第108話 ポルネシア西部軍にて

ポルネシア西部軍にてーー。


ガルレアン帝国25万対ポルネシア王国西部軍15万の戦いは熾烈を極めていた。


ポルネシア王国軍側は、三つの軍に分け帝国軍と相対していた。

左翼にリュミオン残党軍を中心とした軍。

右翼がロンドの腹心、バーレンドット伯爵を中心とした軍。

そして、ロンド直々に率いるポルネシア中央軍。


ロンド率いる中央軍の戦いは、ロンドを中心に四方陣と呼ばれる四つの区画に分けた軍を縦横無尽に動かす戦術。

高台から視認できる情報と伝令が送ってきた情報を頼りに、千変万化に形を変える。


与えられた情報を元手にいち早く指示を出せるため、敵が突出してくれば瞬く間にそれを囲み殲滅することが出来る、オリオン家の基本戦術。

オリオン家が長年をかけて編み出したオルシオン大陸で最も複雑と言われる陣形。


それに対する帝国軍の動きもまた複雑であり、軍を千単位に分け、四方八方からブラフとフェイントを使いながら、本命を突撃させてオリオン軍を削っていくと言う戦術だ。


ロンドを中心にした中央軍は、その指示のほとんどをロンドが出している為、頭が一つしかない。


それ故に情報量を増やし、ロンドをキャパシティオーバーさせる事で付け入る隙ができる。隙を埋めようとした所で更に別の隙を生まさせる。これを繰り返す事で中央軍を削ろうと言う作戦だ。


これもまた長いポルネシアとの戦争で帝国が編み出した対オリオン用の戦略だ。


だが、これにもデメリットがあり、本命を見破られ連合軍に殲滅されてしまう、と言うことが多々起こっている。


逆に、ロンドの指示の届かなかった穴を突く事で孤立した連合軍を撃破し削ることに成功もしている。


損害は5:5。拮抗、いや、連合軍の方が若干ではあるが押されていた。

まだまだ戦は序盤ではあるが、既に双方共にかなりの死者数を出している。


連合軍の中央軍、その更に中央にてロンドは怒涛の如く押し寄せてくる帝国軍と情報の対処に追われていた。


「中央より歩兵一万が魚鱗の陣で突撃してきます!」

「左軍上方より騎馬二千!」

「右軍中央右より騎馬千!」


伝令が送ってくる情報を無言で受け取ったロンドはオリオン家の継承スキル「十万軍」の力で指示を出していく。


『中央前衛は防御陣。前方弓兵は中央寄りに斉射。魔法兵は騎兵を狙え。ゼフリー卿は右軍の騎馬を討て』


その命令に従い、連合軍が一斉に動き出す。


「敵中央軍、途中で陣を変え鶴翼の陣です!」

「左軍後方より騎馬千!」

「左軍上方騎馬、第一陣に侵入!混戦となっております!」

「歩兵三万、右へ移動。徐々に近づいていてきます!」

「歩兵四万、左後方へ移動しております!」

「左後方から騎馬! 数は五千! そのまま侵入してきます!」

「右後方より歩兵の間から騎馬が出現! 数は二千!」


息を吐く間もないほどの怒涛の攻め。それに対するロンドは撤回される情報を整理しつつ指示を飛ばし続ける。


両者が多大なる犠牲と共に長年をかけて創り出したこの戦術は、側から見ているものには既に何が起こっているのか分からない。


現代日本にて、複雑怪奇に陣形を変えながら移動をする芸術がある。歩く芸術と呼ばれる「集団行動」である。


命と時間をかけて積み上げられて練られた両軍の戦いはどこか危うげで、ギリギリの駆け引きが続けられている様は、集団行動に引けを取らない人を惹きつける芸術であった。


それ故に、オリオン軍と帝国軍の戦いは、オルシオン大陸で最も複雑な戦争、「血みどろの芸術」と呼ばれていた。


そんなギリギリの戦いの中、ロンドは頭の片隅で舌打ちをする。


(やはり一手の遅れが無駄な犠牲を生んでいる。左前軍前線は一度下げるべきか。いや、空いた穴を塞がせて殲滅か。右軍はどう動く。ブラフ……、いや魔法兵を配置し様子を見るか。くそっ! レインがいれば……)


帝国軍が北から来たことでレインがこの場を離脱したのは、ロンドにとってかなりの痛手であった。

戦場全体を見渡せる「神眼」と高速の魔法を放てる「無詠唱」を併せ持つレインがいれば、ロンドのキャパシティを超えた敵を無詠唱の防御魔法で補え、傷ついた兵士を即座に治し、多角的な攻撃や戦術が使えたのだ。


数年前のウィンガルドに敗れて以降、レインを前提とした戦略を練っていた。それだけに今回の件はロンドにとってかなりの痛手であった。

レインならばこの場から即座にエクスヒールを飛ばし、死にかけの兵士を治すことが出来る。

傷ついた兵も合戦が引くまで生きていれば回復させられるが、それでは間に合わない犠牲者が大量にいる。


奥歯をガリッと噛み、指示を続ける。ある所では一方的な勝利をあげ、ある所では孤立した味方が死んでいく。一進一退の攻防だった。


そしてその日の戦が終わり、お互いの軍が下がっていく。


その夜、中央軍内の戦況報告にて。


ポルネシア王国軍側の死傷者数は全軍合わせて約8000。

帝国軍側もほぼ同等の死傷者数であった。


「すこし押され気味だな」


偵察や斥候からの報告を聞いていたロンドは真っ先にそう発言する。


「はっ! しかも帝国軍はまだ英雄級を使っておりません。明日も引き続き四方陣のままに致しますか?」


側近の一人がそう進言してくる。


その言葉の通り、初日に帝国の英雄級の二人、火のキャンティスと土のバスターは何もしてこなかった。

遠見のスキル持ちに常に帝国本陣は監視させており、ポルネシア中央軍と相対する帝国中央軍の総司令部に二人がいることは確認済みだ。

しかし、堂々と高みの見物を続けるだけで魔法を唱えたりは一切しなかった。


「うむ。西部軍と東部軍に援軍を二千ずつおくれ。中央はこのまま変えずに動く。何かあれば十万軍で指示する故聞き逃すな」

「「「はっ!!」」」




ガルレアン帝国西部制圧軍にてーー。


「腑に落ちぬ……」


報告を聞いたガルレアン帝国の大将軍、ゼーガッハは唸る。


「何が腑に落ちませんの?」


真っ赤な髪に真っ赤な衣装を着こなし、ガルレアン帝国大将軍のゼーガッハ相手にも気後れしない女性。


ガルレアン帝国六魔将の一人、火のキャンティスがそう質問する。


「キャンティス殿、私は帝国東部軍として長くオリオンと戦って参りました。それ故、帝国内の誰よりもオリオンを知っている自信があります」

「ええ、存じ上げておりますわ。ゼーガッハ殿のご経歴は。つまり何か気掛かりがあると?」

「はい。どうも今日のオリオンはどこか精彩にかけるところがあります。普段はどちらも攻め重視で互いにもっと激しくなるのですが……」

「それはオリオンが守る側だからではなくて?」

「うむ……」


ガルレアン帝国、バドラキア王国とポルネシア王国の戦争の殆どは元リュミオン王国内で行われており、どちらの軍も攻め重視の戦いをしていた。

しかし今回はガルレアン帝国側は攻め、オリオン側は守りという戦争だ。事実、今日のポルネシア軍は突撃はしていなかった。


「そうだとするのなら何を狙っているのか理解しかねる。我々の補給路は既に確保されておりますし、食料の備蓄も一ヶ月分以上あります。当然補給部隊にはネズミ一匹通さないくらい重厚な護衛をつけております。長期戦は我々にとってあまり問題になりません」


さらにこのまま兵が同数で減り続けるとすれば損耗率はポルネシア軍の方が大きくなる。あと5日もすれば軍を縮小せざるを得ず一度立て直すために引き下がらなくてはならない。


じわじわ引いていくというのであれば望むところ。帝国軍はポルネシア王国を滅ぼすまで帰るつもりはないのだから。


「……守りの戦いは不得手、もしくは経験不足という可能性はございませんの?」


ガルレアン帝国及びバドラキア王国が、ポルネシア王国の本土をこれだけの軍勢で攻めたのはもう何百年も前であり、数えるほどしか無い。


歴史の積み重ねが知識、経験の積み重ねとなりオリオンの強さだと言うのであれば、確かにキャンティスの言う通りであろう。


「仰る通りの可能性もありますが……。しかし、どうも気にかかるのです」

「ふーん、バスターは今の状況をどう思うのかしら?」


キャンティスは今まで黙っていたもう一人の男、バスターに声を掛ける。


「長年オリオンと戦ってきたゼーガッハ大将軍が違和感を感じるというのであればそうなのだろう」


バスターはそして再び黙ってしまった。


「いや、そうではなくて貴方の個人的な見解をお聞きしているんですわよ!」


賛同するだけで何も言わなくなってしまったバスターにキャンティスが突っ込む。


「俺の? 対オリオンの先駆者たるゼーガッハ大将軍がいるのに?」


余計な情報は不要と言わんばかりにまた黙るバスター。

しかし、今度はゼーガッハが口を挟んでくる。


「六魔将程の方が私を立ててくれるのはありがたい。しかし、今は一案でもいただきたいところ。懸念点や気付きなどがあれば是非聞かせてはもらえませんか?」

「ふむ、ゼーガッハ大将軍がそこまで言うのなら……」


ゼーガッハ当人の願いもあり、今度はバスターもしっかりと悩む姿勢を見せる。


「側から見ての意見だが……」

「ええ、構いません」

「何かを待っている……ように見える」

「何かを待っている、ですか」

「うむ」


腕を組みながら頷くバスターにゼーガッハを訝しげに聞く。


「それは……」

「何かは分からん。オリオンは俺やキャンティスが来ていることを知っているはずだ。ここに来るまでの城攻めで魔法も使ったし、そもそも隠してないからな。だが、奴らはよりにもよって密集隊形という、如何にも魔法を放ってくださいと言わんばかりの戦術を用いている」

「それは私も気になってました」


ゼーガッハも同意する。


「もし俺たちの魔法を待っているのだとしたらレベル8の魔法を防げる何かを持っているということになる。俺の経験上そんな便利な魔法具はない」

「ええ、私達の最強の魔法は常に相手を蹂躙してきましたもの」

「ああ。だが、もし万が一俺達の魔法を狙っているのであれば、明日以降もこのまま行くべきだ。一週間もすれば奴らはカーノ渓谷かハドレ城にでも籠るであろう」

「ふむ……」

「逆にそれも見越して何かを待っている、というのであれば逆に俺達も参加して攻めまくるべきだ。何せ奴らには半日でバドラキア軍10万を殲滅する程の魔法があるからな」

「「……」」


その情報はもちろんこの二人の元にも届いていた。しかし、正確な情報までは伝わっておらず、曰く、巨大で真っ黒な闇に覆われるとバドラギア兵がバタバタと倒れていった、と。


その報告を受け、すぐに帝国軍内にて議論が行われた。

だが、時間が経てば経つほどMPを回復されてしまうし、増兵もされてしまう。

もたもたはしていられない故、オリオン軍との戦争を始めたのだ。だが、戦闘を始めてみたら良くも悪くも普通のオリオン軍だ。

帝国総司令部はそのことに頭を抱えていた。


「いまそれを使わん理由も不明だ。常識で考えるのであれば、一度しか使えない、もしくは再度使うのに物凄く時間がかかる、であろう」

「そうですわね」

「ならば急ぐべきだ。だがこの短期間でもう一度放てる可能性も考慮しなければならない」


伝えられた情報によると黒い黒点が一つだけ生まれ、そこから徐々に大きくなったという。

だからこそ帝国軍は兵を分散して攻めている。


「安全策を取るというのであれば明日以降もこのまま、いや兵には悪いがもっと攻めを強化し、もっとオリオン軍と乱戦となるような戦いをすべきだ。そして彼らの犠牲から奴等の狙いを探るのが俺は最善だと思う」


乱戦となると指揮能力の高さからオリオンに分がある。しかし、こちらは25万。戦力差は10万以上。多少の犠牲は問題にはならない。


「私もバスターに賛成ですわ。こちらの犠牲を多くしてもとにかくポルネシア軍を削るべきですわ」

「……畏まりました。では、明日もお二人は様子見ということで。いざというときは頼みましたぞ」

「ああ」

「ええ」


そう結論をつけた帝国軍は、二日目の朝、初日にも増して苛烈な攻めを見せ、両軍に多くの犠牲を出した。帝国軍も大きな被害を出したものの、損耗率はポルネシア王国側の方が大きく、このまま普通に攻めればあと三日もせずにポルネシア軍を撃退できる。


だがしかし、三日目もロンドは戦術を変えなかった。ひたすら四方陣で防御に入っていた。


そして四日目、帝国軍の元に届いたとある情報により、ポルネシア西部の戦いは急変する。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る