5.紅葉の会とかいうファンクラブがあるそうです

 暖かな日差しが地面を照らす早朝。身支度を整えた藤華は外の空気を吸うために、渡り廊下に居た。


「んー、良い天気!」


 思いっきり伸びをして藤華は言う。その時、草むらにきらりと光るものを見つけた。続いてごそごそと動く音がする。

 眉をひそめた藤華は背負っていた竹刀袋から木刀を取り出し、構える。ゆっくりと草むらに近づき、尋問する。


「そこで何をしているの?出てきなさい!」

「ひぃ、すみません!」


 すると草むらから痩せ型の男性が謝りながら出てくる。カメラを手にしており、光ったものはそれだと分かった。


「謝ってすんだら警察いらないでしょ!質問に答えなさい」


 いつでも木刀を頭に振り下ろせるよう、藤華は左上段に構える。男性は土下座をしながら言い訳を始めた。


「ポスターで見て、ちょっと会いたくなっただけなんです!写真もほんの出来心で……」

「住所は何処で知ったの?」

「ネット上にありましたぁ!ほんとにごめんなさい」


 藤華の瞳が危うい光を放つ。木刀を持つ手に力を込め、恐ろしい言葉を放った。


「ストーカーには罰を与えることにしてるの。あぁ、傷は残らないから安心して」


 男性がヒッと息を呑むと同時に、藤華は木刀を振り下ろす。男性はとっさに頭を抱え、さらに丸まった。

 バキッバキッと骨が折れそうな音が辺りに響き、男性の身体のあらゆるところに打撲が出来た。


「ふぅ、満足した」

「……ヨ……カッタ……デ……ス」


 殴られたせいで顔がパンパンに腫れた男性は、途切れ途切れに切り返す。藤華は男性に手をかざし、呪文を唱えた。


「この声は我が声にあらず。全てを癒やす神の声なり。汝の傷を癒やし給え」


 まばゆい光が男性の体を包み込み、傷が癒えていく。藤華が焔から護身用に教わった術だ。攻撃は出来ないが、身の安全は守ることができる。


「これに懲りたら、二度と来ないことね」


 藤華がそう言い放つと、男性はもの凄い勢いで去っていった。これだけこっぴどくやられたのだから、入って来ることは無いと考え、藤華は家に戻ろうとした。


「藤華様、中々やりますわね。貴女を少し見くびっていたようですわ」


 後ろからの声に振り返ると、メイド服に身を包んだ黒髪縦巻きロールの美少女が立っていた。


「はじめまして藤華様。私、深雪と申します」


 深雪はスカートの端をつまんで、それはそれは優雅なお辞儀をした。 いかにも貴族の令嬢といった立ち居振る舞いである。


「……なんの御用でしょうか?」

「焔様にお話することがありますの。取り次いでくださる?」


 柔らかく微笑んではいるが、こちらに余計なことを探られないように警戒している。藤華には探るつもりは全くないのだが。


「ご案内致します」


 藤華も負けじと営業用の微笑みを浮かべ、自宅へと誘った。


 ✽ ✽ ✽


「どうぞ」


 藤華は焔と深雪の前に湯呑を置く。深雪は礼を言うが、目は鋭く輝いており、二人の間に緊張感が漂い始めた。


「……それで、深雪の話っていうのは何だ?」


 焔はわざとらしく咳払いをすると、本題に入ろうとする。深雪は藤華から視線を外らすと、作り物ではない本物の笑顔を浮かべた。


「はい!焔様のご自宅で二人程新人の研修を行いたいんですの♡」

「侍従課の研修施設があるだろ?なにもうちでやらなくたって……」


 語尾に♡が付いていたのを華麗にスルーして、焔は切り返した。正論である。


「あいにく研修施設は他でいっぱいですわ。……ここは従姉妹のよしみでお願い出来ませんか?」


 絶対に何かを企んでいると藤華は思ったが、確たる証拠も無しに深雪を責めることは出来ない。それに、焔と深雪が従姉妹であることに藤華は驚き固まっていた。


「分かった。人数分の部屋を用意しておこう。生活費はそちら持ちで良いか?」

「構いませんわ。後で請求して下さいませ」


 とりあえずは話がまとまったようだ。得体のしれない深雪と同じ空間に居るのはだいぶ疲れたので、藤華は心のそこから安堵した。


「では、本日はこれで失礼致しますわ。それではまた後日会いましょう」

「ああ。待っている」


 焔が社交辞令としてそう言う。顔は言葉に一切合わず、ものすごく嫌そうだ。


「私、見送ってくる」


 焔に一言断ってから、藤華は深雪とともに外に出た。いつの間にやら迎えの車が来ており、ドアを開けて待っている。

 深雪は藤華にそっと近づき、耳に囁いた。


「藤華様、お覚悟をお決めください」 


 一体なんの覚悟を決めろと言うのだろうか。藤華は深雪の真意がつかめないまま、一礼して見送った。


 ✽ ✽ ✽


「しばらくお世話になりますわ」


 深雪が新人二人を連れてやってきたのは、3日後の事であった。あの後聞いたことなのだが、深雪は侍従課課長の一人らしい。侍従課は少し特殊で、男女それぞれ一人ずつの課長がいるためだ。


「二人共、ご挨拶なさい」


 深雪が後ろに控えていた新人に促す。二人は一歩前に出ると、一礼した。


「瑞花、と申します」

「六花です。どうぞよろしくお願いします」


 浅葱色のワンピースに白いエプロンを身に着けた二人は、腰のあたりで手を重ねて背筋を伸ばした。


「藤華、部屋に案内してくれ」


 互いに挨拶をしたところで、焔は藤華合図をした。藤華はこくりと頷くと、カーディガンの裾をさばいて背を向ける。


「付いてきてください」


 深雪と瑞花、六花の三人は自分の荷物を拾い上げ、藤華の後を歩いていく。その姿を焔は黙って見送った。


「……藤華様、この後お仕事はありますの?」

「いえ、今日は休みですので」


 藤華がそう答えると、後ろを歩く二人は笑みを浮かべた。藤華に気取られないよう、ひっそりと。


「では、研修のお手伝いをしていただけませんか?」

「いいですよ」


 何もすることがなく、暇を持て余していた藤華はあっさり了承する。そうこうしている内に四人は部屋に着いた。


「右の端から三部屋はお好きに使ってください」

「ありがとうございます」


 深雪は深々と礼をすると、懐中時計を取り出して指示を出し始めた。


「では、一時間後に研修を始めます。それまでに用意をして私の部屋の前に来てくださいませ」


 了解の意志を伝えるべく、瑞花と六花は大きく頷く。深雪は藤華に振り返ると、にこやかに微笑んだ。


「手ぶらで構いませんので、藤華様もよろしくお願いしますわ」

「はい」


 深雪の笑顔に嫌な予感しかしないのだが、そんなことは顔に一切出さず、返事をした。


 ✽ ✽ ✽


 一時間後、藤華が集合場所に着くと櫛を片手に深雪が待ち受けていた。後ろにはきっちり髪をお団子に纏められた二人が立っている。


「皆さん揃いましたわね?これから研修を始めますわ」

「「よろしくお願い致します」」


 息ぴったりに二人は返事をする。深雪は満足そうに頷くと、藤華に部屋に入るよう促した。


「藤華様には主人を演じていただきますわ。どうぞお好きに行動して下さいませ」

「え?」 


 何か場面を設定されてそれを演じるのかと思いきや、好きに動けとは意外である。藤華は目を見張った。


「いかなるときも主人を支えられての侍女。基本はすでに教えていますわ」

「じゃあ、部屋に戻りますね……」 


 そろそろと藤華は自分の部屋に戻ろうとする。すると深雪は、


「貴女は主人なのですから、もっと堂々となさい!」


と藤華を叱った。藤華は手伝いを引き受けた一時間前の自分を呪いたい気分であった。


「お嬢様、どうぞ」


 瑞花が藤華の部屋のドアを開け、脇に控える。六花は藤華の後ろをぴったりとくっついて離れない。


「六花さん、少し離れてください」

「! 失礼しました」


 藤華が注意すると、慌てて六花は距離を取る。まだまだ不慣れな様子だ。


「六花、五点減点」


 深雪がそう言って、手にしていた紙に何かを書きつける。この研修は試験も兼ねているようだ。


「はぁ……疲れる」


 藤華はベッドに倒れ込むと、使い慣れたスマートフォンをいじり始める。インターネットで小説を検索し、適当なものを読むためだ。


「藤華様、クローゼットを拝見しても?」

「なんでですか?」

「主人の服を管理するのも侍女の勤めですわ」

「どうぞぉ」


 小説を読みつつ藤華は返事をする。深雪は瑞花に目配せをして、クローゼットを開けさせた。

 中に入っていたのは茜に貰った着物数枚とパジャマ、ジャージである。


「……藤華様、他に服はありませんの?」

「それだけですよ」


 藤華の答えに、深雪のこめかみに血管が浮いた。瑞花と六花の手も震えている。


「焔様の前にもこのような服で出るんですの!?ありえませんわ」

「もう我慢なりません」

「深雪様、よろしいですか?」


 藤華は深雪たちが憤慨する理由がわからず、オロオロとする。その様子を見て、深雪たちは名乗りを上げた。


「容姿端麗、文武両道の焔様を愛する者の集まる会、紅葉の会」

「その中でも幼少のみぎりから焔様を慕われる深雪様こそが」

「紅葉の会の会長ですわ!」


 後ろで爆発でも起こしたらとても似合いそうだと考えた藤華は、ポツリとこぼす。


「……レンジャーか」

「なんですの?それは」

「いやいや、こっちの話なので気にしないで下さい」


 藤華は慌てて打ち消し、本題に戻す。


「……ともかく、貴女は焔様にふさわしくありませんわ!会の総意として制裁を加えます!」

「お覚悟を」


 ああ、深雪は言っていたのはこういうことだったのかと理解し、藤華きが遠くなりそうな気分だった。

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