第52話




次の日、ヴィクトリアは騒がしい足音と共に目が覚めた。

昨日はどうやってべジュレルート公爵を説得しようかと考えていた為、眠るのが遅くなってしまったのだ。

部屋いっぱいに広がる柑橘系の香り……紅茶を飲む為に体を起こした。



「ねぇ、今日はどこに行きましょうか?やっぱり街のおじ様を拝見させていただきましょう……!なんとなく今日は肉体派のおじ様を見たい気がするのよねぇ」


「そんな事を言っている場合じゃないんです!」


「一大事ですわ!一大事ッ」


「……?」



肉体派のおじ様より大事なことがあるのかと疑問に思ったが、何故か慌てた様子で押し付けられたのは、金縁が目を引く豪華な封筒だった。


封筒を持ったまま体を伸ばしていると、侍女達からキラキラとした視線を感じて首を傾げた。



「そんなに大切な手紙なの……?」


「早く送り主を見て下さいッ!ヴィクトリアお嬢様っ」


「きっと喜ばれますよ……!」



クルリと封筒を裏返してみると、見覚えのある封蝋に驚き目を見開いた。



「まっ、まっ、まさかッ!!!こ、これって……!」


「そうなんです!!べジュレルート公爵様ですわ!」


「…………ッ!!!!!」



ヴィクトリアはその言葉に目を見開いた。

急いで封筒を開けて、中に入った紙を取り出した。

そこには『二人きりで話がしたい』という衝撃的な内容が書かれていた。



「わたくしと二人きりで……これは幻かしら?」


「違います。現実ですわ!」


「もしかして婚約の申し込みではないですか!?」


「きゃー!ついにヴィクトリアお嬢様の夢が叶うのですね!」


「このニュアンスは少し違うと思うけど……お父様とお母様が、べジュレルート公爵に何か送ったのかしら」


「お二人も驚いていましたから違うのではないでしょうか?」


「…………そう」



となると、城に来てはいけないと言ったことに関係ありそうだ。



「日付は……三日後ね」


「今回はどうされますか?」


「ドレスは新しく仕立てますか?」


「いつも通りでいいわ。べジュレルート公爵の前で取り繕っても意味ないでしょうから。きっと色々な女性を見て目が肥えているはず……下手な駆け引きは危険よ」


「さすがですわ……!」


「それよりも数枚の便箋と封筒を用意して……!ファンクラブのお姉様方に知らせなくっちゃ」


「そ、そうですよね……!抜け駆けしたって怒られちゃいますよね」


「あの方達はそんな心の狭い方ではないわ。それに今回の手紙はべジュレルート公爵から手紙が送られてきた。何も問題はないのよ。それより、もっと大切な事があるのよ」


「大切な事、ですか……?」


「そう。その為に皆様に連絡を取るのですわ……!ウフフ」




ーーーー三日後



ヴィクトリアはべジュレルート公爵邸の前に立っていた。


モカロフ公爵邸に行くよりもキラキラした瞳で送り出してくれた父と母。

「もっとオシャレをしなくていいのか?」

「頑張ってくるのよ……!」

「失礼のないようにな」

「ヴィクトリアならば出来る!出来るわ……!」

両親はべジュレルート公爵がヴィクトリアに好意を持っているのではと勘ぐっているが、実際のところ全く別の案件だろう。


(何を言われるのかしら。恐らくあの晩にシュルベルツ国王とイーシュ辺境伯と話した内容が衝撃過ぎて……と、いう感じだと予想しているけど、わたくしがいないことで何か陛下に影響が出たのかしら……?)


しかし、胸は高揚感でいっぱいだった。


(やっと本物のべジュレルート公爵に会えるのね!興奮で爆発しそうだわ)


ゴクリと唾を飲み込んだヴィクトリアは、周囲に悟られないように表情を取り繕っていた。

バリソワ邸にも負けず劣らず、広く美しい屋敷の中へと進む途中……ある聞き覚えのある声が耳に入る。

そして中庭で遊んでいる可愛らしい存在を見て、ヴィクトリアは目を見張った。


執事が不思議そうにしながらも「ヴィクトリア様……?」と振り返る。

しかしヴィクトリアは足を止めて問いかけた。



「この方達は……?」


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