第8話 ラジャ・スイラン



カフカス王領国史上最年少で最優位魔導師に就く ザードが、

翼龍隊と相乗りをして上空から見る藩島は、そこかしこに配された海神ワーフ・エリベス像から、温水が噴き出す異常な光景。


「本当に藩島おわりみたいな景色って、感じじゃないか?」


ザードの漆黒の後ろ下げ髪が、珠に上空高くまで噴く温水と、未だ鳴り続ける鐘の振動に煽られている。


『ガラーーーンガラーンガラー ーーンガラーーンガラーー』

          『ガラーーーンガラーンガラー ーーンガラーーンガラーー』



「ザード殿、申し訳ない。本来なら直ぐに御送り出来るのですが、こう水柱が立つと翼龍とはいえ、避けながら飛ぶのは至難で。」


と、ザードを乗せる龍隊員は 苦笑した。

龍隊員が気にして謝るのは、相乗り騎乗しながらもザードが 指をひっきりなしに舞わして、魔導師の配置指示をしていると判っている故に。


「いや、こちらこそすいません。随分遠くまで運んでもらって。」


ザードも神がかる虹色に変化した眼で、龍隊員に礼を取る。


「何より、翼龍も落ち着かなくなっていますから、、」


続けて、ザードは龍隊員に申し訳ないと詫びた。


カフカス王領国最優位魔導師は、其のの地位の割には 十代と、余りに若い様相をしている。其の若さで過分な魔力を過重されての、今回の緊急時指揮権。


王将軍テュルクからザードに直接分けられた、膨大な魔力だけでも翼龍が共鳴してしまう程に、与えられた責務の重さは計れない。



『ガラーーーンガラーンガラーーーンガラーーンガラーー』

               『ンガラーーーンガラーーーン 』



弔いの鐘が鳴るが間は、通信と軽身体魔法以外の魔法の行使は不可能になるが故に、

普段のザードなら騎乗する事のない翼龍といった『魔獣』を使って、移動するしかない。


「まさか、テュルク様の力分けがされる等、本来は考えられません。」


今ザードが相乗りする翼龍もザードの眼と同様に、ザードに内包された魔力に共鳴して、虹色へと変貌している程なのだ。


龍隊員は翼龍を宥めながら加えて、水柱を上手く避けては飛び周る。


「しかしザード殿が自ら、 この緊急時に向かわれるのは本当に、海街のギルドで?宜しいのでしょうか。」


「ああ、とにかくそこに行ってあうべき魔法師がいるんだ。」


翼龍の上から振り返られながら確認をされて、ザードは難なく答える。


「魔法師ですか?」


龍隊員が驚くのも無理は無い話。広くは無い藩島とはいえ、普段は貴族が城下よりも下層に位置する海岸まで出向く事は無い。


「元、魔導師で、今は魔法師になっているんだ。あのマイーケ・ルゥ・ヤァングア嬢の側仕え殿は。」


ザードが口にした人物の名に龍隊員は、ああとだけ 音にして静かに口を噤んだ。


翼龍に跨る二人の目の前には、城からも見えた、忽ち乾上がった海中都市が顕になる海が荒涼と横たわる。

数時間前には海であった場所を横目に、ザード達を乗せた翼龍が、海街に建つ白壁に赤瓦の建物前にブワリと降り立った。


いつもなら此の建物の間際まで海が寄せて、無数の観光用ゴンドラが停泊しているのが、海底から顔を出した石造りの遺構の上に、木の葉の如く無残にも散らばっている。


「魔法師が集まっていますね。」


翼龍から飛び降降りたサードに龍隊員は広場を示して、虹色に共鳴変色をして興奮する龍を、ギルドの前へとつなぐ。


ギルド広場にも、海神ワーフ・エリベス像が温水を噴き出させながら 、集まる魔法師達を見下ろしている。


『おい、ザード様じゃないか?』

『ええ!こんな所に?い、今?』


ザードが飛ばした配置指令から、ギルドを介して集まった魔術師は既に、個々の配置に場所に就いているはず。


「ギルド長は!」


ザードは魔法師が集まる広場を一瞥して、大きく声を挙げた。


「私、ラジが長でございます。最優国魔導師ザード様。」


広場に召集された人垣から、獅子の鬣を持つ日焼け体の精悍な男闘呼が、ザードの前に1歩出た。


熟年味を帯びた燻し銀のオーラの漢。

ザードは一目で、此のギルド長が元勇者クラスまで登った、叩き上げの冒険者だと解る。


「状況は知っての通り時間がない。緊急時の対応もギルド長なら、 知り得ているだろう。ワーフ・エリベス 像に繋がる孔、地底の結界魔法陣に魔力の繋げる為の孔から地殻変動より温水が噴出してい る。此のままでは、藩島の結界魔法が瓦解してしまう。」


ザードが手っ取り早く状況を通信魔法でギルドや商家、門閥貴族を介し、

魔道師、術師、法師に伝達しているが為、ギルド広場にも大勢の魔法師が集まっている。


「我々ギルドの縄張りに配するワーフ・エリベス像の孔で使う魔充石も今、配分を終えております。いつでも行動は可能に。」


応えるラジ自身も魔充石を手にしているなら、此の広場のエリベス像はギルド長自ら行使するのだろうと、ザードは推測して頷いた。


(辺鄙な海街のギルドに、意外な才能もいるのだな。)



生まれた時より魔力を持つカフカス王領国の民達。


魔法にて国に仕え、魔力量や種類を赤子から多く体内に有する魔力が高い者。

其の殆どが上位貴族を占める 『魔導師』である。


魔力量を訓練にて増大させ、複数種類の魔法を使いギルドや商家付きになるのが『魔術師」と呼ばれる。


其してフリーランスで流れモノ仕事をする魔力操りを、『魔法師』とウーリゥ藩島ではランクをしているのだ。



「すまないが ヤオ魔法師は、どこにいるだろうか? 」


ザードは足を運んだ理由の魔法師の名を、ラジに向かって口にした。

名を聞いてラジ長の片眉が素早く上がる。


「ヤオ魔法師はすでに、配置に。 彼女は、 魔充石は必要ありません故。」


ならば、


「海か、」


ザードが 海底から露出する石造りの遺構に視線を投げると、ラジが頷き、


「本来なら海中にある都市機能の遺跡に、古い時代のワーフ・ エリベス像がございます。其がヤオ魔法師の役となります。」


藩島に無数配されたエリベス像で、唯一海の中にある神話時代のワーフ・エリベス像。


此のポイントは、沖の水中深い場所に潜水魔法を常時行使ししつつ、エリベス像に魔力を注入する重き責になる。


「ザード殿!自分は此処で待機しております!行ってください」


少し離れていた龍隊員がザードに告げる。翼龍隊の役目であれば、海の先までザードを送り届けるべきところ。しかし虹色になる龍を、今エリベス像に近づける訳にはいかないのだ。


「すいませんが、宜しくお願いします。直ぐに戻ります。」


ザードは身体強化を自分に施し、本来はまだ海中と思われる剥き出しの古代都市遺構を若者らしくヒョイヒョイと、身軽に飛び歩いて沖へ出て行った。




『ガラーーーンガラーンガラー ーーンガラーーンガラーー』

          『ガラーーーンガラーンガラー ーーンガラーーンガラーー』       


沖に出てさえ弔い鐘の音が響く。否、沖に来る程に大きく足元が揺れるように聞こえる。



ザードの目の前に遺構神殿と思われる残骸。一際大きな海神ワーフ・エリベス像が聳えるのが見えて来る。


「ヤーオ・ルゥ・ヤァングア嬢!!」


漆黒を後ろ下げた髪が残る潮風に吹かれるのを 抑え、ザードは巨像の足元に佇む、

牧場色をしたクリンクリン頭のローブ姿に、 後ろから名を呼んだ。


巨像を見上げていた巻き毛が 少し動き、


「ザード・ラジャ・スイラン 魔導師様、今 なぜ ここに?」


ゆっくりと漆黒の瞳でザード、彼の眼を捕らえる。


初めて城内で、マイケルの後ろをくっついて歩く姿は、まだ二桁に成らない年の

少女だったと、ザードは今でもハッキリと憶えている。


「その目とオーラ、、王将軍様から力分けされたのですね、、、」


そんな少女の姿はもう3年もすれば成人を向かえる。

カフカス王領国では、15才で成人。


目の前で魔法師のローブを纏う少女の顔体には女と少女の狭間の色が見え、

ザードは息を飲んだ。



『ンガラーーーンガラーーーン 』



ザードとヤオの間に 鐘の音が溝を作って鳴り続ける。


「この弔い鐘って、、主 マイケル様への音ですか?ああ、貴方たちにはもう罪の人でしたよね。」


ヤオは ザードに向かって皮肉気に笑った。


そして


「大丈夫です。優国魔導師様のご指示をうけ、ヤオも ここ来ました。ちゃんと、やりますから、魔導師様は指揮へかえってください大丈夫です。」


ザードに軽く拒否を滲ませてヤオは、ゆっくりと部下の礼を取る。


胸に両手をクロスして、長く腰を落とし、頭を 相手に下げる礼は、忠誠の礼。


畏まり礼を取るヤオの姿にザードの眉と、僅かに口が歪んだ。


が、頭を挙げないヤオの礼を幸いと、ヤオに歩み寄るとテュルクがザードにした様に

今度は、ザードがヤオの頭。頂点のチャクラにむかって片手を差しかざす。


「ザード!!」


瞬間、ヤオの肩がはね上がった。

ザードが自分に施している事を直ぐ様理解して、ヤオは頭を下げたまま、固まっている。ヤオ自身、己の眼が虹色に染まり、髪が漆黒変化たのを感じて思わず顔を上げた。其処に『 2人』の虹色眼持ちが相対する。


「これだけの魔力、分けても、、大丈夫、なんて、」


ヤオの震える喉から出る言葉に、ザード自身も驚愕しながら、


「確かに、テュルク様は どんな魔力をお持ちなんだって 思うが、ヤオの魔力の量が

多いって ことだよ、これ。」


同意する。


「いえ!ザード!どうして?!これって貴方が使う量よ!それを、一部わたすなんて!わたしを見くびらないで!」


ヤオが、金切り声で詰め寄った。『これ以上』馬鹿にするなと 、自分への自責と国への憤怒を隠しもせずに、睨み上げる。


「見くびってなんかいない。魔導師 ヤーオ・ルゥ・ヤァングア。此処に、他の魔導師は、来ない。」


ザードは表情の読めない声で、ヤオに信じられない事を告げた。


「なぜ?!ふつう、最低でも1人は筆頭位の魔導師がくる もんでしょ?今からくるんだと思っていたのに、、」


ヤオはザードの言葉を鵜呑みにはせず、島の方を遠視する。


此のワーフ・エリベスポイントは本来海中に有るため、潜水魔法でポイント接近し魔力注入をする。

其れだけ消費する魔力が多大であり、2人の魔法師で当たるのを、ヤオが役の一人と今知らされたのだ。

さらに此のポイントは、全ての魔導師が注入する魔力流を道にして、結界内部に入る責も有る。


「ヤオ、君が1人で全てをやるんだ。」


唇を蒼白にして聞くヤオに、ザードが ヤオの虹色変化した瞳を見つめて 告げたのは、テュルクの力をさらに分け与えた理由でもあった。


「ひどい、、。これが、、、罪の人と、、、主を牢やに入れられた、、側仕えへの、罰、、?なのね。」


同志であり、上司であり、家族であったマイケルが、自分の様な者が使い捨ての駒に

されない方法を見つけてくれた にも関わらず宣告された事に、


(涙も出ないほどの、、罰だわ、、)


ヤオは立ち尽くす。



『ガラーーーンガラーンガラー ーーンガラーーンガラーー』

          『ガラーーーンガラーンガラー ーーンガラーーンガラーー』


「ちがう!」


『ンガラーーーンガラーーーン 』



「違う!違う!ちがう!!そんなこと言ってるんじゃない!ヤオ!!」


ザードが 虹色眼を見開き、オーラを覇気にまで変える程、

絶望に立ち尽くすヤオに詰め寄った。


「ヤオ!1人でやり切るんだ!本来なら、魔力を扱う者3人での役を、たった1人で遣り遂げれば! ヤオは、、 ヤオは、英女になる!其うすればマイケル様の名を救い上げれるはずだ!!だから、、」


覇気を纏ったままザードはヤオを正面から 抱き締め、


虹色の瞳を空に泳がせ呆気にとられるヤオの耳元に、



そしたら、『ラジャ・スイラン』になって。


更に覇気を強めて囁いた。






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