3 懐かしい夢

 夢を見た。

 ひどく懐かしい夢だ。


「ここか」


「そう。

 大長城。

 北・東・南の全周を城壁で囲むという計画の夢の跡の一つ」


 大長城築城は効果があるとされた東方騎馬民族国境地域にて建設が始められた。

 だが、その後の王家内のお家争いとほぼ同時に侵攻した東方・北方・南方の諸勢力によってオークラム統合王国は崩壊を迎える。

 戦の時代と後の歴史家はその時代を名づけた。

 その大長城の跡地の一つに私は立っている。

 ファンタジーSLG『ザ・ロード・オブ・キング』のチュートリアル面として出たそこは、襲ってくる盗賊達を撃退するという目的があった。

 大長城は城壁を中心に櫓が建てられているだけでなく、見張り台や隠し砦も整備される予定で、隠し砦というのは攻め込まれて不利な時にそこに隠れて反撃の機会を狙うという砦で、軍資金や物資等も溜め込まれている事が多い。

 そのあたりは期待するつもりはないが、隠し砦はその条件から立地は辺鄙な所に建てられている事が多かった。

 ゲームにおいては財宝や傭兵団を味方に引き入れる事ができるトレジャーみたいな位置づけで、チュートリアル面の隠し砦は北方と東方の境に位置し、程よく険しい山中の森の中にひっそりと建てられていた。

 私は賭けに勝った事を悟る。


「思ったより建物が残っているものだな」

「石造りだからね。

 問題は水場なんだけど、とりあえず井戸を見てみないと」

「わかった。

 誰か井戸を見てくれ!」

「はーい」


 この世界に飛ばされて奴隷として売られて娼婦として客を取って二年。

 囲われていた娼館が街ごと東方騎馬民族の略奪にあって、何とか逃げ出して流浪する事一月。

 上客から占いついでに話を聞きだし、ゲーム知識から襲撃があると確信してひそかに馬車と物資をありったけかき集め、うろ覚えにこの地を目指した私に娼館から逃げ出した娘達がついてきて、いつの間にかこれだけの大所帯になってしまった。

 私を含めたこの集団の総数は103人。

 ただの娼婦ならばこれだけの力は集まらなかっただろう。

 ひとえに、飛ばされた時にも放さなかったタロットカードのおかげである。

 薬草知識と共に占いができる娼婦として、私は高級娼婦の中に潜り込む事ができたのだから。


「建物は使えそうか?」

「寒さも雨よけも問題ない。

 城壁もこれならば補修する必要がないんじゃないか」

「みんな見て!

 ここの井戸泉になっている!

 水の心配しなくていいわよ!!」


 歓声があがる。

 水の心配をしなくて良いのがどれほどありがたい事か。

 皆の喜びをよそに、私は城主が詰めただろう天守塔の扉を開ける。

 思ったより大きな音がして扉が開くが、中は荒らされた様子が無かった。


「ちょっと待って!」


 私の大声に皆が一斉に振り向く。

 喜ぶ顔が曇るのは残念だからこれも安全の為だ。


「一度この砦から出るわよ」

  

 皆の非難轟々の視線に私は諭すように理由を口にした。


「盗賊や騎馬民族達に荒らされておらず、水場も生きている。

 じゃあ、盗賊たちがここを根城にしなかったのは何故?」


 つまり、住めないだけの理由がある。

 おそらくは守護の魔道人形か魔獣かのどちらかだろう。


「探索隊を組むわ。

 我こそはという者がいたら名乗り出なさい!」


「じゃあ、俺が」


 至極当然のように私の前で手を上げる赤髪の傭兵に私はため息をつく。

 それはそれで嬉しかったりもするのだが。


「すぐ手をあげるのは悪い癖よ。アルフ」

「エリーの占いのとおりにしているだけさ。

 おかげで、俺は運が開けたからな」


 客としてきたはいいが占い代金が足りない彼に、私はアドバイスとして二つの事を彼に言ったのだった。

 それができるならば、占いなど気にする必要はないと言った上で、


「人が嫌う事を率先してやりなさい。

 その感謝はきっと貴方に帰ってきます。

 何か志願をするのならば、一番最初に手をあげなさい。

 栄光も破滅も、一番最初に手をあげた者の果実です」


 これを真に受けて、このあたりでは有名な傭兵に成りあがってしまったのだから世の中は分からない。

 それに感謝したのか、アルフは私のお得意様となった。

 なお、隣町で馬車や荷物を彼に頼んだ結果、彼の傭兵団もそのままついてきてこの大所帯である。

 アルフを含めて数人が志願したので、私は天守塔の中に入る。


「罠は……ないみたいですぜ」


 アルフの傭兵団のシーフが丁寧に部屋を調べて安全を確認して中に入る。

 朽ちた物が多いがまだ使える物もかなりあった。

 安全が確認できたら、みんなで取りに行こう。


「階段がある。

 上と下、どっちにいきます?」


「何か潜んでいるとしたら下だな。

 先に上を片付けよう」


 アルフの言葉に皆頷いて上の階を調べてゆく。

 かなり高貴な方が住んでいたらしく、貴重品や財宝なども残っていたがそれが更に私とアルフの疑念を深めてゆく。


「なぁ、エリー。

 どう考えても……」


「罠でしょうね。アルフ」


 シーフが私達を手招きする。

 朽ちた天井階段から屋上に上がっていた彼は、そこから部屋の間取りに不審な所がある事を見抜いた。


「隠し部屋?」


「おそらく。

 階段が螺旋状でその下が壁になっている。

 多分中に空間があるだろう」


 警戒しながら隠し部屋のスイッチを見つける。

 しかけはまだ生きており、小さな部屋には整然と本が並んでいた。


「こ、これ、魔術書よ!!」


 文字を覚えた私が驚きの声をあげる。

 私には魔法適正があったらしいが、下手な知恵をつけられると困るからと魔術についてはついに学べなかったのである。

 オークラム統合王国崩壊によって魔術教育が瓦解した事もあって、魔術を学べる機会が激減した今、これらの本は私にとって万金の価値がある物だった。


「これは何かしら?

 『秤に乗る金貨と剣』の紋章印。

 きっと、この持ち主の家の紋章ね」


 何かの役に立ちだろうとその紋章印をポケットに入れる。

 罠なり隠し扉なりこれがあれば開くと踏んだからだ。


「こっちは日記だな。

 この砦、王国崩壊前に粛清されたへインワーズ家の隠し砦だったらしい。

 で、その分家が再興の為にこの砦を差し出して、大長城に組み込まれたと。

 砦はそのままへインワーズの分家が城主として滞在していたが、日付から考えると東方騎馬民族の大侵入で全滅したって所だろうな」


 まさかこの砦のせいで後に私がヘインワーズの名を名乗る事になろうとは。

 悪役令嬢の家だと思い出すのはさらに後になってからの事である。


「一人も残さずに?」


 私の疑問にアルフが答える。

 日記をめくる紙の音が部屋に静かに響いた。


「ここだ。

 地下に守護獣として竜を置いたらしい。

 近寄ったらその竜が襲ってくるって寸法だ」


 やっぱりか。

 だとしたら、疑問が残る。


「じゃあ、何で私達は襲われていないのかしら?」


「行って見れば分かるさ。

 竜退治だ」



 地下はかなりの広さがあった。

 松明を頼りに進む。

 先頭はアルフで私は真ん中で荷物もち。

 アルフは外す事を考えたらしいが、知識と文字が読める事から志願したのだ。

 ここが無理となると、他に行く場所が思いつかなかったというのもある。

 後から考えると滑稽だが、なまじ好条件だった為に視野が狭くなっていたのだろう。

 目的の竜はすぐに見つかった。

 そして、どうして私達が襲われなかったかその理由を知る事ができた。


「死んでるな。

 干からび具合から、かなり昔に死んだらしい」


 松明をかざすと干からびた竜に無数の傷が。

 きっと襲ったやつらを皆殺しにして戻った後、力尽きたと見た。

 この砦を知る連中も襲われていなくなったか、襲われるのを恐れて手出しをしなかったか。


「これ……すげぇお宝だぜ。

 鱗に、干からびているとはいえ肉だ。

 俺達大金持ちになったぜ!」


 竜の鱗は最高級防具として重宝される。

 竜の肉もマジックアイテムとして需要が高い。

 だからこそ、今でもという今だからこそ、多大な被害をものともせずに各地で竜狩りが行われいるのだった。


「ん?

 これ何かしら?」


 竜の死骸の隣に丸い何かがあるのを手にとって見る。

 多分卵なのだろう。

 手にとって見ると、ポケットの中が光る。


「エリー!

 ポケット!!

 ポケットが光ってる!!」


 周囲の連中が遠のく中、アルフは私に近づいてポケットの紋章印を捨てようとする。

 だがそれは遅く、卵にひびが入り中から竜が姿を現した。


「きゅー♪

 きゅきゅきゅ♪

 きゅー♪」


「……」

「……」


「なあ。エリー

 それ、竜だよな?」


「奇遇ね。アルフ。

 私、手のひらでなつくとかげって知らないの」


「明らかにお前の事親と思っていないか?」


「……」


 こうして私は、見捨てる事もできずこの子ドラゴンの親役をする羽目になった。

 ぽちと名付けられて、私の傍にずっといる事になるとは私はその時思う訳も無く。

 この時の私はやっと安住の場所ができた事を素直に喜んでいた。



 夢を見た。

 ひどく懐かしい夢だ。



 起き上がり目を開ける。

 隣に当たり前のように寝ているあの人。

 裸の上にガウンを羽織って、水差しを手に持つ。

 鎧戸をあけると光が部屋に入る。

 あの砦の天守塔だ。

 私が起きたのを感じたぽちがとことこと寄ってくる。


「ぽち。

 何がしたいの?」


「がう♪」


 ぽちのとかげ版ファイヤーブレスで暖炉に火がつき、ドヤ顔を見せる。

 褒めて褒めてとじゃれつくぽちを指で撫でながら、鉄鍋に水を入れてお湯を沸かす。

 こうやって薬草茶を作るのは娼婦になってからの習慣だった。

 師匠から教えてもらった香りで故郷を忘れないように。


「ぁ……ん」


「おはよう。

 起こしちゃった?」


「いいさ。

 その香りを嗅ぐと朝だなって思っちまう」


 鉄鍋に薬草を入れながら私は笑った。

 こんな朝が永遠に続くと思っていた。

 夢と分かっていても、覚めないでと思ってしまう自分がいる。


「おはよう。

 アルフ」


「おはよう。

 エリー」



 夢を見た。

 ひどく懐かしい夢だ。



 目覚ましが鳴り、ぽちがぺちぺちと私の頬を叩く。

 目覚ましを止めてパジャマ姿の私は頭を揺さぶりながら二度寝を目論もうとしてぽちのぺちぺちに邪魔される。

 そういえばこいつ、昨日宿敵であるGを粉砕したのにその手を使わなかったか?

 母と妹が大騒ぎした覚えがあるが、まぁ、向こうの戦場よりまし……


「ひゃんっ!!!

 ぽちっ!

 コールドブレスは反則!!」


 ドヤ顔のぽちがまた憎らしいが完全に目が覚めてしまった。

 おとなしく起きて学校に行く事にしよう。

 メイドにまかせきりの生活していたので、着替えから準備から自分でするというのが新鮮だったりする。


「ふぁ……おはよう」

「おはよう」

「おはよう。絵梨」

「おはよう。お姉」


 母の京子さんは最近の私の変節というか、若かりし頃にありがちな反抗期がなおったと思って機嫌が良かったりする。

 最近は小皺を気にしているので、今度顔パックにこそっと若返りの秘薬をたらしておいておこう。

 私の黒髪とむちむちボディの元なのだが、これでこの人若い時の話を聞いて色々と思ったことがあるが心に秘めておこう。

 よく結婚できたな。父よ。まじで。

 逆に違和感に戸惑っているのが妹の香織だったり。

 とはいえ、私が突き放す訳でもなくかわいがりしているのでうれしいのだろうが。

 ぽちの良き遊び相手である。

 おかっぱ頭で私のまねをしたがるお年頃なのだが、トカゲ相手に遊ぶのは年頃の乙女としてはどうかと心配せずにはいられない。

 私という前例がいるだけに。

 おそらく、私の変節を一番的確に察したのは父である春雄さんで、私が大人になったと判断している。

 新聞片手にコーヒーを飲んで私を見ないが、興味が無いのではなく干渉しないという意思表示なんだそうだ。母曰く。


「子供が己の生活費を自分で稼げるようになったら大人だよ」


だそうで。

 なお、母情報によると、彼氏を連れてきたらぶん殴るつもりらしい。

 そんな母も、


「絵梨。

 するのはいいけど若いうちは避妊はちゃんとしてね。

 あ、孫ができたら抱かせるのよ」


 なんてどうしろというのかと頭を抱える事をほざきやがったり。

 まあ、母親ってそんなものだろう。

 背中に張り付いていたぽちがのそのそと私の頭の上でたれる。

 で、それを妹が持ち上げて、ぽち専用の食事皿の前に置くのがここ最近の朝の風景となっている。

 しかし、最近の通販はトカゲの合成食まで売っているのかとびっくり。


「大丈夫。

 こいつネズミとかゴキブリ勝手に探して食べるから」


「絶対にだめっっっっっっ!!!!!」


 飼う許可を求めた際の妹の絶叫である。

 妹よ。

 お前、ドラゴンをなんだと心得ておる。言えないけど。

 おかげで、地味にぽちのえさ代が痛い。


「じゃあ、学校に行ってきます」

「私も!

 お姉、途中まで一緒に行こう!」


 この当たり前の日常が嬉しい。

 けど、それを半分ほど諦めてあの異世界に関与しようと思ったのはあの人の為。


(お前を英雄にしてやる!

 今まで苦労し、叩かれ、蔑まれてきたお前を誰からも文句を言わせない英雄にしてやる!!

 ……だから、この国をお前が居た平和で、穏やかで、退屈な国に導いてくれ……)


「……英雄なんて、なりたくなかったのに」

「ん?

 お姉。何か言った?」

「なんでもないわよ」


 ファンタジーSLG『ザ・ロード・オブ・キング』から帰ってきたと思ったら、ファンディスク乙女ゲー『世界樹の花嫁』に飛ばされましたときた。

 それでも、私は会いたい。

 アルフに。

 私が見殺しにした最愛の人に。


「『アストラル・ゲート』開門!

 メリアスへ!!」


 こうして、懐かしくも奇妙な二重生活を私はおくる事になる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る