決着と再会

「くっ!」


 爆炎エクスプロージョンによって巻き起こった黒煙が徐々に晴れていく。その向こうから覗かせたフィーアの顔は、余裕の笑顔だった。

 そして、まるで他人事のように彼女は口を開いた。


「あーあ、折れちまったよ。……残念残念」


 それと同時に、足元に何かが放り出された。だがそこにあったのは、折れるどころか傷一つ無い彼女の金棒・金剛砕こんごうさいだった。


「フィーア、貴様何を言って……!!」

「だ~か~らぁ~。言ったろ?折れちまったって」


 そう言って笑う彼女の右手首は、素人目でもわかるほど見事に折れていた。

 プラプラとあらぬ方向を向いた右手を力なく揺すりながら、彼女はクスクスと笑う。


「ったく、とんでもねーヤツだよ。オレの全力を真正面から受け止めるなんてよ。おかげで右手はこのザマだぜ?」


 山を吹き飛ばし、大地を砕き、海を割る。そんな常識はずれの威力を持つ彼女の打撃。その破壊力が受け止められたことによって自身に跳ね返って来たのだろう。俺の防壁と衝突した際に発生したエネルギーを一身に受けたフィーアの右手首の骨は、見事なまでに粉砕していたのだ。


「生まれもった出力に自身の体が耐えられなかったか。つくづく馬鹿げた力だな」

「へっ!その馬鹿げた力を受け止めたのはどこのどいつだよ。……強くなりやがって」


 ゲラゲラと笑うと、フィーアは再び折れた手首を見つめる。


「ま、あれだ。流石のオレも片手で勇者サマご一行は相手にできねーな。この喧嘩、オメーらの勝ちだよ」


 彼女の言葉と同時に、イツキが俺の背中をバシンと叩く。


「やったわね!ツヴァイ!」

「お、おう」


 それに続き仲間達が続々と集まってくる。


「やりましたね!ツヴァイ様!あと……先ほどは守っていただいてありがとうございました!」

「さっすがご主人!あの四天王最強の攻撃を跳ね返しちゃうなんて、ボク感動しちゃったよ!」

「防御は最良の攻撃。主らしい見事な勝利でしたぞ?」


 彼女らに囲まれながらもみくちゃにされる俺をみて、フィーアが笑みを浮かべる。


「良かったな、ツヴァイ」

「ふっ、そうだな。なにせ貴様には負けっぱなしだった……」

「そうじゃねえよ」


 無事な方の左手で、フィーアはオレの顔を指差した。


「今のお前、魔王軍にいた頃よりずっと楽しそうだせ?そんなモン被ってたってわかる」

「……そうか」

「あーあ!それにしても負けちまったかぁー!やっぱ悔しいなぁ、オイ!負けるのはよお!」


 そうは言いつつも満足げな顔でフィーアは空を見上げた。


「……っと。忘れるとこだった。オイ!勇者!」

「何よ?……っと。これは」


 フィーアはイツキに向かって何やら小さな物を投げる。


「『火の鍵』。それが欲しかったんだろ?」

「そりゃあ欲しいけど。いいの?随分あっさりと」

「いいんだよ!オレは喧嘩に負けたんだから!まあ、また酒でも飲もうぜ!そっちなら負けねーからよ」

「……ふーん。何かイメージと違ったわね」

「あ?どーいう意味だよ?」


 首を傾げるフィーアにイツキは言う。


「喧嘩好きなんて言ってたから、もっとこう……『腕が千切れようが戦う!』みたいなこと言って、誰彼構わず喧嘩を吹っ掛けるようなヤツだと思ったんだけど」

「はぁ?んなわけねーだろ。腕が千切れたら、今後満足に喧嘩できねえじゃねえか」

「や、今のは物の例えで」

「それにオレは全力をぶつけ合うような喧嘩がしてーんだ!だから弱いヤツは襲わねえし、強いヤツだって命までは取らねえよ。また、戦えるかもしれねーからな」

「のわりには、アタシら死にそうだったんですけど?」

「大丈夫だろ?オメーらの側にはツヴァイあいつがいるんだから」


 あっけらかんといい放つフィーアの言葉に、俺は少し気恥ずかしい気持ちになった。だが、そんな俺の心中を知ってか知らずか、イツキも彼女に同調する。


「ふ、ふふふ!そうね!そうよね!ツヴァイがいるんだもん!そうそう死にはしないわよね!……アンタわかってんじゃない」

「だろ?……オメーこそ、話がわかるじゃねえか!」


 二人は声を揃えて笑う。


(コイツら、似た者同士なのかもしれないな)


 どこがと問われれば、言い表すのは難しい。だが、彼女らは何処と無く似ているように感じられたのだ。

 そんなことを考えていると、フィーアが口を開く。


「ふー。そもそもオレは楽しい喧嘩がしたくて魔王軍に入ったんだ。別に人間が憎いとか滅ぼしたいとかそういうのはねえんだ。だからよ……」


 彼女が何かをいいかけたその時。俺達の頭上から降る厳かな声が、それを遮った。


「今の言葉、聞き捨てならんな」


 聞き覚えのある声。その声の主に心当たりのある俺は、慌てて視線を上空に向ける。そこには、豪奢な装飾品と黒いローブに身を包んだ見覚えのある男が宙に浮いていた。


「ま、魔王様!いや、魔王ヌル!」


 魔族の王にして、魔王軍のリーダー『ヌル』。俺を軍から追い出した張本人であるその男が、冷たい目でこちらを見下ろしていたのだった。

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