第67話


ずっとこのままではないことはヴィクトリアだって分かっている。

しかし、今だけは自分の『大好き』を堪能したい。

それがヴィクトリアの何よりの『幸せ』だからだ。


鏡に映っているのはヴィクトリアの瞳の色に合わせたチェリーレッドのドレスだった。

薔薇のように華々しいどころか、相手を威圧するような毒々しさがある。


べジュファンのお姉様方にドレスショップを紹介してもらい、アクセサリーについてのアドバイスを貰い、今回のパーティーにぴったりのものを選んだ。


確かにこのくらいの華やかさがなければ、あの三人に見劣りしてしまうだろうと思ったヴィクトリアは、吸い込まれるようにしてこのドレスに手を伸ばした。


適度な露出もありヴィクトリアの豊満な胸が目立っていい感じである。

大人っぽくもセクシーなドレスは、今のヴィクトリアを存分に輝かせてくれ、令嬢達にはない妖艶な雰囲気はヴィクトリアだけの武器となるだろう。


(いつもはやられっぱなしのわたくしだけれども、今回はヴィクトリアの若さと美しさと色気で三人を悩殺ですわッ!!)


そんなヴィクトリアは最近、ベジュファンの中で不思議な立ち位置にいる。

「あなたならば、べジュレルート公爵を任せられるわ」

定期的に開催されているベジュファンのお茶会に参加しつつ、モカロフ公爵夫人やファンクラブのお姉様方に囲まれて、活動を心から楽しんでいたヴィクトリアは突然、そう言われて驚き過ぎて目玉が飛び出しそうになった。


何よりヴィクトリアが「ーーーお姉様方のべジュレルート公爵への愛はそんなものなのですかッ!?!?!?」と、問い掛けてしまったくらいだ。


しかし「わたくし達はベジュレルート公爵の幸せを一番に願っているの」と言われてしまえば、ヴィクトリアは口を尖らせながら黙るしかなかった。


ピンクベージュの髪は大人っぽくまとめ上げてゴールドの輝く髪留めをつけていた。

メイクも濃いめで、口紅も真っ赤で艶っぽく。

ある程度、自分に自信がある男性でなければ、とても声をかけることは出来ないだろう。


社交界に広がった噂と今回、一人でパーティーに参加することもあり、マイナスな印象しかないヴィクトリアだが、そんな言葉を弾き飛ばして、堂々と咲き誇ろうではないか。

それに全てをひっくり返す時ほど面白いことはない。



「ーーーヴィクトリア・バリソワ、出陣ですわ!」



気合の入った掛け声と共に侍女達から拍手が上がる。

ヴィクトリアは馬車に乗り込んで会場に向かった。


いつもは侍女服で歩いている城に、ドレスアップした姿で進むのは新鮮な気持ちだった。


バリソワ公爵家の馬車から降りたヴィクトリアの姿を見て、周囲は息を飲んだ。

ヴィクトリアの印象は今から百八十度、変わることだろう。

熱い視線を感じながら、堂々と階段を登っていく。


会場の中に入ると、沢山の人で溢れかえっていた。

シュルベルツ国王や王子達はまだ会場には居ないようだ。


(あぁ……陛下があの豪華な椅子に堂々と座る姿が見られるなんて)


考えるだけで涎が止まらない。

そうなると、ヴィクトリアの目的はイーシュ辺境伯とべジュレルート公爵である。

しかし、この中でべジュレルート公爵を探すのは簡単だ。


ファンクラブのお姉様方が取り囲んでいる真ん中……鬼畜な俺様姿とは違って、眼鏡の奥に優しい笑みを浮かべながら丁寧に対応している公爵の姿があった。


ふと、顔を上げたべジュレルート公爵と目が合う。

大きく目が見開かれたべジュレルート公爵に向かって、妖艶な笑みを浮かべた。

しかし心の中では正装した公爵の美しさに心臓を撃ち抜かれていた。


(悩殺するつもりが、反撃されてしまうッ!!!気を引き締めるのですわ!ヴィクトリア、あなたはできる子よッ!!!!)


今日の目標は気を失わないこと、鼻血を噴かないこと。

そして……涎を垂らさないことだ。

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