第6話
その役割から解放される今、これ以上の幸せはないだろう。
エルジーはやっと『バリソワ公爵家を継ぐ』という事がどういうことなのか、その重みが分かったのだろう。
手のひらを固く握り、額には汗が滲む。
ギリギリと奥歯が擦れる音が聞こえた。
彼女はヴィクトリアが幼い頃からどれだけ苦労していたのかを間近で見て知っているからだ。
厳しい講師達を『完璧』だと唸らせるまで己を鍛え上げたヴィクトリア。
それまでにあるのは過酷な罰を受けない為の自己防衛と身を守る為に必要な努力だった。
(感情を失うほど、厳しく育てられた……その重さが貴女には分かるでしょう?)
ヴィクトリアの今までの勉強量を知らないわけではないだろう。
今まで何もしてこなかったエルジーには、今からどんな罰が下るのだろうか。
自分の目的が果たせなくなるかもしれないと青ざめていくエルジーを横目に、ヴィクトリアはジェイコブを見据えた。
「ですが、こうして婚約者のジェイコブ殿下に妹のエルジーが好きだと言われた今……これから、わたくしは肩身の狭い思いをして生きていかなければなりません」
「…………!」
「わたくしの心ない噂が広まることでしょう……バリソワ公爵家に迷惑をかけないように立ち回りたいのですが、社交界はそれを許さないでしょうね」
その言葉にジェイコブは、少しは現実に気づいたのか、泣きそうになりながら顔を伏せてしまった。
(さて……嫌味はこのくらいにして、自分の幸せのために動かないとね)
今までヴィクトリアが溜め込んでいた毒を吐き出して、スッキリした気持ちでいた。
「ジェイコブ殿下の願いを叶えて穏便に物事を進める為に……わたくしのお願いを聞いて頂けませんか?」
「…………わ、分かったよ。僕が叶えられる範囲なら」
「まぁ、嬉しい!」
ヴィクトリアは手を合わせて、わざとらしく喜んでみせた。
両親とエルジーはヴィクトリアが何を言うのか気になるのか固唾を飲んで見守っている。
「ーーーー国王陛下に、会わせてくださいませ」
「「「「!!?」」」」
「是非ともじっくりとお話をしたいのです。二人きりで……」
ヴィクトリアは満面の笑みを浮かべながら言った。
それを聞いたジェイコブとエルジーの表情が曇る。
恐らく、ヴィクトリアが二人の行為を直接、国王に抗議するつもりだと思っていたのだろう。
「お、お姉様ったら、信じられないッ……!穏便にとか言いながら全部嘘じゃない!ジェイコブ殿下に幸せになって欲しくないの!?」
「……まさか、父上に直接この事を」
それだけの事をしているのに、また見事に開き直っているエルジーと、事の重大さや自分の影響力に気付いておらず焦るだけのジェイコブ。
しかし、この二人がどうなろうと知ったことではないし、国王にその事を訴えかけるつもりはない。
ヴィクトリアの目的はただ一つだけ。
(ーーーこれから、見目麗しいイケおじ達に会いに行くのよッ!!!!)
貴族の令嬢としての結婚など、この際どうだっていい。
(ロイヤルなイケおじをたっぷりと堪能したら、下町の働くイケおじ達を見に行くの!!誰もわたくしを止められない……!!)
そんな希望を胸に抱きながらヴィクトリアは瞳を輝かせた。
「バリソワ公爵家の迷惑になるようになることは致しませんわ」
「……ヴィクトリア」
「勿論、お二人の事は応援しておりますわ。先程も申し上げた通りジェイコブ殿下には最初から気持ちはございませんから、心から愛する方と頑張って幸せを掴んで下さいませ」
(ーーーー掴めるものならなッ!!!)
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