第13話

 俺は安心感からか、その場でしばらく動けなくなり、十数分してからやってきた救急隊に保護された。

 もちろん、みんなも一緒に。


 通信を妨害してた電波は、演習場の隅でショートしていたディーディルサイトから見つかった。蜘蛛の腹まんまの肋骨を現したような不気味な腹の中心に、小さな細工された跡があって、その中からチップが見つかった。他にも三体から同じようにして発見され、歩神は元通りに起動するようになった。


 チップがしていた妨害はその場にいる者全ての歩神に強制的にロックがかかり、歩神を脱ぐことが出来なくなるというものだった。もしもそれが反対で、逆にその場にいる者全ての歩神が脱がされ転送されるものだったら、その場にいた者は全員無防備な状態で敵に殺されていただろう。と、施設内の病院のベッドで横になってるときに誰だか知らん偉そうな軍人がやってきて教えてくれた。


 司令部のなんたりかんたり(名前忘れた)と名乗ってたから、お偉いさんだろう。


 その後、良くやったと誉めそやして、おっさんは部下を引き連れて病室を出て行った。


 どうして時屡不がそうしなかったのか、はたまた時屡不は何者なのか。それもおっさんは告げて行ったけど、正直俺はそれどころじゃなかった。


 早く、ハイガちゃん。いや、春南ちゃんに会って確認したいことがあったからだ。


 ベッドの上で真っ白な天井を眺めてると、引き戸式のドアが開いた。

 教会にいる尼さんみたいなかっこうをした美人が入ってきて、「お加減はいかがですか?」と、爽やかな声で訊いた。白い修道着を纏った彼女はもちろん修道女じゃない。


「ねえ、看護婦さん。俺もう一週間いるけど、いつ退院なの?」


 看護婦さんは点滴をいじりながら微笑んだ。


「あと三日ってところね」

「え~!? そんなに? もう大丈夫だからさぁ。退院させてくんない?」

「ダ~メです!」


 看護婦さんが頬をちょっと膨らませて、軽く人差し指を振った。美人がやる「メッ!」は最高だぜ!


「夜茄ちゃんは、けっこうな重症なのよ」

「チェ~!」


 俺自身はまるで自覚がなかったが、重力障壁が決壊するときに内蔵が傷ついていたらしい。重力障壁の爆発でではなく、その前の重力波同士のせめぎ合いの影響で体内が傷ついてしまったみたいだ。


 手術を受けたけど、全身麻酔で切り開く。とかではなく、ぷつぷつと細かい泡が立った透明な液体を入れられただけだ。その後すぐ意識を失って、目が覚めたあとは体が楽だった。


 でも絶対安静とかであんまりベッドから出してもらえない。担当医であり科学者のオンノ話によると、注射は微生物レベルの小ささの、治癒マシンと細胞再生を早めたり、促したりする細胞が入ってるらしい。リトナが言ってた再生医療だ。


 それらは血液に乗って修繕箇所へ向い、血管が傷ついてれば治癒マシンが中から縫うだか、小さいホッチキスみたいなので止めるだかして出血を塞いで、溜まった血をメスで穴を開けて外へ排出した。って感じらしい。


 治癒細胞は体内に残り、治癒マシンは排便と共にさようならした。だから、オンノいわくまだ俺の体の中で治療は行われてるらしい。


 でも、俺はまだマシな方で、速水やハイガちゃんの方が重症だったらしい。速水は肋骨が三本くらい折れ、そのうちの一本が肺に刺さっていたらしい。ハイガちゃんは体を強く打って一時期意識不明だった。


 今はもう問題なく寝起きできるらしいけど、俺らと同じく入院中だ。病室は俺の病室から二つ先の角部屋らしいけど、まだ行けてない。


 ガイクが一番酷かった。重力波の影響で内蔵や体内の水がぐっちゃぐちゃに掻き乱された挙句、爆風で吹き飛ばされ、体を強く打ってそのまま帰らぬ人となった。でも死因は体を打ちつけたことではなく、重力のせめぎ合いで内蔵をいくつか潰されたことにあるらしい。


 下手したら俺もそうなってたかもと思うと、ぞっとする。

 ガイクは一年後にはクローンとしてこの世界に復活するらしいけど、なんだか寂しいものがある。ほんのちょっとしか係わり合いがなかったとは言え、知った顔だった。その人が死んで、少しも哀しくないわけはない。


 それに、俺の胸には大きな疑問が渦巻いていた。クローンとして蘇ったとして、果たしてそれは本当にガイクだと言えるのか? 


 命は一個しかない。そういう常識の中で生きてきた俺にとって、同じ人間として生き返るということが、どうも受け入れられなかった。


 そりゃ、遺族とかは生き返ってくれれば嬉しいんだろうけど。それって、本当に正しいのか? そんな哲学的なことを珍しく考えてしまうほど、入院生活は退屈だ。


「あ~あ!」

 俺が深くため息をつくと、看護婦さんはふふっとおかしそうに笑った。


「なんっすか?」

 照れまじりに訊くと、看護婦さんはドアを指差した。


「お客さんよ」

 ドアの前には、セイラムとマネイナ、それにリトナが立っていた。


「お前ら!」

「やあ。調子はどうだい?」


 爽やかに訊いて来たのはリトナだ。俺は不満たらったらな顔を作ってかぶりを振ってみせた。


「俺自身は超元気なんだけどな。看護婦さんがまだ退院しちゃダメだってさ」


 ちらりと看護婦さんを見ると、彼女は愛しい子供を叱るようにぷくっと顔を膨らませる(反則だぜ。おねいさん)


 クレヨンしんちゃん風に胸をときめかせていると、看護婦さんは気を使ったのか部屋を出ていった。

 代わりに答えたのは、セイラムだった。


「そりゃそうでしょ。之騎、アンタ、自分の怪我どんなもんだと思ってるのよ?」


 呆れるように言って、腕を組むと俺のベットの端に座った。小生意気なガキだけど、女の子に自分のベッドに座られると、哀しいかな。ときめいちまう自分がいるぜ。


「自覚症状はなかったみたいだけど、一応死にかけたって訊いたわよ」


 セイラムは呆れるように言ったけど、どことなく声音の中に心配が含まれてる気がした。


「心配かけて悪かったな」

「別に。心配なんてしてないわよ」


 素っ気無く言って、そっぽ向いた。デレてんだろ。分かってんぞ。


「でも、無事でよかったです」


 マネイナがどことなくほっとした顔つきで俺を見た。


「ありがと。マネイナ」

「いいえ。さっき心配してないなんて言ってましたけど、自分よりセイラムの方がよっぽど心配してましたよ」

「ちょっと! わたしがいつ心配したってのよ!」


 頬を僅かに赤く染めながらセイラムが吠えた。立ち上がってマネイナに詰め寄る。マネイナはからかいじみた笑みを浮かべた。


「してたじゃないですか」

「してないわよ! どこをどう見てたらそうなるのよ!」

「まあまあ、病室だから」


 大規模なケンカに発展する前に、リトナが軽く制止した。


「相変わらず仲悪いなぁ」


 苦笑して呟くと、睨み合いを続ける二人を置いて、俺の前にリトナが歩み寄ってきた。ベッドに腰を掛けると途端に目線が近くなる。


「本当に、無事でよかったよ。心配した」

 言いながら手を握ろうと這わせてきた。その手をひょいとかわす。


「そいつぁ、どうも!」

(こいつはこいつで、いつまで俺を口説く気だ。俺は女の子が好きなのっ! 今、女だけどもぉ!)


 俺が睨み付けたのが効いたのか、リトナはすっと立ち上がった。そして、不意に真剣な眼差しで俺を見た。


「時屡不のこと聞いたかい?」

「……ああ」


 偉そうなおっさんが話してたことが蘇ってくる。


(硬い言葉使いな上に、難しい言い回しで良く分かんなかったんだよなぁ。そのときハイガちゃんのこと考えててそれどころじゃなかったし)


「なんか、ごちゃごちゃした話だったよな?」


 同意を求めたけど、彼らは呆れた顔をした。特にセイラム。


「いや、しょうがねーじゃん! 俺はアホなんだよ!」

「自分で言ってどうすんのよ」


 更に呆れたように言って、セイラムがリトナの隣に並んだ。ベッドサイドテーブルに片手をついて身を乗り出す。体が近づいて、自然にドキッと胸が鳴った。


 さらっとした金髪が掛け布団に落ちて広がる。

 長い指が伸びてきて、俺のオデコをはじいた。


「痛って!」


 セイラムは鼻で笑うと、すっと離れた。


(ちくしょー。俺のときめき返せ)

 ギロッと睨みつけて、オデコを擦った手を離す。


「アンタのために簡潔に説明してあげると、こういうことよ」


 偉そうに腕を組みながらセイラムは頼んでもない説明を始めた。


「時屡不はこの学校に入学が決まってたの。だけど、ある日国境沿いの彼の村で行方不明になった。だけど、三日後には戻ってきたから大した問題にはならなかったみたい。そして、時屡不はそのままこの学校に入学。そして今回の事件ってわけ」

「判り易い説明、ありがとう」

「どういたしまして」

 

 頭をぺこりと下げると、セイラムは優雅にスカートの裾を広げた。

 セイラムは黙ってれば絵になるくらい美人なのに、もったいねぇなぁ。


「でもさ。それって、攫われてロボットと入れ替えられたってことだよな? 親とかは気づかなかったのか?」

「急に無口になったんで、心配はしたそうなんだよ。でも、何か辛い目に遭ったんじゃないかと思ってあえて聞かなかったらしいんだ」

「そっか」


 リトナに相槌を打つと、


「それに、その後すぐに入学式だったからね」

「その時期を狙ってやったのかも知れませんね」


 マネイナに同意してリトナが頷く。


「今回の騒動、同時多発的だったって聞いた?」

「は?」


 思いがけない発言に俺はリトナを凝視したけど、それは俺だけじゃなかった。マネイナとセイラムも驚いた表情でリトナを見ている。


「アフラ国の有名どころの学校では、全て同様のテロが起こったってさ。それだけじゃなく、蒼頡国、カンヘル国でも起こったって話だ」

「マジかよ」


 蒼頡っていやぁ、この体である夜茄の人種が多い国か。カンヘルは確か、ハイガちゃんの国だって言ってたっけ。


「アンタ、そんな話どっから仕入れてくるのよ。それってかなりのトップシークレットな情報じゃない?」


 胡乱気な目でセイラムが見ると、リトナはハハッと苦笑した。出もとを言う気がなさそうなリトナに、「どうせ女だろ」とぼそっと呟いて、俺は話しを変えた。


「それにしても、時屡不そっくりのロボットがたった三日で作れたってのは驚きだよなぁ。質感とかも人間と変わんないみたいだったじゃん。汗まで掻いてたし」


 触ったことはないから、あくまで見た目はだけど。


「シリコンっぽくもなかったし、ゴムじゃ絶対ない感じだし。細胞だか再生医療だかっての? は、時間掛かるんだろ。どうやったんだろうな?」


 何気なく訊くと、三人は気まずそうに目を合わせた。


(なんだ? なんかあんのか?)


「女の子に聞かせるにはグロテスクな話になっちゃうんだけど」


 言葉を濁したリトナに、「女じゃねーって!」と突っ込んで、促す。


「で?」

「骨をね、最小限の傷口から全部抜いて心臓と脳以外の内臓をかき混ぜたりして、液状にして取り出し、その中に機械の骨組みを入れて組み立てていったんじゃないかって。だから皮や汗腺、筋肉も本物で、脳も例のミスラのチップで動かして、心臓を止めないようにしていれば汗も掻けるんじゃないかって。上層部では、そういう話になってるみたいだね」

「うげっ」


 女じゃねーけど、吐きそう。


「心臓を動かしていれば血液は巡りますから、皮も死んだようには見えないでしょう」

「でもさ、マネイナ。あいつ血流してなかったぜ?」

「戦いの最中ですか?」

「ああ」


 俺が頷くと、マネイナは少し考えるしぐさをして、


「おそらく、その時は心臓を止めていたのでは?」

「まあ、相手はロボットだから動いてなくても支障はないし、むしろ余計な動作しないぶん、本来の力が発揮できたんじゃないか」


 リトナが付け足して、俺は深く納得した。


「それはそうかもなぁ」

「そんな技術……と言ってはなんですが、今までそういう類のものはなかったんですけどね」


 マネイナの顔が曇る。そこに、意外な言葉が降ってきた。


「汗を掻くロボットならいたけどね」

 びっくりした俺に向って、リトナは肩を竦めた。

「ミスラに乗っ取られる前は、人間そっくりなアンドロイドが人気だったからね。人間と同じように汗を掻いたり、食事をするロボットさえいたらしいから」

「そんなの見たことないわ」


 セイラムが顔を顰めた。嫌悪感が丸分かりだ。俺はアトムみたいだなぁって素直に感心しちゃったけどね。


「つーかお前、本当に詳しいのな」

「アキから聞いた話だよ。あいつ、機械マニアだから」


 ふっと苦笑を漏らすと、リトナは本題へ話を戻した。


「敵も随分考えたんじゃないかな。旧来の人間そっくりなアンドロイドを作っても、スキャンやなんかでばれる。でも、本物の皮膚があれば指紋認証も出来るし、眼球があれば虹彩、声帯を残しておけば声紋認証も出来るし、認証登録さえしてしまえば、C・Bに指示出して歩神だって操れる。それに今回みたいに内部をそれっぽく見せてしまえば、スキャンされても切り抜けられる」


 ああ。目玉って本物だったんだ。どうりで、生々しいと思った。


「生体反応は?」


 セイラムの質問に、リトナではなくマネイナが答えた。


「さっきリトナが、心臓や脳を残しておいたって言ってましたから、それでクリアしたんじゃないですか?」


「でも、歩神って脳から出る電波信号をキャッチして起動してるじゃない。ヘルメットが脳の色んな位置に当たるようになってて、それで動くわけでしょ? いくら脳の物質を出せるチップを埋め込んであったからって、遅延くらいはあるでしょう。本物じゃないんだもの。一箇所でも感知出来なかったらアラートくらい鳴るはずよ」


「実際、誤作動の警報は鳴りましたからね」

「ああ。初めて歩神を装着したときにそんなことがあったよな。でもあのときは誤報で片付いたんだっけか」

「そうです」


 マネイナが大きく頷いて、俺は腕を組んで口を窄めた。


「でも、認証とかってコンピューターに入り込んじゃえばお手の物って感じするけどな。敵って機械なわけだろ?」


 SF映画とかでも良くあるじゃん。


「敷地内に入り込んでいるので、直接施設内のコンピューターに進入すれば出来なくはなかったでしょうね。警報が鳴ったとき、時屡不はコンピューターにアクセスして警報を止めたみたいですし」

「だろうね。外部からの進入なら無理だっただろうけど」


 マネイナに相槌を打って、リトナは俺を見た。


「でも、彼らの本当の目的は歩神の情報を獲得することだったと思うよ」

「歩神の? 施設の倒壊じゃなくて?」


「そう。F・Bみたいなのは、ミトラだって造れるけど、歩神みたいなのは難しいんじゃないかな。生き物の筋力をサポートし、最大限引き出し、武器の転送を行う。ただの大型機械には出来ないことだから。特に武器の転移はね」


「厳密に言えば一番欲しかったのは、通信手段の情報でしょうけどね」

「通信?」


 なんで? と、怪訝にセイラムを振り返ると、セイラムは硬い表情で言った。


「重力波よ」

「ああ。あれな。前にハイガちゃんに聞いた時は、なんか無敵っぽいこと言ってたけど、普通に妨害されてたぞ。アレ」

「……え?」


 鳩が豆鉄砲食らったみたいな面でセイラムはリトナとマネイナを振り返った。二人も驚いて目を丸くしてる。


「妨害、されたんですか?」

「されたよ。おもっくそされてた」


 マネイナに深~く頷いてやると、息を詰まらせたように三人は互いの顔を見合った。


「なんだよ。そんなに驚くことぉ?」

「驚くことでしょ!」


 急に大きな声を出されて、思わず肩を竦めた。そういや、ガイクもパニックってたけど、そこまでか? 


「重力波ってのはね、どんな物質にも邪魔されないって言われてんのよ? 妨害なんて出来っこないわよ!」

「いいやぁあ! それは違ぁう!」

(歌舞伎?)


 突然見得を切ったときみたいな声が聞こえて、そばにいたマネイナが勢い良くドアを開けた。


 ドアの前には、長身でひょろりとした体系。オレンジ色の派手な髪を無造作ヘアと言い訳するには無造作すぎる角度であっちこっちに跳びはねさせている男がいた。

 その男が振向くまでもなく、リトナが男を言い当てる。


「……アキ。なにやってんだ?」


 呆れた声音を浴びせられ、アキは振り返って、締まらない表情で笑った。そのわきから、ひょこっと女の子が顔を出す。


 シュッとした瞳。白銀のまつげに、白いふわふわした髪をツインテールにした雪兎みたいな髪の少女。アキと同じチームの石煌だ。


「何が違うってのよ?」


 ケンカ腰にセイラムが訊ねると、アキは眼鏡をずりあげながら緊張したように切り出した。


「あ、あの、あのでうね」


 噛んでる上に声震えてんじゃん。


「大丈夫か? セイラムは気ィ強ぇけど、根は優しいぞ」

「あああ、ハイ。……ハイ」


 顔を真っ赤にしながらアキはぺこぺこと頭を下げまくった。

(テンパリすぎじゃね?)


「で、アキ。何が違うんだ?」


 呆れ気味にリトナが訊くと、アキは申し訳なさそうに頭を掻いた。その横で何故か石煌も申し訳なさそうにしてる。


「ああ、ごめん。立ち聞きするつもりはなかったんだけど、一応ぼく達、時屡不のチームメイトだったからさ。御見舞いに行こうかって」


 アキがちらりと石煌に視線を送ると、石煌は顔を僅かに赤くしながら、うんうんと大きく頷いた。そのしぐさが小動物みたいで可愛い。もしかして、石煌はクールなわけじゃなくて、あがり症で人と接しなかっただけなのか? 


「そうよ。アンタ達チームメイトだったのよね。時屡不がロボットだったって気づかなかったわけ?」

「う、うん……。だって、ぼく達あんまり話ししなかったし……」


 またちらりと視線を送ると、石煌がしゅんとした表情で明らかに沈んでた。この子は、話さなくても感情が丸分かりだな。見た目と違って、全然クールじゃない。


「まあ、それはしょうがないんじゃないか? アキは基本的に機械以外の会話は人としないし、石輝はそもそも普段しゃべらないんだし」


 リトナがアキの友人としてフォローすると、セイラムが軽く睨んだ。


「それってしょうがないで済ませて良いことかしら」

「確かに。本来チームメイトとして機能していれば今回のことは未然に防げたかも知れません」


 こんなときだけタッグ組みやがったよ。マネイナ、セイラム。


「そんなんで、作戦のときとかどうしてたわけ?」

「作戦は、た、立てなかったんだよ。だって、じ、時屡不だけで勝てちゃったし、機械いじりも好きなだけやって良いって言うから、ぼくは作戦にはか、関わらなかったし、石煌も特に何も言わなかったし」

「まあ、まあ。そんなことより本題に入ろう」


 わたわたと言い訳を述べたアキの前に、リトナが割って入った。これ以上不利になる前に止めようってはらか。俺もそれに乗っかってやろう。


「そうだな。なんで〝違う〟んだよ。アキ」

「あああ、うう、ん」


 かなりどもってから、アキは切り出した。


「ええっと、そこの金髪の女子が言ったように、重力波は物質の影響を受けないといわれているけれど」

「名前覚えてないの?」


〝このわたしの〟が含まれてそうなセイラムの密かな突っ込み(かなり引き気味の)を無視して、アキは続けた。その顔はさっきまでと打って変わって、興奮を帯び、嬉々と輝いている。


「実は昔、何回か重力波の検出と同時にガンマ線も検出されているんだ。ガンマ線は0.0四秒遅れて観測されていて、今までは単純に遅れて届いただけだとか重力波の影響を受けて遅れたとされていたんだけど、今回のことでぼく、気づいちゃったんだよね」

「何を?」


 訊いたのはリトナ。アキは、すっと人差し指をかざした。


「逆だったんだよ。普通は併走しているもの、もしくは先を行ってる物質の影響を受けて遅れるという発想だけど、影響を受けたから速まった」


「ガンマ線の影響を受けて重力波が少し速まったってこと? でも速まったからって何よ。遅れたってことは影響を受けて邪魔されたってことだけど、速まったことってそれ自体に問題ある?」


「受信機にとっては大有りだよ。突然スピードが速まったことで周波数が乱れ、キャッチしきれなくなったり、キャパオーバーが起きたりしたんだよ。だから、通信不能になった」


「それ、速水に言ったか?」

「マーム!」


 甲高い突っ込みをガン無視して、俺は興奮しながらアキを見据えていた。アキは激しくかぶりを振って、どもつきながら呟いた。


「いや。ま、まだ言ってないけど……さっき思いついたし」

「すげーよ! 言った方が良いぜ。多分、上のやつらもまだ掴めてねえんじゃねーの?」


 俺が褒めると、そうした方が良いと声が上がった。その途端、アキは照れて真っ赤になって一目散に廊下に駆け出した。その後を石煌が追っていく。


「なんだ?」

「不慣れなことに戸惑ったみたいだね。彼、普段褒められ慣れてないから。――じゃあ、俺はアキを連れて速水教官のとこにでも寄って来るから。ここで」


 リトナが片手を軽く上げて駆けていくと、じゃあとマネイナが言ってセイラムと顔を合わせた。


「いつまでもいても迷惑でしょうから。行きましょうか、セイラム」

「そうね」

「あっ、ちょっと待って」

「なによ?」


 セイラムは怪訝そうに振り返る。引き止めておいてなんだけど、ちょっと言い辛いな……。


「え~と、ハイガちゃんのとこ行った?」

「行ったわよ」

「元気だった?」

「まあ、元気でしたよ」

「えっと……怒ってた?」


 二人は微妙な顔つきで目を合わせた。そして同時に振り返って、


「そんなの自分で確かめなさいよ」

「それが一番ですね」

「え~!?」


 そりゃ、聞きたいこととかもあったから逢いたいけど、怒ってるかどうかだけ知っておきたい!


「じゃ。くれぐれも無茶はするんじゃないわよ」

「それでは。ご愁傷様」

「ご愁傷様ってなんだ! マネイナァ!」


 ぴしゃりと閉じられた廊下からは、ふふふっと可憐な少女達の笑い声――もとい、悪魔の笑い声が響いていた。


「教えてけよぉ」


 * 


 木製に見せかけた壁紙が張られた引き戸式のドア。太くて安全そうな、実に病室らしい取っ手。ドアと一体化した木目調の壁紙が、妙に心を落ち着かそうとしてくる。


 このままそれに身をゆだねても良いんだろうけど、俺の心臓は逸ろうと必死だ。つまり一言で言うと俺は、緊張してる。


 ハイガちゃんの病室の前で、だいたい一分足らず、右往左往している。でも、ハイガちゃんが怒ってようがいまいが、聞きたいことは聞くしかねえし、ハイガちゃんがどんな様子かなんて、見てみなきゃ分からねぇんだし。


(よしっ!)


 俺は気持ちを切り替えてドアをノックした。


「ハイガちゃん。入って良いか?」

「……どうぞ」


 くぐもった声がした。声音からして、怒ってはいなさそうだ。ドアノブに手をかけた瞬間、緊張がまたやってきたけど、取っ手を引いたらそれは吹き飛んだ。


 ハイガちゃんは窓の外を眺めていた。


 病院は軍事施設や寮から少し外れた場所にある。と言っても同じ敷地内ではあるんだけど、地下ではないから景色は見えた。

 でも、ここから見えるのは芝生と遠くに森林があるだけの殺風景なものだ。


「景色、どう?」


 アホか俺は! しょっぱなから、なんつー変な質問してんだ!


「そうですね。キレイです」

「キレイ? 木も今、散ってるの多くない?」


 アフラ国には、春と秋と冬しかない。だから、入学して数ヶ月でもう秋だ。


「ああ。違います。空が」


 言って、ハイガちゃんは促すように空を見上げた。

 俺は側によって、外を覗く。ちょうど夕暮れ時で、空が赤くなり始めていた。青い空と、夕日が混じって紫色の雲を作り出す。確かに、キレイだ。


「初めて逢ったときも、こんな空でしたね」

「……え?」


 初めて逢ったとき?

 脳裏に、瞬時に蘇ってくる。

 しだれ柳のような黒い髪、真っ赤な血溜まり、闇に飲まれそうな路地裏に、荒い息遣いの――。今にも死にそうな、女の人。


「あれ、やっぱり。キミか」


 ぽつりと出た言葉に、ハイガちゃんは柔らかく目を瞑った。


「はい」


 核心的に響く声で言って、ハイガちゃんは目を開ける。


「じゃあ、ハイガちゃんは春南ちゃん。で、春南ちゃんは、あの女の人――そういうことで、良いんだね?」

「……はい。そういうことになりますね」

「どうして?」


 妙に、責める言い方になってしまったことに少しだけ驚いた。でも、それだけ疑問やら猜疑心やらが俺の中には生まれてしまってるんだ。


「なんで、黙ってたの? どうして、否定したの?」


 ミハネが迎えに来てくれれば、一緒に帰れるのに。


「ごめんなさい」


 ハイガちゃんはすっと頭を下げた。


(ごめんなさい。それだけで、また何も言わないのか?)


 一瞬そんなことが過ぎったけど、そうじゃないことはすぐに分かった。顔を上げたときのハイガちゃんの表情が、何かを決心した真剣な、それでいてすごく緊張している顔だったからだ。


「私は、生前。そう、柚木春南だったとき。化粧品会社に勤めていて」


 ぽつり、ぽつりと語りだした彼女からは、妙な落ち着きを感じた。まるで、〝生前〟、〝だったとき〟と口にしたことで割り切ったみたいな感じがした。過去のことなんだって。俺はなんだか、それが哀しくて。ふと彼女から目を逸らしたくなった。でも、じっと彼女だけを見つめていた。


「新入社員だった私に、クレームがあったんです。彼女に送るはずの物が違う商品だったとか、そんな些細なことだったんですけど、でもその人はあれが気に入らない、これが気に入らないとエスカレートするようになって。ついには、ストーカーみたいになったんです」

「え?」

「お詫びに自分と付き合えって言ってくるようになって」

「は? なんだそれ」


 そんなの最初から春南ちゃんが目当てなクズじゃねーか。


「私は体調を崩すようになって、会社も休みがちになったけど、上司には相談出来ませんでした。友達にも、家族にも、何も言えなかった。同僚はクレーマーのことは知っていてくれたけど、脅迫は相談出来なかった。もしかしたら、上司は同僚から聞いて知っていたのかもしれません。休んでも、そんなにきつくは言われませんでしたから……」


 彼女はふと笑んだ。その微笑は、自嘲じみていたようにも見えたけど、なんだかすごく哀しげだった。


「そんなある日、友人に誘われて断りきれずに街に出たんですけど、すぐに気分が悪くなって、解散したんです。そのときに待ち伏せされてて」


 嫌な予感がした。あの光景が頭を過ぎる。


「私が最近会社を休んでるのは、自分を避けてるからだって。その人、ナイフを取り出してきて」

「それで……刺されたってわけか」

「いいえ」

「え?」

「刺されたわけじゃありません。私から、刺さりに行ったんです」


 窓から差し込む淡い光が、彼女の右側のまつげを照らした。きらりと光ったのは金色の瞳だった。堂々とした強い瞳。だけど……。

 一瞬頭が真っ白になった。


「それって……自殺って、こと?」

「……憶えてない、なんて言うつもりはありません。私はあの時、どんな状態にあったにせよ、刺さりに行きました。自らを、殺しに行きました」

「どうして?」


 心の底から出た言葉だった。

 彼女は瞳を伏せた。迷ったように視線を泳がせ、踵を返した。病衣の裾がひらりと翻り、艶やかな太ももが陽光に照る。


「長い話になっちゃうかも知れないんですけど、聞いてもらえますか?」


 微かに震えた声だった。緊張と、不安が伝わってくる。

 俺は、励ますつもりで答えた。


「うん」



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