祈りのひと

@arup

祈りのひと

目覚ましがなる。

いつのまにか目覚ましが止まる。

しかし僕は限られた休日を有効にしなければいけなのでゆっくりと体を起こした。

足を引きずるように一回に下り、パンをトースターに押し込むと気が済んだように食卓の椅子の野垂れかかった。


飛行船はこっちに向かっていた。

それに向かって大きく手を振ってみる。

無理してこっちに来なくていいのに...

焼けただれる船体、布切れが細かな灰となりこの果てしない平原を汚していく。

しかしそれは夏の入道雲のような暗みがかった煙でこちらに向かってくる。


客席に火が回っているのが見える。

何人かが火に巻かれながら落ちていく。

ふと自分の体に火がついたらどんな感覚なのだろうと思う。

昔、手持ち花火の先をもったことがあったな。

トンカチで指を叩いたとしてもあれほどにはならないだろう。

でもとっさに手を引っ込めたのでその世界を十分には語れないだろう。

そんな知ることができない火が手を引っ込めることができないものだという感覚は図りしれない。


焼けたトースターを食べながらテレビのニュースをみる。

海外の僧侶が焼身自殺か。

相当の覚悟があったものだろう。

死とそれより恐ろしいものに立ち向かうなんて僕にはできない。

少し焼け臭いトーストを口に押し込みながらカバンを手に取り、玄関のドアを開ける。


いや、、開かない。

押しても引いてもびくともしない。

鍵を何度閉めたり開けたりしても空かない。

今日は、今日は、あれをしなければならないのに、

そうしなければどうにもこの気持ちの悪さがやむことはないのに、

火がそこまで来ているのに、、

玄関を思い切り殴る。もう、足に火がついてるかもしれないのだ。

目の裏まで熱くなる、舌が口に張り付く。


死は許せるが苦しみたくない。

醜い人とは私のことだ。


ゆっくりと目覚ましを止めると背中を丸めてより一層布団に入った。

ああ、ほのかにトーストの香ばしいにおいがする。

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