天界魂管理局・異世界転生課の活動記録
志満 章
1.神様の秘書になりました
「今週のアレやばくなかった!?」
「やばい。主人公死んだら前代未聞だよ」
「けどさ、あの作者ならやりかねないよね」
下校途中、中学三年生の加藤綾華は、幼なじみの小池真莉と盛り上がっていた。話題は最近アニメ化し、絶大な人気を得ている漫画作品である。
「単行本欲しいけど、人気すぎて何処にも売ってない」
「あ〜、めっちゃわかる」
二人は歩き慣れた歩道を進み、家の近くの信号に差し掛かる。
「劇場版見に行く?」
「受験生だからって親に止められた」
「綾んち厳しいもんね〜」
綾華の返事に真莉が苦笑する。二人がスマホを触りながら信号待ちをしていると、一人の子供がフラフラと車道に出ていく。
「ほんと、真莉が貸してくれなかったら漫画も読めなっ……」
顔を上げた綾華の言葉が途中で途切れた。今にも車道にいる子供に気がついたからだ。
「真莉!あれ!」
綾華の切迫した声に真莉も顔を上げ、目を大きく開いた。
「やばっ!……って、綾!?」
真莉の隣いたはずの綾華は、子供を助けようと車道に飛び出す。それとほぼ同時に、スピードを出したトラックが突っ込んでくる。
咄嗟に綾華は子供を突き飛ばし、反対側の歩道へ転ばせる。その場にいた歩行者が受け止めたため、怪我はしていないようだ。
「綾!!」
真莉の悲痛な叫び声が響く。トラックは間近に迫っており、避けようがない。
ドンッという低く鈍い音がし、綾華は数メートル吹き飛ばされる。アスファルトに叩きつけられ、血の海ができていく。
「キャァァァァァァァァア!」
「誰か、警察と救急車!」
「綾、綾、しっかりして」
遠くに若い女性の悲鳴と、男性の怒鳴り声がする。耳元では真莉が綾華に呼びかけていた。それもだんだん聞こえづらくなる。
ああ、自分は死ぬのだと綾華は思った。子供を庇って轢かれるなんて、最近よくある異世界転生のテンプレートではないか。これで転生したらそれはそれで面白い。綾華は薄い笑みを浮かべ、瞼を閉じた。
「ちょっと綾!?死ぬなんて許さないよ!」
いかにも真莉らしい台詞だと思いながら、綾華は意識を手放した。
✽ ✽ ✽
綾華が目を覚ますと、硬い寝台の上だった。周りを見渡すと、神殿のような建物であることがわかる。
「加藤綾華……加藤綾華……」
傍らではいかにも神様という格好の男性が、しゃがみこんでぱらぱらと手帳をめくっている。同級生の女子ならば、黄色い悲鳴を上げるような顔立ちだ。狐の幼女も一緒になって探している。
「あれっ、何処にもない」
「そんなわけないじゃないですか。あるじさま、もっとよくさがしてください」
「いや、ホントに無いって」
綾華は思った。ここは神様が能力の希望とか聞いてくれる展開ではないのか。名前が名簿に無いということは、自分は死なない運命だったのではないかと。
悩んでいても話が進まないので、綾華は話しかけて見ることにした。
「あの〜、どうかしました?」
神様(?)と幼女がビキッという音を立てて固まった。たっぷり呼吸を三つ数えると、二人はコソコソと相談を始める。
「……かんぜんにまちがいですよ。どうします?」
「どうするって言っても、転生先ないし……」
「そこをなんとか」
「……俺に案がある」
神様がゆったりと立ち上がり、綾華の正面に立つ。
「加藤綾華、俺の秘書になれ」
神様から告げられた運命は、剣と魔法の世界に行くでもなく、乙女ゲームの登場人物になるでもなく、秘書。
「……はぁ!?」
「神の秘書だぞ、秘書。嫌か?」
「嫌に決まってんでしょうが!黙って聞いていれば間違いで死んだ?それなら生き返らせなさいよ!」
神様が幼女に目配せをすると、細やかな装飾が施された鏡が運ばれてくる。
「見てみろ」
綾華が鏡を覗くと、自分の葬式が映っていた。遺体は既に火葬されているようだ。
「……」
「身体が無いからな、お前を生き返らせることはできない」
死という事実が綾華に重くのしかかる。自分は此処で生きる他ないのだと、綾華ははっきりと自覚した。
神様は一つため息をつくと、綾華にある提案をする。
「俺の家には、各種小説、漫画、同人誌にWi-Fi完備してるし、お前が使ってたスマホもあるが、どうだ?」
「……やります!!」
それだけの快適空間であるならば、受けてのもいい。綾華はそう思った。
「じゃあついてこい。家に案内する」
そう言って神様と幼女が歩き出した。綾華は慌てて寝台から降り、二人についていった。
✽ ✽ ✽
外は日が落ち、地平線に僅かな橙色が残るばかりであった。神殿の渡り廊下の先には、ごくごく普通の一軒家が建っている。玄関のドアを開けると、小綺麗なリビングになっていた。
「靴脱いで上がってくれ」
綾華は履きなれたローファーを脱ぎ、靴だなに置く。
「はい、お前のスマホ。お前の部屋は此処な」
指し示されたのは二階の部屋。中は生前の自分の部屋が寸分違わず再現されていた。気を使ってくれたらしい。
「ありがとう、神様」
「どういたしまして。……後神様じゃなくて、焔と呼べ」
神様を果たして呼び捨てにしていいのか悩んだので、一応様をつけることにした。
「わかりました、焔様」
「様はつけなくていい。敬語も無しだ」
意外な提案に、綾華は驚いた。神の秘書をやたら押してくるからプライドが高い男なのだと思ったのだが、違ったらしい。
「じゃあ、呼び捨てでいいの?」
「ああ。……なんかあったら下に居るから来い」
「分かった」
そう返事をして綾華は部屋の中に入り、ドアを閉める。そのままベッドに倒れ込むと、スマホのロックを解除した。
「流石に連絡手段はないか……」
見慣れた画面には、毎日のように友達と話すことに使っていたアプリが一切ない。SNSの自分のアカウントも綺麗に消えている。新規登録もできない。
「まぁ、いっか。ネット使えるだけいいし」
綾華はそう呟くと動画サイトを開き、イヤホンをして好きなボカロの曲を流す。聞いては次へ、聞いては次へというのをしばらく繰り返した後で、綾華は無性にお菓子が食べたくなった。
「下に行けばあるかな?」
ベッドから動くことはとても面倒だ。しかし綾華はお菓子を求め、焔が居るであろう一階に降りることにした。
自分のスマホとイヤホンを持ち綾華はドアを開ける。すると、一階から騒がしい声がする。焔の他に、若い女性が居るようだ。
「なんだろ?」
気にはなったが、それよりも当初の目的を果たすべく、綾華は階段を降りていった。
✽ ✽ ✽
「……」
下に降りると、いかにも不機嫌そうな表情の焔と、予想通り若い女性が居た。女性は黒地に真紅の薔薇と金色の蝶をあしらった着物を着ている。白い肌によく合っていて、艶やかだ。
「この娘が綾華?可愛いじゃない」
ふだん可愛いなんてあまり言われないものだから、綾華は思わず笑みをこぼした。
「ありがとう、ございます。……焔、この方は?」
「俺の上司の茜さんだ。此処にある本も茜さんの趣味」
リビングには各時代の漫画が揃っている。一体茜は何歳なのだろうと思ったが、流石に失礼なので、他のことを聞いた。
「あの、茜さんって漫画とかラノベ好きなんですか?」
「もちろん。特に少年少女がぼろぼろになりながら戦うやつが好き」
茜の瞳がきらりと光る。綾華はふるふると震えてから、叫んだ。
「同志よ!」
綾華と茜はがっしりと手を握り合い、肩を叩きあった。
そんな二人を見て、焔は呆れと諦めがないまぜになった表情を浮かべて、頭を抱えた。
「面倒くさいのが増えたな……」
焔がぼそりと呟いた言葉を、二人は聞き逃さなかった。
「「なんか言った?」」
二人は焔に満面の笑みを浮かべつつも、有無を言わせない圧をかける。はっきり言って恐ろしい。
「イエ、ナンデモアリマセン」
焔は変な日本語で返すと、二人から目をそらした。触らぬ神に祟りなし。ここは話題を変えて誤魔化そうと、焔は口を開いた。
「ところで、茜さんは何の用です?」
「あぁ、これを渡しにね」
そう言って、茜は袖に潜ませていた封筒を焔に差し出す。宛名には『天界魂管理局 異世界転生課』と書いてある。
「へぇ、此処ってそんな名前なんだ」
「そうだ。一応役所だからな、資料はこうやって送られてくる」
そう言いながら、焔は封筒を開ける。中にはA4の紙がクリップ留められ入っている。何が書かれているのかと綾華が覗き込むと、綺麗な字で小説の設定が綴られていた。
「なんで小説の設定なんか……」
仕事の資料として、作者しか知らないような小説の設定が送られてくるのはあまりにも不自然だ。出版社ならわかるが、先程此処は役所だと焔は言った。
「おや、まだ話していないのかい?あたしらの仕事」
「焔からは何も」
綾華は仕事どころか此処がどんな所かも、今知ったばかりだ。教えてくれるならば知りたいという気持ちである。
「じゃあ教えてあげよう。物語は人目に触れると『成る』んだ。そうして生まれた魂を管理し、正しい世界へ転生させるのがあたしたちの仕事」
「『成る』ってどういうことですか?」
転生させることが仕事だということはわかった。しかし、綾華は物語が『成る』というのがわからなかった。
「『成る』ってのはね、物語の中の世界がそっくりそのまま生まれることさ。もちろん人やモノはシナリオどおりに動く」
「パラレルワールドってやつですか?」
「そうだね」
信じがたい話だが、神がこうして目の前にいるのだから、ありえないわけではないと、綾華は思った。
「それで設定資料ですか」
「演出用にな。……めんどくせぇ」
焔の不機嫌さがさらに増す。綾華はそんな焔に対する疑問をぶつけてみた。
「焔、もしかして働きたくないの?」
若干の沈黙が流れる。辛抱強く待っていると焔が口を開いた。
「もしかしなくても働きたくない。お家に引きこもりたい」
「……」
引きこもりたいという言葉は非常に共感できる。だがしかし、焔の口からその言葉が出てくるとは思っていなかったので、綾華は少し引いた。
「……焔は黙ってれば、まともなんだけどねぇ」
「ですね」
茜はそう言ってため息をつく。焔から何度もこんな台詞を聞いてきたのだろう。
「悪かったな、中身がこれで」
焔がそっぽを向いたその時、誰かのお腹が鳴った。三人は顔を見合わせるが、違うらしい。焔が柱の影に目をやり、呼びかける。
「凛、出ておいで」
凛は柱の影からぴょこっと顔を出す。先程焔の側にいた狐の幼女だ。水干の裾からちらりと見える尻尾が何とも可愛らしい。
「……やばい、可愛すぎる……!」
うるうると瞳を潤ませて焔を上目遣いところが、綾華に更に愛しく思わせる。なんでもお願いを聞いてしまいそうだ。
「あるじさま、おなかすきました。いなりずしがたべたいです」
「じゃあ晩ごはんにしようかね」
焔が応じるよりも早く、茜が返す。綾華もお腹が空いていたところであるし、異論はない。
「焔ぁ、台所借りるよ。綾華も手伝いな」
茜は焔の返答を待たずに、迷うことなく台所に向かう。遅れまいとして、綾華は早足で茜を追いかけた。
✽ ✽ ✽
「……おや、カレーがあるじゃないか。凛には悪いが、今日はこれだ」
冷蔵庫をあさった茜は大鍋に入ったカレーを見つけた。おそらく焔が大量に作り置きしたものだろう。それをやや小ぶりの鍋に移し、火にかける。
「綾華、食器を出しておくれ」
綾華は指示されたとおりに、食器棚から四人分の食器を出す。その後綾華は手持ち無沙汰になってしまった。
「手伝うことってあります?」
「いや、特に」
聞いてみたものの、カレーを温めているだけなので特に仕事がない。二人の間に沈黙が流れた。
「……あんたは自分が何故此処に来たか知ってるかい?」
「理由、ですか……。いえ、知りません」
此処の仕事から考えるに、自分も何かの物語のキャラクターであろう。転生先がないというのは疑問だが。綾華は自分の推測を茜に伝えると、こう返された。
「正解。ただ、あたしやあんたの場合中途半端な物語だったから、転生先がないんだよ」
「転生先まで書かれていないんですか?」
「最近あるだろう、設定と冒頭だけ書いて投稿してあるの。それさ」
綾華は腑に落ちたという顔をした。自身もそのようなものをたまに見かけたことがある。
「って、茜さんも人間なんですか!?」
さらっと流してしまいそうになったが、その事実に綾華は気づいた。凛は焔の使い魔だろうと思っていたし、茜も神様だと思っていたのだ。
「そうさ、百年ぐらい前はね。最初は綾華と同じ焔の秘書」
焔があの性格だから、いつの間にか上司になってたけどね、と茜は笑う。
「じゃあ、茜先輩ですね」
「茜姐さんとお呼び」
冗談混じりに茜は言う。綾華は大真面目に返事をして、敬礼した。それを見た茜はクスクスと笑う。もちろんカレーをかき混ぜる手は止めずに。気がつけば湯気が立ち上っている。
「いい頃合いだね。ご飯よそって頂戴」
「はい姐さん」
手早くご飯をよそって茜に手渡す。その上に茜がルーを注ぎ、なんとも言えないいい香りが辺りに漂う。
「さて、持ってくよ」
小さめのお盆二つを使い、リビングへと二人は向かう。
「「お待たせ〜」」
リビングの机にスプーンと皿を並べて、茜と綾華は席に座る。焔と凛が横に並び、その向かいに茜と綾華という形だ。
「かれーですね!おいしそうです」
「俺が作り置きしてたやつじゃん!」
リビングで待っていた凛は、目を輝かせてカレーを見る。焔は勝手に作り置きを出され、若干不機嫌だ。相当頑張って作ったらしい。
「「「「いただきます!」」」」
四人揃って手を合わせ、各々カレーに手をつけた。ごくごく普通のカレーである。しかし空腹だったため、とても美味しく感じられた。空腹が最高の調味料とはよく言ったものである。
「……おいひいれす」
はむはむとカレーを頬張りながら凛が言う。その言葉に焔はほっと胸をなでおろした。
「そういや茜さん、さっきの仕事っていつですか?」
「明日。綾華の初仕事だね」
さっきの仕事とは茜が資料を持ってきた仕事のことだもろう。綾華の顔が少し強張った。
「そんな緊張しなくても大丈夫。あたしも居るからさ」
「茜姐さんが居るなら安心ですね!」
綾華の顔が一気に晴れやかになる。正反対に焔の顔はあからさまに嫌そうだ。
「……適当にサボろうと思ったのに……」
そのつぶやきを茜は聞き逃してくれなかった。
「綾華、こいつを働かせるのがあんたの仕事だからね」
「はい!」
サボり魔の神様と中学生秘書の物語は、ここから始まる。
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