第2話
「ごめんなさい……お父様、お母様ッ!でも、私はジェイコブ殿下に好きって言われてぇ、私もいつの間にか……」
「……どういうことか説明願えますかな。ジェイコブ殿下ッ」
「申し訳ございません!バリソワ公爵……ッ、僕はエルジーと結婚したいんです!」
「これは裏切りだわ!!ジェイコブ殿下に尽くしてきたヴィクトリアの努力が報われないじゃない!」
「国王陛下はご存じなのでしょうか?」
「いや…………まだです」
ヴィクトリアになる前の前世の記憶を思い出しながら、背筋を伸ばして紅茶を飲み込んだ。
まさかこんなタイミングで記憶が戻るとは思わずに、一旦冷静になろうと無表情のまま考え込んでいた。
明らかにジェイコブが悪いと言いたげなエルジーだが、ヴィクトリアは知っていた。
エルジーが積極的にジェイコブにアピールをして落とそうとしていたことを。
本来の流れならば、ここでヴィクトリアは激昂する。
そしてエルジーに向かって叫ぶのだ。
『ジェイコブ殿下は絶対に渡さないわ……!』と。
人形令嬢と呼ばれたヴィクトリアが自分の意思で初めて動いた瞬間だった。
それにはバリソワ公爵や夫人やエルジー、そしてジェイコブも驚き目を張った。
ヴィクトリアは自分も知らないうちに、この地位に『執着』していた。
それが自分の『価値』で、この為に生きてきたからだったからだ。
ジェイコブと結婚してバリソワ公爵家を継ぐことは、ヴィクトリアにとって『全て』だとエルジーは分かっていたのだろう。
エルジーにゆくゆくは公爵家を継ぐ立場を取られてしまう。
それに自分からジェイコブの婚約者の座を取り上げられてしまえば、何も残らないと思ったヴィクトリアは激しく抵抗した。
ここで冷静になり、よく考えて動いていたら、また違う道もあっただろう。
しかしヴィクトリアは今まで溜め込んでいたものを全て爆発させるように、エルジーと争うことを決めたのだ。
そこから姉妹間の激しい争いが勃発する。
ヴィクトリアは自分の持ちうる全てを使ってエルジーにジェイコブを取られないように抵抗するが、残念な事に彼の心はエルジーに落ちた後だった。
はじめからヴィクトリアに勝ち目はなかったのだ。
何をしてもジェイコブを取り戻せないと悟ったヴィクトリアは、ついにエルジーの毒殺を企てる……という流れになっている。
しかし、ヴィクトリアはあくまでもモブだ。
悪役令嬢エルジーの姉で、彼女の過去を語る際に物語に出てくるモブである。
そしてエルジーはジェイコブを踏み台にして、この国の王太子であるラクレットを手に入れるために動き出して、そこでヒロインと出会う。
勿論、ラクレットは端正な顔立ちをした凛々しい青年だった。
ブルーアッシュの髪にディープブルーの瞳と優しげな笑みを見たら誰もがラクレットに好印象を持つだろう。
(まぁ、ヒーローなんてこんなもんよね)
そんな悪役令嬢の『姉』で、ある意味、被害者であるヴィクトリアに転生してしまったようなのだが、勿論……シナリオ通りに進むつもりなど全くない。
目の前で此方の様子を見ながら、婚約者だったジェイコブを見て思うことはただ一つ。
(ーーーーー全然ッ、足りねぇわ!!!)
何を隠そう……ヴィクトリアに転生する前は『イケおじ』が死ぬほど好きな枯れ専女子だったからだ。
一におじ様、二におじ様……全ての人生をイケおじに費やしてきた自分は、ついに『イケおじ』しか出てこないという性癖が詰め込まれた乙女ゲームの発売日に現金を握りしめて天にも昇る心地で歩いている時に、呆気なく事故に巻き込まれて大型トラックに轢かれて死んでしまったのだ。
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