第二幕 (5)
このバスはいけない。心が叫ぶ、逃げなきゃ。
反対の右側へ。それでいいのか、わからない。でも右に、電車のホームへゆけば。
改札へと早足になった。
駅は蛍光灯の明かりがチカチカしていた。そこに誰もいない。さらに、改札のところが改札機ではなく、鉄の扉となっていた。
「どういうこと」
ただ扉の真ん中に、切符入れと表示のある小窓があった。
ためらう。はたして、叩いて押してみるか、指をくわえているべきか。
ふあ~んとクラクションの音。振り向くと、バスがライトを点滅させている。こちらへこいといっているような。
背筋が凍った。もう、ぐずぐずしていられない。おそらく、ここで逃げないと逃げ切れない。このバスを断ち切るためには駅しかないか。
ならばと切符売り場へ足を向ける。
そこでまた、驚いた。
まず、小銭を入れるところがない。どれも行き先の下にボタンがあって、それを押せば切符が出てくる仕組みか。
そしてなにより行き先が駅名ではなかった。
タイトルがずらりと並んでる。
映画のものやら、テレビのものやら、小説に、アニメに、ゲームのものもあった。
息を呑むしかない。
ちらっと小鬼どもがよぎる。
「ひょっとして、この世界に行けというの。そして、Judgeせよというの」
あの、おどけた風。なにかゲームのようなのり。
「つまり、そういうことか」
指が迷う。
映画のタイトルは、洋画に邦画に、韓流ものに、香港、はてはインドや中東のものまである。そして小説のタイトルは古今東西ともいうべき。欧米から、中国のもの、日本は古事記から最近のミステリーまで。さらに昭和のころのアニメやファミコンのゲームタイトルにいたるまでずらりとあった。
どれを選ぶ。
ただ、このあとの展開も踏まえないと。そう、映画といっても風と共に去りぬや、タイタニック、そんな名作にいってJudgeはやれる?また、小説でも罪と罰やら、人間失格なんて、哲学なところでJudgeなんて怖ろしい。かといってアニメやゲームで冒険なんかできないし、スポ根もまっぴら、恋愛なんてやめて。
ふあ~ん、ふあ~んとクラクションが響く。
なんと、黒塗りのバスが寄ってくる。窓にはうつろなひとがこちらをのぞいてる。
プシュウっとバスのドアが開いた。
うわあっと茜は慌てた。
と、その、右隅のタイトルに『ひなた』とあった。
「あっ、新刊まである」
もう、弾みもあってボタンを押していた。切符が出ると引ったくって改札へ走る。小窓に入れると、はたしてギイッと扉が開いた。
そこへ飛び込む。
「Judge。では、これよりひなたへ発車します」
あの、小鬼なのか?やや甲高いアナウンスが流れた。
「発車って」
そこで茜はびっくり。すでにそこは車両のなかだった。電車ではなく列車であった。車両通路にぽつりとしゃがみ込んでる。
右側に窓があって、左側が個室となっている。まるで大正ロマンがあふれる造り。
「ともあれ、助かったのか」
ぼおっとなってしまう。
「ごきげんよう」
わっと振り向いた。そこに、もふもふの毛皮コートをまとった婦人が立っていた。
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