第17話

待ち合わせは、田淵ヒルズトーキョーの1階エントランス。いくつかテーブルやいすがあるものの、金田は立って待っていた。普段は着ないワンピースに、身体が違和感を感じているのか、身動きがぎこちない。


待ち合わせ時間5分前。そろそろかと入口を見ていると、彼がやってきた。前と変わりない、スーツ姿。彼は金田を見つけると、ひょんな顔で訊いた。

「金田さん?」

「どうも」

「見違えましたよ。やはり、女性は何度かお会いしないと分からないものがありますね」

「おかしいですか?」

「いえ、お似合いです。前にお会いしたときは、カジュアルな服装だったので」

やはり、金田の普段着が気になってはいたようだ。

「では、早速行きましょう」

「はい」


エレベーターで、50階のレストランに向かう。

金田のぎこちない動きに、

「緊張、してます?」

と、佐伯が穏やかな口調でほくそ笑む。

「はい。初めてなもので」

「これから行く、レストランがですか?」

「はい」

「楽しみにしていてください。私がおすすめする料理と眺望です。今日は天気がいいので、夜景がきれいですよ、きっと」

「夜景なんて、いつぶりだろう」

「50階だと、周りのビルに遮られることがないので、観覧車も見ることができるんですよ。季節によって観覧車の色が変わるんですけど、イベントがある日は、プロジェクションマッピングもしていますね」

「楽しみです」

50階に到着した。

「どうぞ」

慣れた様でエスコートする佐伯に、金田はただただ着いていく。


50階は、レストランフロアとなっている。

中華のほか、和食、洋食の名店が並ぶ。

「こちらです」

この中華料理屋「田淵飯店」は、このビルの経営をしている田淵カンパニー社長である田淵義晴の展開しているレストラン。チャーハンが単品で2000円、餃子6個で1200円と、お高い金額に驚く金田。

「予約した佐伯です」

すぐに店内に案内された。

高級レストランに入るなんて、金田にとっては初めての経験。その空気感と、他の客の豪華な身のこなしに、足元がもたついてしまう。

「中華料理の食事の作法、勉強してこなかった……」

と、金田は心の中で反省した。


案内されたのは、窓際の席。窓の外には、ビルの明かりという名のイルミネーションが広がっていた。

「すごーい」

思わず、声が漏れた。街中のビルの明かりが星のように輝いていて、星に囲まれた宇宙にいるような別世界だ。

「どうかな?」

「すごくきれい。星を見ているみたいです」

「星か。きれいな例えですね」

「佐伯さんがおすすめするのが、よく分かります」

「喜んでもらえて何よりです。このフロアには、他の店舗も入っているのですが、この店からの景色が一番なんですよ」

「ここには、よく食事に来られるんですか?」

「仕事の関係で、たまにです。プライベートでは来たことがなかったので、今日は金田さんと来ることができて光栄です」

「一度来てみたかったんです。好きな芸能人が、ここの中華料理をブログで紹介していたので、食べたい衝動に駆られてしまいました」

「初めてお会いした時から、中華のお話をしていましたよね。金田さん、中華が好きなんだなーって思っていたんですが、芸能人の影響でしたか。もしかして、その好きな芸能人に会えると思って、緊張しているんじゃないですか?」

緊張気味の金田の前に、佐伯はなんだか楽しそうだ。

「そ、そんなことは」

「だって、店の入り口から足がもたついていましたよ」

それは、ワンピースを着て歩く違和感からだ。

「バレてました?」

「バレバレです」

談笑するふたりの前に、シャンパンが運ばれてきた。

「乾杯、しましょうか」

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