歩神

独楽国一衛

プロローグ

 意識が朦朧とする。誰かいるの?


 暗い路地裏。細いパイプは色あせて、コンクリートの壁はくすんでる。反対側は、どこかのお店のドアノブ。ドアは小さくて薄汚れてる。


 視界が揺れる。


 漂って来るのは、ラーメンの匂い? ううん。焦げ臭い。まるで火薬が炸裂したみたい。


 沈みかけた太陽が空を紫色に変えて、狭い隙間から覗いてる。向かいの古い木枠の窓にかかってるカーテンが揺れた気がした。白くて薄いカーテン。


 窓は半分人影で隠されている。顔は良く分からない。でも、男。荒い息遣いが聞こえてくる。紺のスーツが乱れてる。


 ぐるぐると視界が回る。


 景色が二度、三度、天地を逆にした。その度に、景色は別のものをちらちらと映し出す。


 鉄筋がむき出しのコンクリートの天井。響きあう悲鳴めいた残響。


 銃声? うるさい。


 景色がもう一度回転したとき、また男の荒い息遣いが聞こえた。まるで、耳元で響くみたいに。


 手には、ナイフ。ゴツゴツした手もナイフも赤い。滴る赤い雫。スーツが血まみれだ。ああ、そうか。血だ。


 誰の?

 

 視界が上下に揺れる。

 誰かの駆けて来る足音がした。

 男はすっと姿を消す。まるで、闇に溶けたみたい。


「おい。誰かいるのか?」


 慎重な低い声。でも、良く通る男性の声。もしかしたら、男の子かも知れない。


「誰かいるのか?」


 また訊いた。今度はさっきより声を張ってる。

 いるよ。でも、声が出ないの。


  彼が近づいてくる気配がした。もう、景色ははっきりと見えない。暗くくすんだ闇が視野を奪ってく。

 なんだか、すごく怖い。


『たすけて』


 これは誰の声だろう。


『ああ、任せろ!』


 妙に頭に響く声は、不思議。女の子だった。


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