首のないラクダ

昔々、一頭のラクダとともに砂漠を旅する年老いた商人がいた。

その名はシャフィク。

シャフィクは砂漠の向こうにある異国の地で珍しい物を仕入れてはそれを街で売っていた。


その日もシャフィクはたくさんの品物を買い付けて荷車に積み込んだ。太陽が照り付ける暑い砂漠の中、その重い荷車を引くのは一頭のラクダ。

シャフィクは、そのラクダの名をハファドと名付けた。シャフィクとラクダのハファドは、かれこれ二十年来の旅仲間だ。


「ハファドや、おまえのおかげで私は商売ができるのだ。感謝しているぞ」


「ご主人様のために働くのが私の幸せです」


街へ帰る道のりは過酷で、二週間ほどかけて暑い砂漠の中を歩かねばならなかった。シャフィクは二週間分の食料を調達するために砂漠の途中にある小さなオアシスの街へ向かった。ところが街からは人が消えており、賑やかだった広場の露店も一軒を残してすべてなくなっていた。シャフィクはそそくさと後片付けをしている露店の主人にたずねた。


「この街はどうしちまったんだ?」


「盗賊たちに襲われたのさ。ここはヤツラの隠れ家になっちまった。爺さんもヤツラが戻る前に早く帰ったほうがいい」


そう言い残して商人は露店に残した荷物を積んでラクダにまたがって行ってしまった。街へ帰りたいのはやまやまだが、食料がなければ砂漠の途中で餓死してしまう。そこでシャフィクは一か八かの賭けをした。


「まだ少しだけ食料がある。少しづつ食べれば二週間もつだろう」


シャフィクは再び太陽が照り付ける暑い砂漠をハファドとともに歩き始めた。

しかし、食料はあっという間に底をつき、シャフィクはついに死を覚悟した。


「ハファドや、私はもうだめだ。腹が減って動けないのだ。荷台を置いてオマエ一人で街へ帰れ」


「ご主人様を置いて帰れません。よろしければ私の後ろ脚をお食べください」


「何を言うのだ、そんなことはできない」


「足が一本なくなっても私は歩けます。さあ、お食べください」


シャフィクはハファドの好意に感謝し、涙を流しながらハファドの後ろ脚をナイフで切り取って火で炙って食べた。すると息を吹き返したように元気になり、暑い砂漠の中を再び元気に歩くことができるようになった。ハファドは三本の足で健気に荷車を引き、その表情は幸せに満ちていた。

しかし歩き始めて五日ほど過ぎると、再びシャフィクは歩けなくなってしまった。


「ハファドや、やはり私はもうだめだ。腹が減って動けないのだ。荷台を置いてオマエ一人で街へ帰れ」


「ご主人様を置いて帰れません。よろしければ私の後ろ脚をお食べください」


「何を言うのだ、そんなことをしたら動けなくなってしまう」


「私の胴体を荷車に縛り付けてください。前足だけで荷車を引いてみせましょう。さあ、お食べください」


シャフィクはハファドの好意に感謝し、涙を流しながらハファドの後ろ脚をナイフで切り取って火で炙って食べた。すると息を吹き返したように元気になり、暑い砂漠の中を再び元気に歩くことができるようになった。ハファドは前足だけで健気に荷車を引き、その表情は幸せに満ちていた。

しかし歩き始めて五日ほど過ぎると、再びシャフィクは歩けなくなってしまった。


「ハファドや、今度こそ私はもうだめだ。腹が減って動けないのだ。荷物をここへおろしてオマエ一人で街へ帰れ」


「ご主人様を置いて帰れません。よろしければ私の首をお食べください」


「そんなことをしたら、おまえは死んでしまう」


「前足さえあれば歩いてみせましょう。さあ、お食べください」


シャフィクはハファドの好意に感謝し、枯れるほど涙を流しながらハファドの首をナイフで切り取って火で炙って食べた。すると息を吹き返したように元気になり、暑い砂漠の中を再び元気に歩くことができるようになった。首のないハファドは前足だけで健気に荷車を引き、その足取りは幸せに満ちていた。


ハファドのおかげで、あと半日も歩けば街に着くだろうとき、遠くから砂埃を上げて荷車が近づいてきた。荷車には大きめの幌が付いており一頭の大きなラクダがそれを力強く引いていた。荷車がシャフィクの前で止まると、幌の中から三人の荒々しい盗賊たちが険しい表情で現れた。


「おい、荷物を全部おいて行け!」


街まであと少しのところで盗賊に襲われてしまったのだ。シャフィクは泣く泣く荷車に乗せた品物を盗賊たちに差し出した。しかし盗賊たちが目を付けたのは品物ではなくラクダのハファドだった。


「なんと不思議な生き物だ、前足だけで荷車を引いているではないか!」


もう一人の盗賊が言った。


「エサも食わずに荷車を引くなんて、こんなに便利で珍しい生き物は見たことがない!」


盗賊たちは自分たちの荷車を引いていたラクダと、前足だけになったハファドを交換して去っていた。シャフィクは已む無く盗賊たちが置いて行ったラクダとともに街へ戻った。

何日も何日も悲しみに暮れたシャフィクは、このまま悲しみ続けてばかりではいけないと再び商いのため砂漠へ出た。すると砂漠の途中で首のないラクダと三人の人間の亡骸を見つけた。恐らくあの後、前足だけのハファドはまもなく息絶え、三人の盗賊たちは砂漠の真ん中に放り出されて死んでしまったのだろう。シャフィクはハファドの骨を拾い上げて誰もいないオアシスの街へ行き墓を建てた。そして、盗賊たちがそこに残した宝物のおかげで死ぬまで豊かに暮らした。

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