第68話
(耐えろッ、ヴィクトリア……この色気に負けたら一生後悔するわッ!!)
モカロフ公爵夫人達がヴィクトリアに気づくと道が開けていく。
すると、こちらに向かって公爵が歩いてくる。
今日はライトゴールドの髪を束ねていて横に流しており、エメラルドグリーンの瞳が優しく細まった。
「とても綺麗ですよ……ヴィクトリア」
「……ありがとう、ございます」
白い手袋が髪に触れる。
腰を折り、髪をひと束取った公爵がそっと唇に寄せるのと同時に上品な甘いバニラの香りが漂った。
悪戯に微笑む顔はヴィクトリアにしか見えないだろう。
「可愛いな……よく似合ってる」と、低い声で耳元で囁かれて胸が熱くなる。
男らしい一面にクラクラしてしまう。
しかし、すぐにいつもの公爵に戻ってしまった。
「あとで私と一曲、踊りませんか?」
「わたくしと、ですか?」
「えぇ……今のあなたを見ていると何だか不思議な気分になります。こんな感情、久しぶりですよ?」
「…………!」
「私の"秘密"を知られたかもしれませんねぇ?」
人差し指が唇に触れた。黙っておけという意味だろう。
あまりの美しさに目が眩む。口から心臓が飛び出しそうだ。
(アアアアアアァアアア!?!?!?呼吸がッ……!!胸がぐるぢぃ……!!!!!)
ヴィクトリアは足の力が抜けそうになるのをなんとか踏ん張って耐えていた。
べジュレルート公爵の猛攻は止まることを知らない。
ヴィクトリアは叫びたい気持ちを必死に抑えていた。
「またあとで」と言ってブーツを鳴らしてコツコツと音を立てて颯爽と去っていくべジュレルート公爵の背中を小刻みに震えながら見送った。
そしてすぐに、ベジュファンのお姉様方に囲まれながら、ヴィクトリアは今のべジュレルート公爵の素晴らしい立ち振る舞いについて小声で語り合った。
「今のッ、今の麗しくも男らしい姿をみまっ、見ましてッ……!?」
「見ましたわ!あんなっ、あんな、嬉しそうなッ公爵様をこの目で見ることが出来るなんてぇ」
「あの笑顔見まして!?」
「見たわ、見た!見たのよッ……!今日は一段と輝いていらっしゃるわ……!」
マダム達が語彙力をなくしている。
周りから見ると、べジュレルート公爵に近づいた事が許せないモカロフ公爵夫人達によって、ヴィクトリアが忠告を受けているように見える事にも気づかずに、いつものようにベジュレルート公爵について語り合っていた。
「あの笑顔は特別よ!よくやったわ、ヴィクトリア」
「ヴィクトリア、偉いわ!よく耐えたわね!!」
「もっと色んな表情を引き出して頂戴ッ!ダンスの時間が待ち遠しいわ……!」
「勿論ですわ!わたくし頑張りますッ!!!」
「けれどヴィクトリア……あなたよくあの色気に耐えられたわね」
「…………わたくしが」
「……?」
「耐えられると思いまして……?」
ヴィクトリアはチラリとスカートをめくる。
そこにはガクガクと大きく震える両足があった。
しかし表情だけは取り繕っていて涼やかである。
「ヴィクトリア、あなたまさかッ!!!」
「えぇ…………腰が砕ける寸前でしたわ」
「そうよね……!遠くから見てもあの威力!あんなに間近で見てしまえば、もうッ!!!」
「さぁ、こちらにいらっしゃい」
「この昂る気持ちを落ち着かせましょう!!」
「それと緊張した時のダンスの方法を伝授するわ……!」
「ありがとうございます!お姉様方」
ゾロゾロと夫人達の大群に連れられていくヴィクトリアを見て周囲は息を呑んだ。
ヴィクトリアが社交界の重鎮達にめちゃくちゃ可愛がられているとも知らずに皆は震え上がっていた。
そして少し離れた場所で一連のやり取りを見ていたエルジーの目は血走り、大きく見開いている。
その様子は狂気すら感じるだろう。
隣にいるジェイコブは唇を噛んで顔を伏せていた。
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