永遠に透明なブルー
星宮林檎
第1話 茜色に染まる
── プレリュード ──
それは柔らかい潮騒のように、どこまでも滑らかな音。
私はただ波間に揺蕩う泡のようにただ静かに、紺碧の青に溶け込んで、青い青い空を仰いだ。
あなたは誰──?
生も死も、有も無もなく、ただそこにあるがままの、物言わぬ波の精霊のような。
あなたがいなければ、私はただ。
ただ、無情なまでに透明な青の中に虚しく存在する「無音」の存在。
真に透明に澄んだ、純粋な音を極限まで消化する至高の芸術。私の手はとてもあなたに届きそうもない。
それでも尚、あなたは今も私の世界の中心に棲んでいる。
澄み切って透明な「永遠の青」の世界に。
【第一楽章(1)】茜色に染まる
秋はあんまり好きじゃない。うそ、本当は大好き。ただ、この季節を感じるのが辛いだけだ。
この緋色の夕日に染まる窓辺で、外を眺めていると、あなたを思い出してしまうから……。
*
彼の名は「響木
一つ下の下級生で、確か一年四組だと言っていたっけ。
夕日の沈むこの夕暮れの第三音楽室でいつも一人でバイオリンを弾いていた。
県の音高で、一、二を争うトップレベルのこの、聖マリアンナ愛洸学院で、バイオリンのソリストを担うほどの腕前。
私は彼のピアノ伴奏をする、パートナー。いわゆる「音楽のパートナー」だった。
──『キミが、鈴原すずはら「センパイ?それから、なんて読むのかな、この名前、彩都?サイトさん?』
初見でいけ好かないヤツだとそう思った──。
──『そうよ。でも違う。アヤトよ。』
──それが、仮にも「センパイ」にかける言葉か。内心毒づきそうになるのを必死で堪えて返答した。
すると彼は手にしていた、グァルネリのバイオリンをコトンと優しくケースに仕舞うと、突然椅子に座ってピアノで『ブラームス』を弾き始めた。
「……!」
上手い!──
鍵盤を一ミリの狂いもなく、芯を捉えて正確に叩く技術。冷徹なまでに整った旋律に背筋が思わず、ゾクリとした。
さわりのバイオリンのメロディに即興でつけたチェロパートを交えて奏でるピアノ伴奏。それだけで、彼の持った信じられないほど卓越した演奏技術を悟って、背中にじわりと汗をかいたのを今でも覚えている。
「君に、この三重奏トリオ三重奏のピアノをやって欲しいんだ。」
「え……?」
「どうかな」
不意をつかれて、心臓がギュッと痛くなり、怒りと緊張で呼吸が荒くなるのを感じた。
「弾けない。私には無理よ」
「君は嘘を吐いている」
「なっ……!」
第三音楽室の窓辺に差し込む茜色の光は、鮮やかな緋色に変わりつつあった。日中、煌びやかな音楽の流れる部屋には、ただ夕暮れの窓辺に散る枯葉の音と、沈黙が流れるばかりだった。
【第一楽章(2)】ビロードの秋
永遠に透明なブルー 星宮林檎 @saeka_himuro99
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