呪われた死の家系と呪われた薄毛の家系
僕が理解できないのは、まだ十分に髪の毛がフサフサなのに、若いうちから育毛だの養毛だの言い出す心配性の同級生サカグチの気持ちだ。大学に入学したばかりの十八歳で、僕と同じテニスサークルに所属している。
「ウチはハゲる家系なんだよなー。いちおう毎日育毛剤つけてるけどさー。こういうのは若いうちの努力が大切なんだよなー」
そう言ってサカグチはまだたっぷりと生えている髪をおでこの辺りからそっとかきあげながら気にした。
そもそも髪の毛の濃い薄いなどというものは遺伝であり、親がハゲていれば高い確率で子供もハゲる。どうせハゲるんだからハゲてないうちから気にしても神経をすり減らすだけ損だ。それに髪の薄い家系程度であれば別に大したことはない。なぜなら我が家はもっと恐ろしい家系だからだ。
「サカグチ、ハゲくらい気にすんなよ。オレなんか早死にの家系だぜ。爺さんもオヤジも40歳でガンで死んでるし。オレも早死にする予定。ははは」
「おい、ハゲをナメんなよ、ハゲは生き恥をさらすんだぞ。ハゲるくらいなら死んだほうがマシだし」
人生観、死生観は人それぞれである。確かにハゲてみなければハゲてる人の気持ちはわからない。とはいえ、僕らのテニスサークルでは活動の八割が合コンなのだから見た目を気にする彼の気持ちもわかる。ここはサカグチの意見も尊重してやろう。
◇
ところで父は僕が高校生の頃にガンで亡くなった。咽頭ガンという喉のガンを患ったのだ。不思議なことに祖父も曾祖父も代々同じ咽頭ガンである。曾祖父は知らないが、父も祖父もタバコもやらなければ酒も飲まない。歌手のように喉を酷使するような職業でもない。それなのに全員咽頭ガンで亡くなったのには理由がある。我が家の先祖を遡ると、江戸時代、罪人の首を切り落とす死刑執行人だったからだ。きっと罪人たちの呪いが代々首に憑りついていたのだろう。
そして、その呪いの兆候は僕にも既に現れていた。
「おい、これってもしかしたら心霊写真じゃねえの?」
夏合宿に行ったときの写真をテニスサークルの仲間たちが見て気味悪がっていた。僕の首の辺りだけが透明に消えており、まるで首が切れたように写真に写っていたのだ。サカグチをはじめ、サークルの仲間はそれをみて僕のことを心配した。でも、僕にとっては慣れっこだった。
「あぁ、これよくあるんだよ」
過去にも同じような心霊写真まがいの写真がいくつか撮れたことがあった。不思議そうな顔をするサークルのみんなに平然と我が家の呪われた歴史を説明する。
「……と、いうわけで、ウチは早死にの家系なんだよ」
僕の話を聞いて、サカグチが申し訳なさそうに言った。
「マジか……。ハゲるくらいなら死んだほうがマシだなんて言って悪かったな……」
「別にいいよ。それに、まだ死ぬって決まったわけじゃないし。きっとウチは喉が弱い家系なんだよ。ただそれだけのことだよ」
すると、サカグチはなにかを思い出したように僕に言った。
「あ、そうそう、中国気功サークルに高校の先輩がいるんだよ。そこの顧問の中国語教師が気とかオーラで病気の治療ができるんだって。紹介するから見てもらえよ」
さっそく翌日、中国気功サークルの部室で気功診断を受けることになった。
ちなみに普段は中国語教師でもあるそのサークル顧問は、中国人であることを除けばいたって普通のサラリーマン風のオッサンだった。どう見てもバリバリの気功師には見えなかった。しかし気功のパワーはホンモノで、気功治療だけでなく、人体から出ているとされるオーラも見ることができたり、なんと、気で人を投げ飛ばしたりもできるそうだ。『気』などという胡散臭いものを信じていなかった僕だったが、話を聞いて少しだけ期待値が上がった。
「キミ、首のあたりのオーラ、グレーだヨ。気が足りないネ。気を補充するからそのまま動かないでヨ」
グレー、つまり灰色のオーラはその部分だけ『気』が欠損している証拠だと中国語教師は言う。まさに我が家の咽頭ガンの家系をオーラから読み取ったわけだ。この男、ただものではない。そう思った僕は中国語教師の言うがまま体をピクリとも動かさずに気功治療が終わるのを待った。
「もっとリラックスして……リラックスして……」
中国語教師は左右の掌を僕の首あたりに向けて、『気』らしきものを放射しているようだった。なんとなく首にじんわりと温かさを感じる。
しかし、気功治療がうまくいかないのか、次第に中国語教師の表情に焦りが見え始めた。額には汗がにじみ、開始から十五分ほど過ぎたあたりで、ついに中国語教師は音を上げた。
「ぜんぜん気が補充されないヨ。困ったネ……これは無理だネ……」
正直少しは期待していたのだが、結局予想通りの残念な結果となってしまった。仲介してくれたサカグチの先輩も気まずそうな顔をして突っ立っていた。が、この場の空気をどうにか和ませようとしたのか、先生のプライドを損ねないためなのか、苦しい言い訳を始めた。
「あの、気功は合う合わないがあるんだよ。毎年病院に行ってガン検診とか受けてさ、早期発見って手もあるからね、それが一番大事だよね」
思わず吹き出しそうになったが、笑っては失礼だ。ここはひとまず強がりを言っておこう。
「まあ、そもそも遺伝だからあきらめてますし。ガンになったらその時ですよ!」
その時、ふとサカグチを見ると、まるで僕の絶望的な運命を憐れむかのような悲しい顔をしていた。まだ僕はガンになってもいないし、死ぬと決まったわけでもないのに勝手に早死にすると思い込んでいるサカグチに逆にイラっとしたので、ちょっとばかりハゲのことをいじってやろうと思った。
「先生、それよりサカグチを見てやってくださいよ。ハゲるとか言ってるから髪の毛に気合いを注入してやってくださいよ。ははは」
サカグチは余計なことを言うなと笑いながら僕をたしなめたが、中国語教師は名誉挽回とばかりにサカグチの髪の毛のオーラを見極め始めた。すると、なにやらすごい大発見があったようで興奮し始めた。
「おぉ、サカグチくん、キミの髪の毛のオーラはとても強いヨ。ハゲるわけないヨ! ゴールドに輝いてるヨ! 最強ゴールデンオーラだヨ!」
一同大爆笑だった。スーパーサイヤ人じゃあるまいし、髪の毛だけ金色のオーラだなんて想像しただけで笑えた。サカグチも一緒になって笑っていた。ハゲることを心配していたサカグチだが、ここまでバリバリの金色オーラが出ていればその心配も金輪際無用だろう。
ただ気になったのは、サカグチのオーラを見てみんなで笑った後、中国語教師の顔つきが急に変わったことだ。サカグチも、サカグチの先輩も彼の表情の変化には気が付いてないようだったが、僕はその些細な表情の変化が気になって仕方がなかった。
◇
あれから数日が過ぎた。その日はテニスサークルの合コンの日だった。以前から待ち遠しかったお嬢様女子大との合コン。しかし、行ってみて驚いた。誰よりも楽しみにしていたサカグチがいないのだ。あれだけ半年ぶりに彼女を作るだの、即日お持ち帰りするだの張り切っていたのに風邪でも引いたのだろうか。何度LINEしても返事はなく、結局サカグチがいないまま合コンは終わった。その一方で僕は、お気に入りの女の子とLINE交換もできて存分に楽しんだので、その成果を自慢しようと夜になってもう一度サカグチにLINEを送ってみた。
『今日は風邪引いたのか? サイコーだったぞー!』
サカグチから返事が来たのは夜中の23時ごろだった。
『心配かけてスマン。風邪じゃない。今日は色々あってな……』
何やら意味深なメッセージが届いた。身内に不幸でもあったのだろうか。それとも、授業の単位を落としたか、何があったかわからないが、いつも明るいサカグチが風邪以外で合コンをすっぽかすなんて余程の事情があったのだろう。
次の日、大学の講義室に行くと、いつものようにサークルメンバーとサカグチが並んで座っていた。僕は彼らの後ろの席に座って、サカグチが談笑しているところに背後から割って入って声をかけた。
「よう、昨日はどうした?」
「おぉ、スマン、ちょっといろいろあってさ……」
「合コン、サイコーだったよ。誘ってくれたサカグチが来ないからオレがその分楽しんじゃったよ」
僕がそう言うとサカグチは苦笑いして黙ってしまった。何かあったのかとサカグチに聞くと、あとで話すとだけ言って教えてくれなかった。その後、すぐに授業が始まった。なんとなくいつもと様子が違ったので、やはり何か深刻な事情があって合コンに出られなかったのだろう。
その時、先日の中国気功サークルで出会ったサカグチの先輩から突然LINEが入った。急いで来てほしいとのことだった。しかもサカグチには内緒で来いと書かれていた。なぜサカグチは来てはいけないのかよくわからなかったが、取り急ぎ始まったばかりの授業を早々に抜け出し、中国気功サークルの部室へ向かった。
そこにはサカグチの先輩と中国語教師が二人で暗い顔をして僕を待ち構えていた。
「あぁ、キミ、やっぱりオーラの色が綺麗に治ってるヨ」
中国語教師が開口一番で僕に伝えたのは、首のオーラの色が、くすんだグレーから綺麗なブルーに変わっているということだった。
「あ、ありがとうございます、あの時はダメかと思ったんですけど嬉しいです!」
とは言ったものの、あまりにテンションの低い二人。僕の喜び方が足りなかったのだろうか。
「いやあ、これで呪われた家系ともサヨナラです! 二人にはマジ感謝です!」
その場でわざと大袈裟にガッツポーズを取って喜んで見せたが、やはりサカグチの先輩と中国語教師に笑顔はなかった。
「あの……、何かあったんですか?」
二人の暗い表情が気になって思わずそうたずねると、中国語教師がボソボソと小声で言い訳をするようにつぶやいた。
「そもそもワタシは気功のプロじゃないんですヨ。本業は中国語教師。気功は趣味……、何が起こるかわからないからネ……」
「え……、僕の首は治ったんですよね……?」
「あ、あの、先生、あとは僕が彼に話しますよ!」
急にサカグチの先輩が割り込んできて、そのまま僕は部室の外に連れ出された。大事な話だからと大学構内にあるカフェテリアでサカグチの先輩とあらたまって話をすることになった。しかし、そこで聞いたのは気の毒で理不尽で、なんとも恐ろしく信じがたい話だった。
あの時、中国語教師は、強烈なゴールドのオーラで輝いていたサカグチの髪の毛を見て、咄嗟に、そのゴールデンパワーを僕の首に移動させてみたらどうなるだろうと閃いたらしい。すると、中国語教師の勘は見事に当たり、僕の首のオーラはサカグチの髪のゴールデンパワーでみるみるうちに修復されていったそうだ。
ところが、その一方でサカグチの髪の毛を見ると、ゴールデンオーラが完全に消費されて、逆にグレーのオーラになってしまったらしいのだ。慌てた中国語教師は急いで僕の首からオーラをサカグチの髪に戻そうとしたのだが、どうやっても元に戻らなかったらしい。
なるほど、それであの時の中国語教師は急に顔つきが変わったのだ。
「なにしろ先生も素人だからさ……。サカグチ君には申し訳ないけど、たぶん、彼、ハゲるね……。しかも急激に来るね……」
「あ……、確かに今日のサカグチ、講義中もずっと帽子かぶってましたよ……」
「やっぱりね……。このことは僕らだけの内緒にしてほしいんだけど、守ってくれるかな?」
「も、もちろんです……」
その後、講義室に戻った僕は、まじまじとサカグチの後頭部を後ろから眺めた。帽子で隠れて様子はわからないが、よく見ると肩に抜け毛が目立った。そして講義が終わった後、ランチの席でサカグチから合コン欠席の真相を告白された。
「あの気功師インチキだぜ。マジで急に来たよ」
「な、なにが?」
「抜け毛だよ。遺伝とはいえ、こんな急に来るか?」
合コンの日の朝、枕に大量の抜け毛が付着していることに驚いたサカグチは、鏡を見て驚いたらしい。なんと一夜にして額が二センチほど禿げ上がっていたそうなのだ。どうにかして髪型を上手にセットして必死でごまかそうと工夫したが、結局夜中まで髪型が決まらず合コンに行けなかったそうだ。
「もう合コン行けねえよ。なにがゴールデンオーラだよ。あいつがオレの髪の『気』を奪ったんじゃねえのか? インチキ気功師め……」
一瞬ドキッとした。
まさか「そうです、キミの髪のオーラが全て僕の首に移動しました」なんて言えるわけがない。
「まあ、元気出せって。ブルースウィリスだってハゲてるけど格好良いだろ。オレなんか死ぬ運命だぞ。多分……。でも、死ぬよりマシだろ。オマエと代わってやりたいよ。あはは……あはは……あはは……」
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