、襲来

(こんな危険な所にいられるかっ!)


 魔王城を出て、私はぶらぶらと城下町を歩く。

 そりゃ、10年以上勤めた魔王城を追放されて、私としても思うとこがなかったわけではない。しかし、外に出てしまえば気楽なものだった。


 そもそも私にとって四天王など、あまりにも重すぎたのだ。 そんなこと、ネチネチと嫌味を言われる間でもなく分かっている。


『メタモルフォーゼ!』


 私が唱えたのは変身魔法だ。

 つるるんとしたスライムフォルムが白い霧に包まれ、続いて現れたのは小さな幼女の姿――見事なまでの金髪ロリである。


 この魔法は、ごくごく親しい友人の前でしか使ったことはなかった。

 理由は簡単――魔王城の脳筋共の前で使ったら、舐められるからである。まあ、スライム姿でも大差ないけど。



(どうせならビアンカ将軍みたいに、ボンッキュッボン! なら良かったのに)


 一瞬、脳裏によぎったのは四天王の同僚であるビアンカの姿。

 男を悩殺するサキュバス姿は、私の憧れそのものだった。しかし、私の変身形態は、残念なことにつるぺた幼女そのものだった。


 部下が言うには、変身魔法の見た目には精神年齢が反映されるとのことだったが――私の精神年齢は、7歳の幼女そのものということだろうか。やかましいわ!


 私はそんなことを考えながら、私は辺境へと向かう馬車乗り場に向かう。ガルガンティアの息がかかっており、私の正体を隠して、こっそりと運んでくれるはずだ。

 この馬車は、未開の地への片道切符。ここを出発したら、二度と魔王城に戻ってくることはないだろう。


(ひそひそ、ひそひそ)

(あの可愛らしい子は誰だ?)

(迷子かな? 迷子かな?)


 ……何故か、人々の注目を集めている気がする。きっと気のせいだろう。

 だって今の私は、ただの小さな少女の姿そのものだからな。煩わしい四天王時代の人間関係を忘れ、私は辺境でゆっくり羽を伸ばすのだ。


 ――その時だった。



「カリン様~!!」


 耳慣れた声が聞こえてきた気がする。


(馬鹿なっ!)

(あいつがここにいるはずが……!)


 魔王・リズベットが言うには、この追放劇はガルガンティアの独断らしい。

 何でも、私がリーダーを勤める第四小隊に、余計な混乱をもたらさないためらしい。私がここにいることを、知っている者がいるはずが……、



「カリン様、カリン様、カリン様~!!」

「ぐへっ!?」


 現実逃避をする私を咎めるように、小さなメイド服の少女が、凄まじい勢いで私に向かって突撃してきた。その勢いは、まるでラグビー選手のごとし。


「どうしたカミーユ、そんなに慌てて!」

「カリン様こそ、どこに行くんですか! 普段なら引きこもっている時間ですよね!?」


 遠慮のエの字もない言葉を投げかけてくるのは、これでも私の専属メイドのカミーユである。

 ケモミミを生やした獣人族の少女で、今も得物として刀を2本携えている。


「お前には少しは主人を敬うつもりはないのか……」

「そりゃ、豆粒程度の忠義心はありますよ。じゃなければ、カリン様みたいな引きこもりのポンコツスライムに、何年もついて行ったりしませんって 」


 ……グサリときたのである。

 でもカミーユの言葉を飾らない率直なところは、割と嫌いではない。それに、よく見ると毒舌メイドのカミーユの瞳には、微かな心配の色が覗いていた。



( 四天王にはあるまじきポンコツを晒した私を、常に手助けしてくれたのは……このメイドだったな――)


 カミーユは、なんでも先代の四天王……(つまり父である)が、私のためにと付けてくれた優秀なメイドで……、よくぞこれまで見捨てられなかったものだ。


 カミーユは、私が言うのもなんだか完璧な少女だ。

 メイドの役割をテキパキとこなすほか、四天王の補佐として完璧な采配を振るっている。 優秀な従者であるからこそ、私のようなポンコツに仕え続けるのは、我慢ならなかったことだろう。

 正直、これまでよくぞ私を支えてくれたものだ。



「それでカミーユは、こんなところまで何しに来たんだ?」

「それは私のセリフですよ! カリン様、本日の外出等予定はありませんですよね?」

「あー、それはそうだが……」


 混乱を防ぐなら、秘密にしておくべきだろう。

 そんなふうに迷っていたら、


「リズベット様に泣きつかれました。カリン様を追放してしまった、助けて下さいって……!」

「ゲロるの早いなっ!?」


 ガルガンティアの口止めは、全くもって効果が無かったらしい。

 とんでもないことに署名してしまった、とリズがカミーユに泣きついた、というのが事情らしいが――


(ぐぬぬぬ、余計なことを……)

(申し訳なく思うのなら、そのまま放っておいてくれ!)


 正直、ガルガンティアの言葉は、厳然たる事実である。

 私に四天王は分不相応――アルフレッドが第4小隊を率いたほうが、みんな幸せになれると思う。



(リズは、私のことを気に入っていたからな)

(どうにか追放を取り消せないか、無茶な依頼を受けてここまで来たんだろうな)


 心優しいカミーユは、リズの頼みを断れなかったのだろう。



「あー、カミーユ。これまで情けない主人で悪かったな。リズには、探したけど見つからなかったと適当に報告して――新たな主人の元で、その腕を存分に振るってくれ」

「冗談ですよね!?」


 私の言葉に、カミーユは目をまんまるにした。


「カリン様は、私のことを何も分かっておりません。カリン様は、どうしていつも――」


(えぇぇっ!?)


 なんでだ。

 いきなり、泣きだされてしまった。

 てっきり命令で、カミーユは仕方なく私の元で働いていたのだと思っていたのに。



「私は、これから辺境で隠居する。絶対に働かんぞ!」


(これで愛想を尽かされるだろう)

 私の言葉に、カミーユは、


「辺境で隠居――それも素敵な未来ですね。私も、どこまでもお供します!」

「嘘……だよな? いつも、布団でぐうたらしている私を、引っ張りだそうとあれこれ画策していたというのに――」

「今となっては、カリン様の幸せが一番です!」


(しょ、正気か……?)

 嬉しそうに微笑むカミーユを、私は呆然と見返してしまった。



「おい、早く乗れ!」

 馬車を運搬するおっちゃんが、声をかけてきた。


「も、もう少し待――」

「はい、分かりました!」


 止めようとする暇もなかった。

 カミーユは、満面の笑みで私の手を引き、強引に馬車に乗り込むではないか。



(ポンコツスライムの私じゃ、カミーユが本気になったら逆らえるはずがない)

(だからこれは、決して嬉しかったなんて訳じゃなくて――)


 カミーユに勢いよく引きずられていく私。



「カリン様は、いつ見てもちっちゃくて可愛いですね」

「なでなでするな~!? 私は、これでも――っ!」

「もちろん、スライム形態のカリン様も可愛いですよ~!」

「聞いてな――うわっ、何を……この、やめっ、変態~~!?」


 カミーユという完璧少女。

 しかしこの少女には、可愛いものには目がないという致命的な欠陥があった。そして不幸なことに、カミーユは私の変身形態をひどく気に入っているのである(ちなみにスライム形態は、好感度60%ぐらいらしい)


(なでなでなでなでなでなで――)

「鬱陶しい! 離れ……、離れろ~っ!?」

「またまた~、そんなに嬉しそうなくせに~!」


 カミーユを雑に振り払いながら、私は内心では居心地の良さを感じていた。

 ……認めるのは尺だがな。



 ――そうして、四天王最弱・スライムと毒舌メイドの旅路が始まろうとしていた。


「ふんっ、私は絶対に辺境で引きこもり生活を満喫するからなっ!」


 そんな、私の気合に満ちた言葉とともに。

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