直隷派の内紛


 直隷派が北京政府を掌握し、合衆国が歴史上初めて中国大陸における列強間パワーゲームの主導権を握ったかのように思われたが、事態はそれほど単純なものではなかった。

 華南では孫文を初めとする革命派が地元の軍閥と連合政権を組んでいたし、満洲には張作霖がいた。

 また、北京政府自体が直隷派をはじめとしたいくつかの軍閥の集合体であり、その団結は甚だ心許なかった。

 さらに事態をややこしくしていたのが、直隷派内部にも分裂が生じつつあることであった。


 段祺瑞を追い落とした直隷派は黎元洪を大総統に据え、曹錕が国務総理、呉佩孚が陸軍総長という体制で政権を発足させたが、曹と呉の間で路線対立が生じつつあった。

 曹が直隷派による独裁体制を確立し、武力による全土の統一を志向したのに対し、呉は華南の孫文らと妥協し、速やかな統一政権の樹立を主張した。


 北京政府内では相対的に最強の武力を保有する直隷派ではあったが、必ずしも広汎な支持を得ているわけではなかった。

 そうした中で直隷派が独裁的に振舞えば再度の内紛を呼ぶ恐れがあり、呉はそれを懸念していた。

 対して、曹に言わせれば呉の主張するような「話し合いによる統一」など所詮は理想主義者の空理空論であった。

 実力で統一してこそ、真に盤石な政権ができるのであった。北京政府全体では呉を支持する者が多かったが、直隷派内部では曹が強い支持を得ていた。

 こうして直隷派は曹錕の保定派と呉佩孚の洛陽派に分裂したのである。


 事態が動いたのは一九二三年のことでことであった。

 曹錕は国会に働きかけ(武力による示威も含まれる)、大総統の黎元洪を解任し自らの大総統就任と翌年から華南への出兵を発表した。

 同時に国会を無期限閉会し、独裁体制を確立したのである。


 曹は呉を陸軍総長から南征軍司令官に転出させた。

 陸軍の最高責任者から一方面軍司令官への転任であり、事実上の左遷であった。

 そこには呉を首都・北京から出すことで、政治的な策動を抑え込む意図があったといわれている。

 この時期、華南に樹立された広東政府では内紛が勃発しており、南征軍を迎え撃つ余裕はなかった。したがって南征が実行されていれば北京政府による中華統一が成功していたかもしれなかった。


 しかし、ここから事態はさらなる急転を見せ始める。

 呉は南征軍司令官に就任する条件として、司令部の幕僚を自身で選ぶという条件を付け、曹はそれを了承した(保定派の軍人も司令部と前線指揮官の双方に配置していた)。

 そして翌二四年、三路に分かれて南征軍は進撃していった。

 呉の本軍はもっとも東よりのルートを進んでいたが、済南付近まで進撃したところで軍を反転させ、「不正に大総統に就任した曹錕の征伐」を中華全土に向けて宣言したのである。


 これを知った曹はむろん激怒し、直ちに呉の追討を宣言。他の南征軍にも呉を攻撃するように命じたが、その命令は実行されなかった。

 残り二路の南征軍は呉の宣言を知ると南進を止めた。

 かと言って呉を攻撃するでもなくその場に停止した(ちなみに南征軍にいた保定派の将校たちは拘束された)。

 つまり、直隷派内部での支持基盤の弱さを自覚していた呉は、四年かけて北京政府内部と軍内での支持を広げていたのであり、南征がなくともいずれ曹錕を追い落とすつもりであった(呉が取り込みを図った中には旧安徽派も含まれており、呉は天津で隠棲していた段祺瑞にも接触している)。

 それが南征軍の司令官として実戦部隊を与えられたことで、はからずもその好機を得た形であった。


 曹錕は自ら軍を率いて、呉の軍の迎撃にあたり、両軍は天津郊外で激突した(天津まで呉の進軍を許したのは曹錕が自ら出撃するか迷い、迎撃が遅れたためとの説がある)。

 兵力では曹が優勢であったが、戦闘の最中に保定派の将軍の一人であった馮玉祥が寝返り、曹錕の本営を突いたため戦闘は呉の勝利に帰結した。

 曹は捕えられ北京で軟禁された。


 後年、元洛陽派の高官のうちの何人かが証言したことであるが、呉のクーデターの背後には合衆国の支援があった可能性がある。

 独裁的な傾向を深める曹を合衆国も切りたがっていたということかもしれないが、事実としては段祺瑞を大総統とし、呉佩孚を国務総理とする新政権は合衆国の支援を受け続けたのであった。

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