第2話


 あの生意気な御曹司に命令された買い物とランニングを終えて白百合館に帰ってくると、玄関先でさっきの暴力的なお坊ちゃんが立っていた。

 名前も知らない相手をパシリにするとか、碌でも無い教育を受けてきたにんだろうな。


 そう思って俺は、100均で買ってきたにちょうどいい入れものをそいつの方に投げる。

 彼は危なげなく両手でそれを受け取った。


「ほら、買ってきてやった」

「……あの」

「ありがとうの一言も言えねーのか? 御曹司ってやつは情けないな。そんなんじゃ下につくやつも嫌だろうなぁ。あ、また暴力とかやめろよ。今度は人呼ぶから」


 ストレス発散に冷たい言葉をかけていたら突然彼は、膝に手を当て、それに重心を預けるようにして、頭を深く下げた。

 その独特な謝罪に、俺は呆気に取られ、反応に困る。


「まさか君が寮生だとは知らず、わた……ボクはとんでもないことをしてしまった。本当に申し訳ない」

「え?」

「君が納得いかないなら、かくなる上は、今ここでケジメをつけなければ」

「けじめ?」


 彼はポケットから小型ナイフを取り出して、小指を地面に突き立て、逆の手でナイフを構えた。


「行くぞ……ぉぉおおお!」

「ちょ、ストップ! まじでやめろって! ごめん、俺の方こそ悪かった!」


 俺は彼の両手を掴む。

 とりあえずナイフを持っている手を思いっきり叩き、手からナイフを落とした。


「ダメだ! 仁義において、中途半端なのは許されない!」

「そもそも俺がしっかり説明しなかったから悪いんだよ! お前は悪くない!」

「で、でも、君は怒っていたじゃないか」

「まぁ、あの態度にはムカついたけど。ほらお互い同級生なんだからさ。こんなところでケジメつけられても顔合わせづらくなるだけだろ? だからやめろ」

「き、君がそう言うなら……分かった」


 とりあえず落ち着いたようで、俺は安堵の息を漏らした。


「でも、しっかり謝りたい。先程は無礼を働いてしまい本当にすまない。つい生理のストレスで」


 赤面しながら彼はそう話す。


「整理? 荷物整理がストレスになってんなら、俺も手伝うよ。二人なら早く終わるだろ?」

「え、あー、いや、たしかに……危ない危ない」

「ん? どした?」

「いやぁ、せっかくだから手伝って貰おうかなぁって」

「おう。お前、イケメンだけど腕ほっそいし、重いのは任せろ」

「うん。頼りにしてるよ」


 そっか、確かにこいつらは20畳の部屋に荷物運ぶんだもんな。

 そりゃ疲れるのもわかる。


「そうだ。自己紹介しておくよ。俺は光城高人。推薦でサッカー部に入るんだけど、サッカー部の寮が手違いで満員だったらしくて、この寮でお世話になることになったんだ」

「それでか。ボクが聞いていたのはボクを除いて2人の同級生だけだったから。さっきその2人も荷物を持って入って行ったよ」

「へぇ」


 みんな今日が入寮日だったのか。

 幸か不幸かわからんが、ちょうどその日に俺もここに入ることになったと。


「自己紹介、だね。ボクは佐貫優さぬき ゆう。特に紹介することはないかな。部活とかも入るつもりないし」

「そっか。じゃあ佐貫。これからよろしく」


 手を差し出すと、佐貫はゆっくりその手を取った。


「……佐貫の手って、なんかすごいすべすべだな。まるで」

「あ、いや!」

「どした?」

「け、ケアしてるんだよ。ほら、なんていうか……そう! 毎年赤切れが酷いから今年は気をつけようと思ってさぁ」

「……そうなのか」


 なんか、やっぱり違和感があるが……ま、気にしないでおこう。


「他の2人にも挨拶しておきたにいな。佐貫はもう挨拶したのか?」

「っ! そ、そうだなぁ。あ、2人にも君が帰ってきたにと言いに行くよ! ちょっとここで待っ」

「いいよ別に。俺の方から行くから」

「へ? いや! それだと準備できてない可能性も」

「準備? ははっ、そんなの要らないだろ。お前って結構神経質なのな」

「……そ、そうかも、あはは」


 俺は佐貫と白百合館に入る。

 玄関前で柚子原さんが箒を持って立っていた。


「お帰りなさい。おや、公募さんは他の方々に関わらないで下さいと言いましたよね?」

「別にいいでしょ。大人が高校生に向かって立場がどうとか言う方がどうかと思いますが?」

「あの、わたしは本気で立場が、とか言ってるのでは無く、あなたのためを思って言ってるのです」

「俺のため? それならなおさら同僚とは仲良くなりたいですけど」


 言い合いになって、最後に柚子原さんは大きくため息をついた。


「はぁ……。もう勝手にしてください。下手に御令息(この方々)と馴れ合うのがどれだけ危険か、後々思い知るでしょう」

「嫌な言い方するなぁ。そんなフラグじみたもの、先に折っておきますよ。なぁ佐貫、別に何もないよな」


 隣で佐貫がハンカチを取り出して汗を拭っていた。


「お、おい佐貫……?」

「……」

「まじでヤバそうみたいな反応やめろ!」


 俺は引き気味で少し佐貫と距離を取る。


「と、とにかく挨拶しに行こう。ただ、先にボクが挨拶できるか確認をするから、それだけはどうかやらせてくれ」

「……お、おう」


 そんな顔で言われると、断るに断れない。

 2階に上がって、まずは階段からすぐ右の大きな部屋のドアを佐貫は叩き、先に入って行った。

 数分くらい待たされて、部屋のドアが空いた。


「大丈夫だって」


 言われて俺は、部屋に入る。

 そこには、窓から刺す陽光を浴びて後光を浴びた、オールバックで金髪を後ろでひとつに縛った、またも美形男子が立っていた。


「キミが、飛び入りくんかい?」

「あ、うん。俺は光城高人。よろしく」

「こちらこそ。わたしは那須野ラディア。ラディでいいよ。よろしく」


 ラディの方から要求されて、俺はシェイクハンズとハグを交わした。

 なんか外国に来た気分。


「ラディの出身はどこの国なんだ?」

「イギリスだよ」

「へぇ、じゃあ英語ペラペラじゃん! あれ、ってかこうやって俺と普通に喋ってる時点で日本語もペラペラなのか?」

「1年前から日本に留学で来てたんだ。母親が日本人だから親戚もいて、語学と文化の勉強も兼ねてね」

「へー、すっごいなぁ。な、佐貫!」

「へ? あ、確かに。凄いね」


 引き攣った顔で佐貫はラディを見つめていた。

 佐貫のやつ、どうしたんだ?


「そんなに褒められると照れるよ。あ、そうだ光城は、サッカーやってるんだろ?」

「あぁ。一応、聖心せいしんにはサッカーの推薦で来たからな。あれ、でもなんでそれを?」

「ゆのから聞いたんだよ。サッカー部の寮に入れなかったとか。災難だったね」

「まぁ、な」


 ゆの、って柚子原さんのことか。

 いきなり下の名前って、海外の人はフレンドリーだなぁ。


「わたしはまだ部屋の荷物を整理しないといけないから、そろそろいいかな?」

「あ、あぁ! また夕食の時にでも色々話そう」

「うん。また夕方に」


 そう言って、ラディと別れ、俺たちは部屋を出た。


「そういや佐貫はどの部屋なんだ?」

「ボクは君の隣の部屋だよ」

「となると、次はラディの向かいにある部屋か」

「……分かってるね? ボクが先に入るから光城はここで待ってて」

「お、おう」


 またしても、佐貫が先に部屋のドアをノックして入った。

 今度は5分くらい経ってやっと佐貫が出てくる。


「だ、大丈夫だってさ」

「とても大丈夫な様には見えないが」


 佐貫の異常な汗と焦り様は、違和感があった。

 ともかく、俺はその部屋に入る。


「っわぁ。ピンク一色だな」


 広々とした部屋の物は、何から何までピンク色に支配されていて、ラックや机などに飾らせているのは何故か白兎の人形ばかり。

 ベッド付近にはクマのぬいぐるみがずらりと並べられ……って、この部屋どう考えても。


「女子の部屋か?」

「ま、まひろは女子じゃ……ない!」


 いつのまにか俺の前にいたこの部屋の主。

 身長は俺の鳩尾くらいで、部屋を見渡していたせいで、視野に入ってこなかった。

 それもあり、急に声をかけられ驚いた。


「いや……君は」


 ショートボブの髪と、前髪を左に寄せるためにつけられたピンク色の髪留め。

 まん丸な瞳と長いまつ毛は、とても男子のそれとは思えない。


「なあ佐貫、こいつは男子だよな?」

「あ、あぁ! そうだよ! 何言ってるんだ光城、ここは男子校なんだからー」

「そ、そうだよな。えっと、俺は光城高人。急にこの白百合館に入寮することになってさ、よろしく」

「へー。ぼくは白樺まひろ。白樺財閥の御曹司なんだっ」


 まひろは、小さなその手で俺と握手した。


「お前も手、綺麗だな。爪もネイル? してるのか?」

「え……やば、忘れてた」

「どした?」

「す、するだろ! 男子でも!」

「お、おうそうだな。なんかごめんな。俺、サッカーばっかりであんまりオシャレとか興味ないから疎いんだ」

「なら、仕方ないな」


 まひろも荷解きしないといけないから、ということで、部屋を追い出された。


「ふぅ……。なんとかなった」


 佐貫は何故か異常に疲れていた。


 ✳︎✳︎


 キッチンで一人、ジャガイモ、にんじんの皮むきをしていたら、ひょっこりとまひろが顔を出した。


「なにしてるの?」

「野菜の皮むいてんだ」

「へぇー。楽しい?」

「楽しいわけないだろ。お前らも食う飯の支度を手伝わされてんの」

「そうなんだ。まひろもそれ、やってあげようか?」

「えぇ、邪魔になりそうだしいいよ。ほら、御曹司様はそこで茶菓子でもつまんでな」

「むぅ〜〜! またそうやって。ぼくもやるったらやるの!」

「ムキになんなよ」

「なってない!」

「じゃあ、これ」


 適当にジャガイモを一つ選んで、洗ってからまひろに渡す。

 俺が使っていたピーラーも渡し、俺は包丁に持ち替えた。


「……どうやるの?」

「ピーラーも使ったことないのか?」

「無いに決まってる!」

「なんで偉そうなんだよ」

「教えてよー!」

「はいはい」


 なんか本当、同級生だとは思えないな。

 無知な小学生に料理を教える家庭科の先生にでもなった気分だ。

 大雑把にピーラーの使い方を教えてやると、まひろは一生懸命、ジャガイモの皮むきをしていた。


「まひろは好きな食べ物あるか?」

「オムライス!」

「へぇ、見た目だけじゃなくて中身も子どもっぽいな」

「子ども言うな! まひろだって立派な高校生なんだ!」

「はいはい」

「むぅ……。じゃあさ、光城は、好きな食べ物あるか?」

「俺? 俺はー、ロールキャベツかな」

「へー。案外普通だな」

「普通で悪かったな。母ちゃんがよく作ってくれたんだよ。サッカーの大事な試合の前日とかはいつも決まってな。よくカツ丼とか食べる人いるけど、あれは次の日に響くからさ」


 とりあえず二人でトレーにあった野菜の皮むきを終わらせ、手を洗っていた。


「ほらな、ぼくもやればできるんだ!」

「偉い偉い。お坊ちゃんなのに偉いなー」

「頭を撫でるな! 子ども扱いするな!」


 適当にあしらっていたら、まひろに手を叩かれる。

 慣れれば結構綺麗に出来てたし、少し感心した。


「そういえば、今更だけど佐貫はどうしたんだ? さっきは光城と一緒にいたのに」

「佐貫やつも手伝って欲しいって誘ったんだが、なんだか知らんが包丁が苦手らしくてさ」

「包丁が……なんか小難しい事情でもあるんじゃないか? 過去にトラウマがあったりとか」

「そんなこと……いや、なくも無いか」


 あの日見た任侠集団の名前を俺はまだ知らない。

 佐貫の家はもしかしたらもしかするのかもな……エン●がどうとか言って小指突き立ててたし。


「ねーねー、この後暇ならなんかして遊ばない?」

「遊ぶって……。あ、なんだ、最初からそれ目的だったのか?」

「……う、うん」

「なんだ急に正直だな」

「だって、実際そうだったから」


 まぁ、野菜の皮むくの手伝ってくれた訳だし、構ってやるか。


「で、何するんだ?」

「おまま……いや、恋バナ、とか」

「恋バナ? なんで男同士で恋バナしなきゃならんのだ。気持ち悪い」

「え、しないの!?」

「場合によってはするかもしれないが、なんて言うか、暇があればするってもんじゃないと思うのだが」

「そ、そうなの?」


 いやいや恋バナって……。

 正直言って、俺の方から話すことが、あんまり無いからしたくないだけなのだが。


「光城はサッカーが得意なんだろ? ならお庭でサッカーしよう」

「いいけど、もう暗いぞ?」

「大丈夫。お庭にライトがあったの見た」

「おお、それなら大丈夫そうだな」


 俺とまひろは縁側から外に出て、二人でボールを蹴った。

 ライト付いてるならこれからここでも軽く練習できそうだな。


「まひろはさ、何かスポーツやってなかったのか?」

「まひろは、スポーツより編み物とかお人形作りとかの方が好きだからやってない」

「……あ、編み物にお人形さんときたにか」


 見た目だけじゃなくて趣味まで女子みたいだな。

 結局まひろが疲れるまで付き合わされて、完全に陽は落ち、夜になっていた。

 疲れたまひろは、縁側に座り、俺がリフティングするのをぼーっとみていた。


「なんでそんな簡単そうにポンポンできるの?」

「ん? 別に難しいことじゃないさ、毎日ボールを足で転がしてれば誰でもできる」

「へぇ……。それなら、まひろも出来るかな?」

「あぁ。リフティングくらいならきっと出来るさ」

「……じゃあ、頑張る! まひろもリフティング出来るように努力する!」

「そっか。なら、このボールはいつも庭に置いておくよ」

「いいの?」

「あぁ、ボールはあと3つくらい部屋にあるから」

「ありがとう、光城っ」


 まひろと話していたら、柚子原さんが縁側まで廊下を歩いてきたに。


「まひろ様、晩御飯の準備が出来ました。……光城さん、今度はまひろ様の下に着こうとしているのですか?」

「酷い言われようだな。普通に友達として遊んでただけですよ」

「また貴方は」

「柚子原さん、やめて。光城はぼくの遊び相手になってくれただけなんだ」

「……しかし」

「叱るなら……ぼくを叱って」

「…………晩御飯が冷めます、早く手を洗って来てください」


 言われて、俺はボールを庭の隅に置いて、まひろと一緒に手を洗いに行った。

 まひろは安堵して、こちらに笑みを見せる。


「ありがとうな、まひろ」

「まひろは下の者に気遣える人間だからね」

「そうかぁ……っておい、俺は下に見られてんのかよ」


 まひろは悪戯っ子みたいに笑っていた。

 なんていうか、弟ができたに気分だ。

 二人でキッチンの方へと向かうと、すでにラディと佐貫がいた。


「二人、楽しそうだったね。サッカーしてたんだろ?」


 ラディは髪をかき上げながら、そう言った。


「まひろが変なところへ蹴っちゃうから大変だったよ」

「もー、それは言うな!」

「はははっ。わたしもサッカーしてたことあってさ。今度混ぜてくれよ」

「ラディ経験者だったのか! 大歓迎だよ。あ、佐貫もやろうな」

「う、うん。でもボク、あんまり球技得意じゃないけど」

「大丈夫、まひろよりは絶対上手い」

「あー、またぼくのこと馬鹿にしてー!」


 そんな感じで楽しく談笑しながら、寮に入って1日目が終わって行った。

 最後にひとつ、気に食わないことがあったとしたら、晩御飯はポークソテーで、他3人はナイフとフォーク、俺だけ割り箸だったことだろうか。


 ナイフとフォークくらい俺にもよこせ。


 ✳︎✳︎

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