第109話 魔法戦

ポルネシア北部にてーー。


「何だあれ?」

「レイン様?」


神眼で帝国軍を見ていた俺の目に映ったのは、またしてもフレッグスのゾンビ兵だった。


しかし、先日の貴族や平民や奴隷を合わせたごちゃごちゃしたゾンビとは違う。


数は少ないものの一人一人がきちんとした装備を与えられた精鋭というべきゾンビだった。


とりあえずステータス確認しとくか。


[リーブベルト/Lv. 63]

[男性/AB/6393/10/8]

[元人族/ゾンビ化]

[HP 2856/2856(ー285)

MP 4995/4995(ー499)

STR 325(ー32)

VIT 321(ー32)

AGI 228(ー22)

[魔法]

火魔法 レベル8

土魔法 レベル8

[スキル]

レア度4 火魔法の威力中アップ

レア度6 土魔法の威力上アップ

レア度7 無詠唱


[マキャベラル/Lv. 67]

[女性/AB/6350/9/1]

[元一角族/ゾンビ化]

[HP 3656/3656(ー365)

MP 7856/7856(ー785)

STR 536(ー53)

VIT 495(ー49)

AGI 386(ー38)

[魔法]

水魔法 レベル8

闇魔法 レベル8

[スキル]

レア度2 ステータス上昇率極小アップ

レア度4 水魔法の威力中アップ

レア度5 闇魔法の威力中アップ

レア度5 詠唱短縮

レア度7 MP回復率超上昇


[ナキータ/Lv. 71]

[女性/AB/6256/2/16]

[元竜人族/ゾンビ化]

[HP 9685/9685(ー968)

MP 10265/10265(ー1026)

STR 1630(ー163)

VIT 850(ー85)

AGI 950(ー95)

[魔法]

水魔法 レベル9

[スキル]

レア度2 魔法攻撃力小アップ

レア度5 魔法耐性中アップ

レア度6 水魔法の威力上アップ

レア度7 無詠唱

レア度8 竜眼


竜眼

対象の全ステータスを一割下げる。(範囲:視界内)


[メラク/Lv. 75]

[男性/AB/6086/9/23]

[元山森人族/ゾンビ化]

[HP 8355/8355(ー835)

MP 13869/13869(ー1386)

STR 1330(ー133)

VIT 650(ー65)

AGI 1025(ー102)

[魔法]

火魔法 レベル9

[スキル]

レア度3 魔法耐性小

レア度4 火魔法の威力中アップ

レア度6 火魔法の威力上アップ

レア度7 無詠唱

エクストラ 火の加護


火の加護

火魔法を使うことができる。また、火魔法レベルを上げるための経験値取得が2倍になる。



ざっと見たが、このレベルのゾンビが十人近くもいる。


「うっわ……」


全員が魔法を扱えて、しかも無詠唱か詠唱短縮を持っている。やばすぎて引く。


「レイン様、如何なさいました?」


側近のスクナ、それに周りの参謀や将達も俺に注目している。


「少し相手からヤバそうな雰囲気を感じましてね」


と、少し濁す。俺の神眼はスクナすら知らない秘密だ。とはいえ何も言わないわけにはいかない。


「ヤバそう……ですか。具体的にはどうヤバイのでしょう?」

「うーん、ウィンガルド並みにヤバイですね。しかも複数人の気配を感じます」

「六魔将級……しかも複数ですか……」


俺の言葉に耳を傾けていた周りの将兵達の士気が少し下がる。


「確かフレッグスのゾンビ兵団にはそういう英雄級の実力を持ったゾンビがいるという話を聞いたことがあります」

「しかしあれは滅多に表に出さないと聞きましたが」

「今回は出す価値があるってことなんでしょうね」


まあこんな話をしててもしょうがない。


「陣形はどうされますか? 突撃隊形から魔法防御陣に切り替えますか?」

「うーん……」


英雄級ゾンビ達のステータスは全部確認したが、レア度8のスキルとエクストラスキルなるものを持っている化け物がいる。

ナキータとかいう元竜人の女性とメラクとかいう元山森人の男性だ。


レア度8。

魔眼で確認することのできない存在しないとされる神話の領域。


しかももう一人も火魔法特化。中と上重ねんなよ。しかも火魔法レベル9の無詠唱とかチートもいいところだ。MPも一万超え。なにそれ。やっていいことと悪いことって口に出さないと分からないですか。


俺は天を仰ぐ。


「レイン様……?」

「魔導将?」


スクナとレボリアが声をかけてくるが無視する。

雲一つ無い青空。丘の下を見下ろせば突撃隊形に整列し終えているポルネシア軍と、昨日とは逆に防御陣を敷いている帝国軍。

帝国は動くことはないだろう。フレッグスの英雄級ゾンビ兵に全て任せるであろうから。


この世界には魔法使いのレベルに応じた強さを表す言葉としてこんな格言がある。


天才は隊列を壊し、準英雄は部隊を壊し、英雄は軍を壊す。


あの中の誰か一人でも野放しにすれば俺らの敗北は避けられない。


「レボリア将軍」

「は、はっ!」


突然名前を呼ばれたレボリアが慌てて応える。


「今日一日、私とスクナなしで帝国を抑えられますか?」

「は、は? 魔導将はどちらに?」

「英雄級ゾンビ達とウィンガルド、フレッグスを抑えます」

「え……」


そこまで言ったときだった。

突然魔力の奔流を感じそちらを見ると、帝国の後方から巨大な火の玉が出来上がっていた。


そして次の瞬間、噴火のような音と共に分裂し、ポルネシア軍に降り注ぐ。俺は慌てずに魔法を見極めてから使うべき魔法を使う。


レベル9水魔法「大海領域シールール


直前、俺がポルネシア王国軍上空に水魔法の膜を張り防ぐ。

俺の魔法と敵の魔法がぶつかり、蒸発して水蒸気が出る。


晴天の青空が一転完全な曇り空へと変貌する。しかし敵もまだこれで終わりではないようだ。


巨大な魔力の奔流を上空に感じ見てみると、天を一気に曇らすほどの水蒸気を切り裂くように真っ黒な雨が降ってくる。

毒の雨、もしくは汚染雨といったところだろう。ならば……。


レベル10光・風・水複合魔導「天蓋ヴァルハラ


光の薄い幕が真っ黒な雨を浄化し、単なる水の雨へと変え、上空の海に降り注ぐ。しばらく光の幕が真っ黒な雨を浄化し続け、そして、止む。


「あれは何の魔法でしょう?」


このレベルの複合魔導だと公然と知られていないので判断が難しい。多分闇と水だけだと思うのだが、土の気配も少ししている。


「……申し訳ございません。分かりかねます」


レベル8以上の魔法はバラエティに富んでいて俺の知識にも殆どない。過去に使われた例も少ないし、使える人間も自分が使える魔法を一々後世に残したりしないからな。

俺も残す気ないし。


そんなことを言っていたら次が来た。


上空の水蒸気が渦を巻いており巨大な台風のとなり轟音を鳴らしながらゆっくり落ちてきた。


ちょうど上空にいいのがあるから使おう。


レベル10火・水・闇複合魔導「絶対零度コキュートス


上空に配置されていた水が一瞬にして凍り付く。その氷に暴風がぶつかり、激しい音を鳴らしながら霧散していった。


「これが、神々の戦いか……」


レボリアが空を見上げながら呟いている。

残念ながら敵に神話級はいない。だからまだ、神々の戦いとは程遠い。


それにいい加減ウザくなってきたところだ。英雄級ゾンビ達には御退場願おう。


こちらが巨大な魔法を使うことに気付いたのだろう。帝国本陣に立っていたゾンビやウィンガルド達が一瞬で散開する。状況についていけていない周りの参謀やフレッグスの部下達はあたふたしているが、ウィンガルド達は逃げようが逃げまいが関係ない。


俺は相変わらず攻撃魔法を放てないのだから。


レベル10火・水・光複合魔導「天上門ウリエル


天上門ウリエル

死者やレイスなどの幽霊系モンスターだけを浄化する炎。

生者には一切ダメージを与えず、虫一匹殺せない防御魔法。


浄化の炎により帝国軍本陣が燃え上がる。逃げ遅れた英雄級ゾンビ達は浄化の炎に焼かれ、塵となって消えていった。

天上門ウリエルによって生み出された白い炎は術者がMP供給を止めない限り燃え続ける。本来は味方にかけるもので、対アンデットにおける最強の鎧を付与する魔導であった。

炎に触れたアンデットにも炎が移り、その炎は水をかけようが真空にしようが消えることはない。連鎖的にアンデットをあの世へと送る最強の対アンデット魔導。レベル10だけあって規格外の強さである。


しかし、俺の魔法から逃げ切ったゾンビ達がいる。

ナキータとメラクである。


AGIが千近くあって早々に効果範囲内から離脱していた。


「取り敢えず英雄級ゾンビは二人まで減らしました」

「流石はレイン様、お見事です」

「え、え、ははぁ……」


スクナは割と平然としているな。まあ迷いの森でも似たような魔法使ったことあるからな。それよりも……。


「アースター将軍、レボリア将軍」

「「っは!!」」


突然声を掛けられた二人は一瞬戸惑ったがすぐに敬礼する。


「私とスクナはこれから逃した英雄級のゾンビ、及びウィンガルド、フレッグスを抑えに行きます。そこで先程と同じ指示になりますが、今日一日、私達抜きで帝国軍を抑えてください」


まだ半分以上MPは残っているとはいえ、流石にこの四人と戦いながらこちらの戦場を気にかける余裕はない。


「攻める必要はありません。ゾンビ二体と魔将のどちらか一人でも倒せれば、後は軍の戦いになります」


出来ればウィンガルドを倒したいがそれは難しいだろう。それでも神眼があればウィンガルドに常に意識を割きつつ、帝国軍との戦いにも介入できる。


それに幾らウィンガルドが英雄級魔導使いといえど、軍なくして王都は落とせない。MPに限界があるからだ。


「今日中に終わらせられるように私達も頑張りますので、そちらはよろしくお願い致します」

「ははっ! レイン魔導将も御武運を!」




ーー。


馬を使い戦場から少し離れた場所に移動する。

そしてMPを一気に放出させ、俺の居場所を教える。


「乗ってくるでしょうか」


隣にいるスクナが心配そうに聞いてくる。


「乗ってくるでしょうね。帝国軍が勝つ手はそれしかないですから」


俺が攻撃魔法が使えないと知らない彼らからすれば、罠だとしか思えないこの状況でも飛び込まざるを得ないだろう。


「ただちょっと様子がおかしいんですよね」

「様子がおかしい……ですか?」

「ええ。近付いてくるのが一人だけ。ウィンガルドだけみたいなんですよね」


こちらに馬で走ってくる人影は一つだけ。


「敵の作戦、ですか?」

「どうでしょう?」


などと惚けてみたが、本当は知っている。仲間割れだ。

俺の今の行動を見て千載一遇の機会だと四対二で戦おうとするウィンガルドと、先程の俺の魔導を見て完全に逃げ腰となったフレッグスの間で言い争いがあった。


結果、フレッグスは身内の黒づくめの怪しい奴らを連れて何処かに行ってしまった。

罠を仕掛けに行った、などではない。

本当にこの戦場から逃げてしまったのだ。読唇術が使える俺が神眼で確認したから間違いない。


「とはいえ、それはそれで困るんですけどね……」


フレッグスがポルネシア国内で暗躍することになってしまう。もちろん後で指名手配するが、捕まるかどうか。


ウィンガルドはウィンガルドで厄介だが、噂では話は通じる人間だという。人格者とまではいかないが、良い噂も度々耳にする。

しかし、フレッグスのまともな噂を聞いたことがない。死体を操りゾンビと化して敵を襲わせるような奴だ。人道的、などという言葉は奴の辞書には載っていないに違いない。


そうこうしているうちにウィンガルドが俺達の所まで来ていた。


ザッと音を立てながら馬を降り、馬の尻を叩き自軍へと走らせる。


「……」

「「……」」


因縁の相手だ。3年前、ウィンガルドによって多くの犠牲が出た。俺はそれほど繋がりがあったわけではないけれど、お父様の腹心が何人も奴に切られ、俺自身腕を切られた。


沈黙。


三人の間で流れた沈黙はウィンガルドによって破られる。


「……!? スクナ!」


ウィンガルドのHPとVITが物凄い速さで激減し、減った分だけAGIが増加する。

レア度7スキル、ステータス移動。


三千を超えるAGIが可能とする超速移動。五十Mはあった距離を一息で詰めて俺達に肉薄したウィンガルドに対し、スクナも応戦する。


左手に持った盾でウィンガルドの一撃を見事防ぐ。ウィンガルドが驚いた一瞬の隙に右手に持ったシミターで切り返す。


だが、寸前でバックしたウィンガルドには触れることはできず、再度距離を取られる。


「チッ……」


ウィンガルドが悪態をつく。


「化け物の護衛もやっぱり化け物か? てめぇ、何もんだよ?」

「……初めまして。私の名前はレイン・デュク・ド・オリオン。オリオン家が嫡男にして、臨時ではありますがポルネシア王国の魔導将の地位をいただいております。そしてこちらがスクナ。私の奴隷頭です」


貴族の礼をしながら俺とスクナを紹介する。


「奴隷……頭? 奴隷、なのか? 高々奴隷が俺の剣を?」

「ええ、小さい頃よりずっと私の側で仕えてくれた従者です」

「スクナと申します。短い間ではありますが、どうぞよろしくお願い致します」


スクナも油断なくウィンガルドを見ながら会釈する。


「……一応言ってみるが、こちら側に着く気はないか? そいつを裏切るなら大金貨五千枚を約束するが?」

「お断りします」


大金貨五千枚。ポルネシアなら王都の一等地に豪邸を建てて末代まで遊んで暮らせる金額。


スクナはそれをあっさり断った。ここでスクナに裏切られると俺は背中をみせてダッシュで逃げる必要があるからよかったよ。まあ裏切らないと信じてたけどね。


「ま、だろうな……」


無理だと分かっていたのだろう。あっさりと諦めてしまった。


「では、私からも一ついいでしょうか? 帝国の……北部制圧軍とでも申しましょうか。貴方方にはもう一人、六魔将が来ていたはずです。闇のフレッグス、でしたか。複数対二を予定していたのですが、貴方だけなのは何故なのでしょう?」

「奴なら逃げた」

「逃げた……ですか? 帝国の六魔将ともあろう方が、ですか? 少々信じられませんが」

「信じる信じないはお前の自由だ」


うーん、なんか本当っぽい。あんな危ない人間をこの国で解き放つのはやめていただきたいのだが。


「……では、仮に逃げたとしましょう。失礼ながらもう一つ。貴方方はどうやって森エルフの領域を抜けて来れたのでしょうか?」

「……知りたきゃ俺を倒して聞け」

「そうですか。それは残念です」


話はここまでのようだ。再度中腰に構えたウィンガルドは殺気を剥き出しにしており、いつでもこちらを斬れる態勢になっていた。

スクナも俺の前に出てきて剣を構える。


「俺からも一つ」

「……? 私に答えられることでしたら」


一触即発の空気の中、今度はウィンガルドから質問をしてきた。


「3年前のあの日、あそこに居たのはお前か?」


3年前のあの日。ウィンガルドが聞いているのは当然あの時のことであろう。もう隠す必要もない。


「はい。その通りです。あなたに深傷を負わせ、その代わりに腕を切り飛ばされたのは他でもないこの私です」

「……そうか」


聞きたいことはそれだけのようだ。しかしフレッグスが本当に逃げてウィンガルドしか来ないのなら俺は戻りたいくらいだ。ウィンガルドとのタイマンなど無意味極まりない。


「まあ……、早くこの戦争を終わらせるに越したことはありませんがね。スクナ!」

「はっ!」


既にスクナには補助魔法をかけてある。


完全体ジ・オール

MP以外の全てのステータスを爆発的に上昇させるステータス上昇系魔法の最高位。


俺の目ですら追えない一瞬の剣戟が目の前で繰り広げられたのだった。

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