第19話

「ごちそうさまです」

エレベーターがなかなかこない。すると突然、佐伯が金田を抱きしめた。

「佐伯さん?」

「ねえ……金田さん」

金田は、佐伯の手を外そうとする。

「金田さん……先ほどホテルについてお話ししたじゃないですか。どうですか?」

「え? 佐伯さん、酔っ払ってるんじゃないですか?」

「そうかもしれない」

「じゃあ、帰りましょう。ね?」

佐伯は、腕から逃れる金田を止めはしなかった。そのとき、エレベーターが到着した。


佐伯に家まで送ると言われた金田だが、タクシーで家まで帰った。タクシーの中で、触れられた肌をさする。

「なんだろう、あの人」

ディナーに誘うほど佐伯に心を許していた金田だったが、急に不信感でいっぱいになった。しかし、佐伯に嫌な感情はない。悪い人ではないことは分かっていた。


家に着くと、佐伯からメールがきた。

『さっきは変なこと言ってごめんなさい。なんか、金田さんといると楽しくて、帰るのが惜しかったんだんです。また、会ってください』

純粋に喜ぶ金田。実は、ホテルに誘われたのは、人生で初めて。いや、男性に抱きしめたのも、人生で初めてだった。


このとき金田は、佐伯に対して、探偵の仕事相手という感情の上に、ほのかな恋心が芽生えていたのかもしれない。


今度は、南からの電話だ。

「どうだった?」

「池綿裕太、河合さんとディナーに来ていたようです」

「そうか」

「おもしろい話が聞けました。田淵ヒルズトーキョーの上層階に出入りする、VIP専用の通路があるようです」

「ホテルへの出入り口のことか? それなら、宿泊客なら出入りできるんじゃないか?」

「VIPカードが必要らしいです」

「それは初見だな。で、VIPカードって?」

「それは、聞けませんでした」

「なんだよ。また今度ってか?」

「いや、今度は……ないと思います」

「もしかして、バレた?」

「バレてはいません。嫌われたとは思いますが」

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