4.どうやら噂になっているようです

「焔ぁ、出て来なさーい!」


 いつものように部屋に引きこもった焔を、凛と藤華が引きずり出そうとする。最高神・玉兎への謁見からはや一ヶ月。藤華は秘書の仕事にも慣れ、茜の手伝いが無くともこなせるようになった。


「……」

「凛ちゃんがドア壊してもいいの!?」


 相変わらず返事がないので、藤華は強行手段に出ようとする。すると、流石に慌てた焔が折れた。


「わぁったよ。出るから待ってろ」


 焔は言葉通りに支度をして部屋を出てきた。最初から大人しく出てくればいいのにと言いたいのを堪え、藤華は予定を読み上げる。


「今日は転生が合わせて十五件。台本は昨日渡した通りね。お昼には広報の人が取材に来るからよろしく」

「なんでそんな多いんだ……!」 

「仕方ないじゃない、コンテストがあるんだから」


 以前に比べて案件が増えた理由。それは現世のネット上で異世界転生・転移をテーマにしたコンテストが行われているからだ。豪華賞品があるため、参加作品がとても多い。


「ほら、後が詰まってるんだから行くよ!」

「あきらめるのです、あるじさま」


 凛まで藤華の味方にまわってしまったため、焔は一つため息をついて外に出た。二人も後をついていく。


「最初は役者だったな」

「そ。頑張ってよ焔」


 本日最初の仕事は、舞台役者を作品の中へ転移させるというものだった。今回は焔が主導して行うことになっている。


「仕掛けは済んでるし、楽なもんだな」

「まーね」


 件数増加により、効率的に仕事をさばく必要があったため、一々神殿に術を施さなくても良いようになっているのだ。


 そうこうしているうちに、三人は神殿へと到着後した。


「しょうがない、始めるか!」


 焔は一つ気合を入れ、中央に進む。焔たちの忙しい一日が幕を上げた。


 ✽ ✽ ✽


『ここは……神殿?』


 少女が魔法陣の中央に現れ、キョロキョロと辺りを見廻した。


『はじめまして、文島千代子さん』

『……!』


 千代子は茶色の瞳を大きく揺らし、不安げな表情を作る。藤華に警戒心むき出しといった様子だ。


『すまない、うちの部下が驚かせたな。俺たちは怪しい者ではないから、安心してくれ』

『じゃあ、貴方達は何者なんです?』


 千代子は焔と藤華を睨みつけ、激しく問い詰める。焔はゆったりと笑うと、答えた。


『異世界転生を司る神だ。お前、“銀河鉄道の夜”の世界に行きたくないか?』


 千代子は舞台役者。今稽古している舞台が銀河鉄道の夜である。なかなか役を掴めず、悩んでいた。


『お前の役はカムパネルラ。演出家から死者になりきれていないと言われている』


 焔は手帳をパラパラをめくりながら、読み上げた。言い当てられた千代子は焔たちが本当に神だと信用したらしく、警戒を解いた。


『ええそうです。だから近所の川に飛び込んだ。……私は死んだんですか?』

『お前次第だな』

『は?』

『異世界転生するというなら、後で生き返る。だが、そうではない道を選べばこのまま死ぬ』


 淡々と焔がそう述べる。千代子の瞳が爛々と輝き、迷いなく答えた。


『私を転生させてください。役のためなら、何色にも染まりましょう』

『分かった』


 焔は藤華に目配せをして、門を開かせる。千代子は門の正面に立つと、焔を振り返った。

『……なぜ、ここまでしてくれるんです?貴方になんの利益も無いのに』

『神の気まぐれだ』


 焔はにやりと笑って切り返す。千代子は意味深い笑みを浮かべ、門を通り抜けた

「終わったぁ……」

「はいはい。次、すぐ来るよ」


 一気に気の抜けた焔の背を、藤華はパシンと小気味のいい音をさせて叩く。焔は少し痛かったのか顔をしかめつつ、次の仕事を尋ねる。


「次は?」

「OLが悪役令嬢に転生するのが続けて十件」

「昨日も二十件やっただろ!?飽きた」

「私だって飽きたよ!ったく、皆揃って乙女ゲー転生考えるんだから……」


 焔と藤華は心底嫌だという顔でため息をつく。すると、いつの間にか二人のそばに来た凛が正論を言う。


「あきてもやらなくちゃだめです。おしごとですから」

「「そうなんだけどねぇ〜/な〜」」

「かんばってください」


 口では文句を言いつつも、二人は次の転生者への準備をし始める。凛はそれを満足そうに眺めていた。


 ✽ ✽ ✽


 午後、予定通り広報課二人がカメラを片手にやってきた。百年ぶりの新人秘書である藤華を取材するためだ。容姿端麗な藤華を次の求人ポスターに起用したいらしい。


「広報課の蒼穹です。こっちは同じく弟の天穹」

「「よろしくお願いします」」

「とりあえず此処に並んでもらって、皆さんで一枚良いですか?」

「はい」


 焔、凛、藤華の三人は神殿の入り口で仲良く並ぶ。藤華が柔らかく微笑んだところで、広報課のカメラマンである天穹がシャッターを切る。


「どう?兄さん」

「おお、良いじゃないか天」


 カメラの画面を覗きながら、兄弟は何かを言い合う。やがて満足したのか、本格的に取材が始まった。


「じゃあ、藤華さんに聞きます。今回ポスターに起用されて、どう思いましたか?」

「とても驚きました。まさか私がって感じで」


 次々と来る質問に淡々と藤華は答える。その様子を焔と凛は黙って見守っていた。


「……ふじかさま、だいにんきですね」

「そうだな。これも最高神様の失敗のおかげだ」


 顔はにこやかだが、目は笑っていない。橙色の瞳は何処か遠くを見つめていた。


「なにをかんがえてるんです?」

「いや、何も」

「うそつくのはだめですよ?」


 曇りのない目で見つめられると、焔はたまらなくなって本心を明かした。使い魔といえど、焔は凛に弱いのだ。


「……侍従課の連中が面倒くさそうだと思ってな。あいつ等勝手に俺のファンクラブ作ってただろ」

「ふじかさまに、てをださないといいですね」

「護身術でも教えるか……」


 焔の心配を藤華は知ることなく、蒼穹、天穹兄弟の取材及び写真撮影を受けていた。


「横向いてもらって良いですか?……あっ、オッケーです!行きますよー、はいチーズ!」


 先程広報誌用に撮った写真とは別に、求人ポスターを撮る。何パターンか撮影した後で、ようやく藤華は開放された。


「出来上がったら持ってきますので、よろしくお願いします」

「楽しみに待っててくれよな!」


 兄貴と呼びたくなる蒼穹と真面目で礼儀正しい天穹。正反対に思えるが仲の良い兄弟であった。


「お疲れ様でした〜」


 藤華は二人の姿が見えなくなるまで手を振り続けた。景色に溶け込んで消えると、藤華は神殿の中に入る。


「さて、やるよ焔ぁ」

「まだあんのか……」

「ほら、後ちょっとだから頑張ろ!」


 藤華に背中を押され、焔は神殿の奥へと行かされる。凛が一足早く着いており、転生者の対応をしていた。

 ため息と共に焔は凛の隣に立ち、仕事用の凛々しい顔つきになる。


『私は焔という神だ。お前の願いはなんだ?』


 今日も異世界転生課は忙しい。


 ✽ ✽ ✽


「なんですの、この女は!」

「きっと顔で焔様を誑かしたに決まってますわ」

「……様、制裁を加えてやりましょう!」


 揃いの衣装を身に着けた女性たちが次々と罵る。一段高いところに座している女性がパンパンと手を叩いた。


「静まりなさい」


 心に染み渡るような声音で言うと、騒がしい罵り声が止み、沈黙が流れる。


「この女には然るべき処置をしますわ。それまで皆さんは手を出さないこと。良いですね?」

「しかし!」


 近くにいた一人が反対の声を上げる。他の何人かも不服そうな表情を浮かべていた。


「私たちのルールを忘れましたの?下手に手を出せば焔様に迷惑がかかりますわ。仮にも焔様の秘書なのですから」

「はい……」


 反対した女性はうなだれる。一応は納得したようだ。


「では、今日はお開きに致しましょう」 


 流れるような所作でワンピースの裾をさばき、女性たちはその場から立ち去っていった。後には塵一つなく、人が存在していたのかと思うほどであった。

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