運命を視る僕と、四人の雪花

@syuuji0802

第1話 始まりは劇的に




かのウィリアム・シェイクスピアは言った。




人生じんせい舞台ぶたい、人はみな役者やくしゃ』。




 曰く、この世は一つの舞台なのだと。


 そしてぼく達は、舞台の上で役割を演じる役者にすぎない。


 では、人生が舞台なら、さしずめそれを歩む自分自身は『主役』だろうか。






 人間、自分が主人公しゅやくだと思う場面は人生に一度は存在するはすだ。


 たとえば、勉学やスポーツで目覚めざましい成績を残した時。


 たとえば、学校行事等で一際目立つようなことをした時。


 たとえば──


御柱介人みはしらかいとくん。私と、付き合ってください」


 可愛い女の子に告白された時、とか。






 放課後、学校の体育館裏。


 僕と彼女以外、誰の影もなく、壁の向こうから部活動にいそしむ誰かの声だけが木霊する。


 そんな場所で行われた、な行為。


 誰の目にも明らかなそれを簡潔に説明するなら……そう、愛の告白、というものだろう。


「いきなり呼び出してごめんね。でも、どうしても伝えたくて」


 僕は今、告白をされているのだ。


 それもクラス一の美少女と言われる、とびきり可愛らしい女の子に。






 まさに、誰もが夢見る展開だった。


 冴えない男が、ある日突然誰もが振り向くような女の子に想いを打ち明けられる。


 普通なら罰ゲームを疑うだろうけれど、僕はそうしない。


 何故なら彼女が小学生の頃からの幼馴染で、その性格も考え方も、よく知っているから。


「……確かに、いきなりでしたね。驚きました」

「そういう割には、いつも通り平然へいぜんとしてるように見えるんだけど」


 そう言って、春野六花はるのりっかは頬を膨らませる。


 ややあどけなさが残る端正な顔立ちにはよく似合って、これはクラスメイトが騒ぎ立てるのも納得だ。


 よく手入れされた明るい茶髪に、上手に彼女の魅力を引き出したナチュラルメイク。女の子らしい華奢きゃしゃなシルエット。


 そこに誰もが接しやすい軽快な性格が合わされば、惹かれない理由はないのだろう。


「それで、どうかな? 私と付き合ってくれる?」

「ええと、ショッピングの荷物持ちなら喜んで……なんて返せば、満点ですかね?」

「むっ。また冗談ばっかり」

「すみません、これでも動揺していまして」


 より一層むっすりとした六花さんに、僕は誤魔化すように笑ってみせる。


 ちょっと鼻につく態度だっただろうか。


 仕方ない、長年の接し方というのは中々変えられないから。






 さて。無駄な思考はここまでにしておこう。


 改めて彼女を見る。僕に交際を持ちかけてきた、幼馴染を。


 その目は真剣そのもので、きゅっと胸元で握った手は少し赤くなっている。


 本気の覚悟をうかがわせる態度。とても演技には思えないし、そもそも彼女はそういうのが得意ではない。


「本当に、僕でいいんですか?」

「うん。介人くんだからいいの」

「こう言ってはなんですけど、君に釣り合うとは思えませんよ。地味ですし」


 六花さんが咲き誇る大輪の花なら、さしずめ僕は隅で揺れる野草。


 そこに幼馴染という細枝のような接点があったとして、はたして如何程のものか。


「こんなこと、介人くんにしか言わないよ」


 けれど、彼女の言葉にはどこまでも芯があった。


 


 じっと僕を見る目にも。




 固く引き結んだ桜色の唇も。




 その全てには──とても強い、決意のようなものがあって。




「……そう、ですか」


 僕は、彼女を見た。


 もう一度ちゃんと、彼女に繋がった、切れかけた赤い糸を確認して。


 少し考えた後に……人当たりのよいだろう、と長らく研鑽して作り上げた微笑みを浮かべた。


「分かりました。では、今日からよろしくお願いします」

「……そっか」


 軽く頭を下げると、六花さんの呟きが聞こえた。


 安堵と不安を吐き出すような……何か、大きなものを取り落としたような、複雑な声音で。






 姿勢を戻すと、六花さんはいつものように天真爛漫てんしんらんまんな笑顔を浮かべていた。


「ありがとう、受け入れてくれて嬉しいよ!」

「いえ。僕も六花さんに選ばれて光栄です」

「むむっ、まだ敬語無くしてくれない」

「ははは。すみません、昔からの性分で」

「せっかく恋人になったんだから、砕けた口調でいいのに」

「善処します」


 やや曖昧に答えたら、ようやく満足したように頷かれる。


「じゃあ、これから彼氏彼女ってことで。あっ、明日の朝、お迎えとか行っちゃう?」

「六花さん、いつも遅刻ギリギリじゃないですか。昔から」

「言ってらならないことを言ったな〜? それなら明日は早起きするもんね!」

「期待せずに待っていますね」

「ふっふっふっ、私の襲来に怯えるがいい!」


 悪っぽい顔で凄んでみせるけど、正直可愛らしいとしか言えない。


 まあ、小さい頃から朝に弱いのは直っていないので、程々に受け止めておこう。


「っと、そろそろ行かなきゃ。明里達のこと待たせてるし」

「ああ、そうでしたか。じゃあ、また明日」

「うん。また明日ねっ」


 最後にもう一度笑顔を見せ、彼女は踵を返した。


 その後ろ姿が角の向こうに消えるまで見送って、僕はため息を零す。


「まさか、こんなことになるなんて。思いもよりませんでしたね」


 ……いや、それは少し嘘になるかな。


 そんなことを思い、ふと空を見上げる。


 体育館裏の薄暗がりを唯一照らす夕焼け色の大空には、呑気に雲が揺蕩っていた。


 何も悩みがなさそうなそれらが、ほんの少し羨ましくなったりして。


「……人生は舞台、ですね」






──もしも、この世が舞台であるのなら。






 きっと僕は、主役ではないのだろう。



 

 

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