第53話

「公爵邸で飼っている子達ですよ」


「まぁ……こんなに沢山?」


「えぇ……捨てられている子を見ると、直ぐに迎え入れてしまうんです。公爵も邸にいる時は、殆ど彼等と過ごしているのですよ」


「ベルジェルート公爵は、とてもお優しいのですね」


「はい。冷たい印象を持たれがちですが、心根はとてもお優しい方なのです」


「素敵ですわ!ところで……お名前をお伺いしても宜しいでしょうか?」


「…………はい?」



ベルジェルート公爵の新たな一面と、素晴らしい公爵家の執事のおじ様と戯れながら情報収集していた。

どうやら城の執事であるホセの従兄弟だそうだ。

貴重な情報をゲットしたヴィクトリアは鼻息荒く腕まくりをした。



「それでは、この子達にわたくしが触っても問題はないのですね……?」


「えぇ、中には気難しい子もいますから。それにお召し物が汚れてしまうかもしれませんよ……?」


「わたくしのドレスの心配など構いませんわ!!!!!」


「ヴィクトリア様、まさかとは思いますが……」


「はい!わたくし、べジュレルート公爵と同じでこの子達が大大大大大好きですの」


「……で、ですがッ」


「ーーーーーいざ、モフモフ天国へッ!!!」


「ああっ……ヴィクトリア様おやめ下さいッ!ヴィクトリア様アァアァァァ!?!?」



ヴィクトリアは本能に導かれるまま、尻尾を振る犬達の中へと飛び込んでいった。




* * *




一方、リアムは部屋の中を往復しながら苛立ちを滲ませていた。


(……ヴィクトリア・バリソワ。彼女はいつも完璧だったはずです)


そんなヴィクトリアに一目置いていた。

本当はジェイコブの婚約者ではなく、ラクレットの婚約者に推したい程に彼女は素晴らしかったのだ。

だから時間に遅れるはずなどあり得ないと思っていた。


しかし自分が一番尊敬して信頼を置く彼らが、あれだけヴィクトリアを褒めたのだ。

こうしてヴィクトリアの本性を確かめるために、ワイルダーのいないところで時間を設けた。


(なのに、もう約束の時間を三分も過ぎている……!悪い方に変わったという意味だったのか)


そんな時、この屋敷には珍しいドシドシと荒い足音が響いた。

何事かと外に向かおうとした瞬間、勢いよく扉が開いた。



「ーーーリアム坊ちゃんッ!!!」


「坊ちゃんはやめてくださいと、あれ程……!」


「ヴィ、ヴィクトリア様がぁ、ヴィクトリア様がぁあぁ……!」


「落ち着きなさい!ヴィクトリア・バリソワになにかトラブルがあったのですかッ!?」



扉の風圧でずり落ちた眼鏡をかけ直す。

何か屋敷内でトラブルがあったのかもしれない……そう思った。



「はぁ、はぁっ……ヴィクトリア様が、中庭でッ!!」


「中庭ッ!?まさかあの子達に……!?」


「そうなのです……!ヴィクトリア様は……っ」


「クソ……ッ」


「ああ、坊ちゃん!!お待ちくださいッ」



その言葉を聞いて、中庭に向かって走り出した。

貴族の女性達は犬を飼っていることはあっても、こんな風に複数匹飼っていたりすることはない。

「匂う」「汚れる」「怖い」

そんな言葉と共に「べジュレルート公爵がこんなにも犬好きだったなんて。意外ですわ……」そんな言葉と共に幻滅される事だってある。


「ドレスが汚れてしまいましたわ、責任を取って下さいませ」

「こんなとこで暮らすなんて絶対に嫌です!」

「美しい公爵には美しいモノしか似合いませんわ!今すぐ捨てて下さいませ」


そんな心ない言葉に昔から苦しんできた。

犬に傷つけられたから責任を取れと訴えてくる令嬢もいる。

そんな苦い思い出が蘇っていた。


中庭に近付くにつれて複数の犬達の興奮した声が聞こえてきた。

それと共に心配そうにというよりは、怯えたような表情で中庭を見つめる侍女や侍従達の姿があった。



「ーーーヴィクト、リ……ア!?」



目の前に広がっているのは衝撃的な光景であった。


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