第042話 後悔からのぉ(結城優奈視点)
あいつが私の目の前で刺されて倒れた。
あぁ……私たちがこいつらの欲望の大きさに気付かなかったからだ。
毒を嗅がされて身動きが取れなくなっている間に気を失わされ、こんなところに連れこまれてしまったせいであいつをこんな目にあわせてしまった。
私はなんて愚かなのだろう。
もっと警戒していればよかった。
もっと気を付けていればよかった。
もっと情報を集めればよかった。
色々な後悔が私の頭の中をよぎる。
ただ、自分のアホさ加減以前に、絶対許せない物がある。それはこいつを刺した視線の先に居る男だ。こいつだけは私達が差し違えてでも殺してやる。
そう思ったんだけど、私はまだ手がほどけていないので、身動きがとれない。
「許さない!!」
私の代わりに加奈がその泣きはらした目を細めてキッと男を睨む。
「おいおい、ヒーローはもういないんだぜ?くっくっく」
男は私達の視線を余裕で受け流し、嘲笑うように宣う。
どうやら私たちでは勝てないと思っているらしい。
「加奈!!」
「うん!!」
加奈は私の意図するところを理解してすぐにあいつが使っていた剣を拾って男と対峙する。あいつの剣は視たことのない色をしていて、私達が使っている装備よりも数段強力な装備だというが分かった。
これならこいつにも一矢報いることが出来るはず。
「ふーん、よさそうな武器じゃねぇか。それは俺がもらってやるよ!!」
「やれるものならやってみたらどう?」
私はそう考えたけど、男の恫喝に加奈の声が少し震えていた。
やっぱりまださっきの恐怖が抜けていないみたい。それは私も同じだから分かる。ただ、私は対峙しているわけじゃないからそこまで恐怖が蘇ってこないだけ。
あの時は本当に怖かった。もう終わりだと思った。目の前の下卑た笑みを浮かべたゲス野郎たちに、私達の大切なものを奪われ、最後は人としての尊厳まで奪われてしまう。
そう思っていた。
あいつが奴らを全員倒して私たちの口の布を外してくれるまで、まるで生きた心地がしなかった。
でも私たちは助かった。あいつが助けてくれた。
私は安心のあまり気が抜けてしまっていた。
「後でその生意気な面を啼かせてやるからな、覚悟しろよ」
「御託はいいよ」
「はははっ。それでこそ燃えるってなぁ!!いくぜぇ!!」
男は素手で加奈に向かって駆けだした。
加奈が強がっていることが分かっているんだ。このままじゃ、今度こそ私達はこいつらの餌食にされてしまう。
お願い誰か……誰か助けて……。
私はそう縋って祈る事しかできなかった。
「てい!!」
「ぐぼぉっ!?」
ただ、次の瞬間には男は床にめり込んでいた。なぜなら刺されて倒れたはずのあいつがその男に手刀を振り下ろしたからだ。
「え?え?なんで生きてるの?」
「そりゃあ生きてるだからだが?」
頭が混乱してしまい、目の前にいるあいつが理解できない加奈に、彼は腕を組んで質問の意図が理解できないまま不思議そうに首を傾げて答える。
私も信じられない光景に眼を見開いた。
「いや、そういうことが聞きたいんじゃなくて、なんで刺されたのにそんなにぴんぴんしてるのってこと」
話がかみ合っていないのを悟った加奈が問い直す。
本当にその通りだ。後ろから無防備な脇腹にアイツが持っていたナイフをつきたてられたはず。
「いや、刺されてないぞ?ほら?ただ、まさか不意打ちをされるとは思わなかったから、びっくりして倒れてしまったんだ」
加奈の質問に対して刺されたはずの脇腹を見せながら倒れてしまった理由を話すあいつ。
確かにその脇腹には傷一つなかった。
「ふーん。じゃあなんですぐに起き上がらなかったの?」
「そりゃあ俺も最初やられたと思ったんだけど、全然痛くないから脇腹見てみたら全然刺さってなかったんだよ。それでようやく自分が刺されてないって理解出来たから、お返しにチョップしてやったってわけ。ちょっとだけダメージを殺しきれなかっただけんだけどね。ははははっ。やっぱりボディスーツは強かったんだな」
「それは単純に小太郎がおかしいだけだと思う」
まさか本人も確認するまで刺されたと思っていたなんてどこのコメディだろう。
笑いながら自分のボディスーツを褒めるあいつに、加奈は真面目にツッコミを入れてしまった。
「うーん、まぁそれなりにレベル差あるだろうし、そうかもしれないな」
真面目に返されてしまったあいつも真面目に返さざるを得なくなり、肩を竦める。
「はぁ……全く心配させないでよ」
「悪い悪い。許してくれ」
呆れてため息を吐く加奈に、あいつはバツの悪そうに苦笑いを浮かべて頭を掻く。
「許さない……って言ったら?」
「うーん。そうだな、俺にできる範囲で二人の願いを一つだけ叶えるとか?」
加奈が悪ふざけていったことにあいつは馬鹿正直に返事をする。
そんな所も正直素敵。
「いいよ。それで許してあげる」
加奈はまさかそんな返事を貰えるとは思っていなかっただろうけど、思わぬ収穫に冗談だったとは言えなくなり、そのまま了承したみたいだ。
加奈は一体何を願うんだろう。
ま、まさか、一人で抜け駆けするんじゃ!?
私は急に焦りが出てくる。
「ありがとう。それで?願いは?」
とんでもない願いをされる想定をしていないあいつに私は声かけたいけど、流石にこのタイミングで会話を邪魔するのもアレなので、見守るしかない。
「こんな風に男たちに捕まった上に、また助けられてしまった私達にこんなこと言う資格はないかもしれない。でも私たちを強くしてほしい。そしてこれからは小太郎と一緒に居させて欲しい」
あれ?結構控えめ?
私はまさか私まで入れた願いを言ってくれるとは思っていなくて思わず目が点になった。
「なるほどな……」
あいつは難しそうに腕を組んで考え込む。
「だめ?」
「いや、鍛えるのは問題ない。ただ、一緒にいるって俺とパーティを組むってことだろ?それなら近くに住んでいた方がいいけど、ウチは遠いし、他に近くに家もないからな。でも、流石に家に一緒に住むわけにも行かないから、どうしたものかと思ってな」
完全に加奈の後半のお願いが空ぶってる!!
あいつが鈍感だという考えはなかった!!
これは強敵になりそうな予感。
「それなら一緒に住む」
しかし、加奈は一緒に住むという条件を飲むつもりだ。
あいつと一つ屋根の下。めくるめくラブラブ生活が待っているのね。
「いやいや、それは駄目だろ。俺はこれでも健全な男子高校生だし、俺の他にも二人男がいる。異性と一つ屋根の下に住むって言うのは良くないだろうし、たった今襲われたばかりの二人をそんな男しかいない場所に連れていくわけにはいかないだろ」
でも、加奈の選択に対して私たちを心から心配した上で別の候補を探そうとするあいつ、ホントしゅき。
「いい」
「え?」
でも加奈は食い下がる。その返事は予想していなかったのか、俺の間抜けな声をあげた。
「だからそれでもいいと言っている」
「いやだから」
「私が、いや私達がそう言っている」
言い直した後、再び止められそうになるけど、有無を言わさず再び攻める。
暫しの間二人はじっと見つめあう。
「はぁ……分かった。そうしよう」
「ありがと」
こうして私達はあいつと一緒に行くことになった。
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