第021話 へーんしん!!

「ニィ……」

「はぁ……くっそ癒される」


 俺の腕の中で寝ていた子猫を段ボールに毛布を敷いて寝かせてやる。寝ながらも小さな声で鳴くその子猫の姿は可愛すぎて心がキュンキュンしてしまう。


 なんなんだこの可愛い生物は。


「いいからお前は荷物を一旦整理してきてよ」

「くっ。はいよ」


 俺を気持ち悪そうに眺める聡が追い払う仕草をするので、子猫と離れたくない気持ちをぐっと堪え、家の余っている部屋にやってきた。


 物資を鞄の中から取り出して、種類別に部屋の中に置いていく。鞄が十二畳分あるので、二部屋のほとんどが埋まってしまった。


 ただこの建て替えた家は無駄に広いので二部屋埋まってもどうにかなる。


「ふぅ。これでよしっと。待っててね、子猫ちゃん!!」


 荷物の整理を終えた俺はすぐに拾ってきた子猫の許に向かう。


「くぅ……なんて可愛いんだ……」


 少し開いた扉の向こうから修二の声が聞こえたので、俺はこっそり中を覗く。そこには子猫が横たわる段ボールの中を見つめながら、表情を緩ませる目つきの悪い男子高校生の姿があった。


 くっくっく。修二もメロメロじゃないか。


「何してんの?」


 俺に声を掛ける人物がいる。


「しーっ。今いいところ」


 俺は声の主の方に振り返り、小声で口元で人差し指を建てて静かにさせる。


「どれどれ……ははーん。真田君って可愛いものが好きだからね。最近はあんまり人前でああいう姿見せなくなったけど」

「そうなんだよな」


 俺の上のから中を覗き、俺が見ていた理由が理解できると、修二の意外な側面を語る。


 いかつい見た目になったけど、小さい頃から可愛いものが好きなのは変わらないな。


「まぁでもそろそろいいでしょ。真田くーん」

「なっ。お前いたのか?それにロッコも!?」


 聡は躊躇することなくデレデレとした表情になっている修二がいる部屋の扉をあけ放つ。


 いきなりドアが開いて俺たちがやって来たことを焦る修二。


「まぁね」

「見てたぞ。自分もそんなに猫が好きなら、それならそうと言ってくれたよかったのに」

「す、好きなんかじゃねぇよ!!」


 軽く呆れぎみの聡とニヤニヤして修二の許に近づく俺達。修二は顔を真っ赤にして腕を組んでそっぽを向いた。


 こいつは俺たちが可愛い物が好きなのを気付いてないとでも思ってるのだろうか。


 あまりに無意味な行動だった。


「男子高校生のツンデレは誰得?」

「女子?」

「わからないな」

「うっせ!!」


 俺と聡が顔を見合わせて揶揄えば、修二は悪態をつく。


「ニィ?」


 俺たちがうるさかったせいか、段ボールの中の猫が体を動かして、ゆっくりと目を開ける。


 俺たちはその子猫を覗き込んだ。


「ニィ!!ニィ!!」


 子猫はキョロキョロと付近を見回し、俺の顔の所で止まったと思えば、元気に鳴いて段ボールの側面に寄りかかって前足を掛けて登ろうとするが、力が足りずに登れていない。


 幼子特有の体躯とクリッとしたその瞳を持つ子猫が懸命な姿も可愛すぎて思わず頬が緩んでしまう。


「お前に近づこうとしてるな?」

「助けたせいかな?」

「そうかも」


 考えられるのはこの猫を魔法を使って助けたから。その時の匂いとか、俺の顔とかをかすかな意識の中で覚えていたのかもしれない。


「ほらほら」

「ニィ!!ニィ!!」


 持ち上げてだっこしてやると、俺の胸に頭をこすりつけながら嬉しそうに鳴き声を上げた。


「もう可愛すぎて萌え死にしそうだな、これ」

「人懐っこいね」

「羨ましい……」


 俺は子猫の仕草の可愛らしさに、尊すぎて心が締め付けられるような気持ちになる。聡は子猫の行動を珍しそうに眺め、修二はじっと子猫を眺めていた。


「名前はどうしようかな……」

「ニィ!!」


 拾ったからには育てるつもりだ。だから名前を付けたい。この子も名前と聞いて分かっているのかさっきより激しく俺に甘えてくる。


「そうかそうかお前も付けて欲しいのか。ちょっと待ってろ。お前たちもなんか案をくれ」


 俺も考えるが、二人に良い案があるなら、そっちを採用しようと思う。


「そうだなぁ。餅とかどうかな?白いし」

「ニッ!!」


 聡が考えた案は気に入らないらしく、プイっと首を背けた。


「うーん。だめか」

「じゃ、じゃあ、ジェニファーっていうのどうだ?英語で白波って意味なんだよ」


 聡は残念そうに唸ると、修二がなんか危ないテンションで名前を提案する。


「「「……」」」


 そのあまりの必死さに俺達は何も言わずに修二の顔を見る二人と一匹。


「じょ、冗談だよ、冗談。名前なんて知るかよ!!」


 俺達も無言の威圧感に耐えられなかったのか、我に返ったらしい修二が慌てて言い訳をしてさっき考えた名前はなかったことにした。


 それにしてもどうしたもんか……。


 真っ白な毛並みに整った顔つきと青い瞳。それは天使の翼とその瞳を連想させる。天使はエンジェル。


 そのまんまだとあれだから一文字とってエンジェ。でもそれだと語感がイマイチか。それなら最後の文字を変えてエンジュというのはどうだろうか。


「それならエンジュっていうのはどうだ?この子の色合いから天使ぽいなって思ってもじってみたんだ」

「僕はその子が気に入るなら良いと思うけど」

「そ、そうだな。エンジュって言葉は日本語で長生きとかいい意味がある。そういう意味でも悪くないんじゃないか?」


 二人の感触も悪くない。


 それにしても……。


「お前よくそんなこと知ってんな?」

「た、たまたまだ」


 俺の疑問に冷や汗を流して顔を逸らして答える修二。絶対偶々じゃないなこれ。


 というか修二って目つき悪いけど優しいし、成績もいいからな。そういうことを知っていても不思議じゃない。


「エンジュって名前はどうだ?」

「ニィ!!」


 俺は腕の中にいる子猫に問いかけると、産声でもあげるように子猫は鳴いた。


 どうやら気に入ってくれたようだ。


『名づけを確認。従魔契約をします。ただし、登録のない種族のため種族変換を実行します。変換先の種族はエンジェルキャットです』


 エンジュが名前を受け入れた瞬間、レベルアップのアナウンスと同様の声で脳内に声が響き渡った。


「ニィイイイイイイイイイッ!!」


 それと同時にエンジュの体が光り輝き、空中に浮かび上がった後で大きな鳴き声を上げる。


「なに!?」

「だ、大丈夫なのか?」

「いや、分からない。名前を付けた途端、脳内にアナウンスがあってこうなった」


 突然の事態に聡は困惑し、修二は俺に心配そうに尋ねた。しかし、俺も初めてのことだから今起こったことを説明するしかできない。


「一体何が起こるんだ……」


 俺達はその光景を見守るしかできなかった。


 エンジュの真っ白なシルエットが変形し、少し体大きくなり、その体から一対の翼のような物が生え、頭の上に輪っかみたいなものが現れる。


 そして変化が終わった瞬間、包み込んでいた光が消え、エンジュの姿が露になった。


 そこには白い子猫だったエンジュが、子猫の状態のまま五十センチくらいの大きさになって、その背に一対の純白の羽を生やし、頭の上に天使の輪のような金色に輝くリングを付け、空中に浮かんでいた。


「にぃ」


 目をつぶっていたエンジュは目を開き、俺の顔を見るなり鳴き声を上げてフヨフヨと浮かんだまま俺の顔にすり寄ってくる。


「お前どうしちゃったんだよ……」


 名前を付けて姿達が変わり果てたエンジュに俺達が呆然とするしかなかった。

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