第23話



綺麗で端正な顔立ちのラクレットが怪訝そうに此方を見つめている。

普通の令嬢ならば、キュンだのキャーなどあるのだろうが、ヴィクトリアの心は砂漠のように乾いていた。

シュルベルツ国王の息子で、彼によく似ているところも沢山あるのだが、全くそそられないのが不思議である。


(足りないのよねぇ……)


そんな気持ちからか「はぁ……」と溜息が漏れた。

ヴィクトリアの気持ちに気付いたのか、ラクレットの顔が曇る。



「何故、ここにいる……?」


「…………個人的な理由ですわ」


「ジェイコブに会いに来た訳ではないのだろう……?侍女服?ヴィクトリア、そんな格好で一体何をしているんだ」


「……さぁ、ラクレット殿下には関係ありませんわ」


「それに……それは父上のジャケットか!何故、君が持っているんだ!?」


「陛下が気遣って下さったのですわ」


「父上が……?」



ヴィクトリアはラクレットの問いに淡々と答えていた。

それよりもジャケットの匂いを嗅ぎたくて嗅ぎたくて仕方がない。

ご褒美を目の前にぶら下げられて、お預けされている気分だ。

きっとヴィクトリアの目は今、血走っていることだろう。



「わたくしのことよりも、ご自分の用を済まされたらいかがでしょうか?」


「なに……?」


「なにか用があってここに来たのでしょう?」


「ふっ……相変わらずだな。ヴィクトリア」


「…………」



ヴィクトリアはツーンとラクレットから顔を背けた。

これ以上ラクレットに愛想を振りまく必要もないだろう。

そんなヴィクトリアの態度を見て、ラクレットは驚いている。


(着替えもまだですし侍女長が様子を見に来てくれるまで、此処で待とうかと思っていたけど、うるさいのに絡まれたから、早く行きましょう)



「では、わたくしはこの辺で失礼致しますわ」



さっさと自分で着替えてしまおうとヴィクトリアは立ち上がった。

勿論、ジャケットは抱き締めたままだ。

しかし目の前に立ちはだかるラクレットは鋭い目付きでヴィクトリアを睨みつけている。



「貴様が何を考えているか、白状してもらおうか」


「………………」


「ジェイコブに婚約を解消されて、立場も妹に奪われた……さぞ恨みを抱いていることだろうな」


「…………何が仰りたいのかしら?」



何が言いたいかが瞬時に理解できてヴィクトリアは負けじとラクレットを睨みつけた。

その反応に確証を得たのか、ラクレットの口角が上がる。



「完璧令嬢の名前に傷がついた。それが許せないのだろう?」


「……………」


「ジェイコブに復讐する為に父上に近付いているのではないのか?」



どうやらラクレットはヴィクトリアが、ジェイコブと妹のエルジーに復讐するために、侍女として働きながらシュルベルツ国王に近づいたと思われているらしい。


(めんどくさいわ…………どうしましょう)


『違う』と言ったところでラクレットは余計に『そうに違いない』と、決めつけそうだ。


そういうラクレットも『完璧王子』と呼ばれていて、立ち位置的にはヴィクトリアと近かった。

ヴィクトリアとラクレットと違いといえば、愛想がいいかどうかくらいだろうか。

周囲から羨まれる美しさも、周囲の期待に応え続けなければいけないところも、似ているところだが、対人関係だけはヴィクトリアは上手くいかなかった。

それはあまりにもヴィクトリアを厳しく育てすぎたことが原因にあるのではないだろうか。


その事が気になるのかラクレットはいつもヴィクトリアに「もっと愛想をよくしたらどうかな?」と言っていた。


(同族嫌悪かしら……だからこそ気になってしまうのね)


そして今は王家にあだなすのかもしれないヴィクトリアを疑いつつも、この状況を見て瞬時に判断して、排除するべきかどうかを見極めようとしているのだろう。


ヴィクトリアはフッと息を吐き出した。


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