偽狼 2

 家の周辺にあるぐねぐねとした山道を意味もなくバイクで走る。


 やっぱり自分から進んで喫茶店には行きにくい……。かといって、このまま逃げ続けるのも違うと思う。きっと妖怪達から非難がくるだろうな。それでもここで謝っておかないと後々わだかまりが生じるし、自分の気持ちとしても謝っておきたい。

 でも何て言えばいいのか。気が重い……。


 私は深くため息を吐いて、しっかりと前を向く。


 気が重い。けど。やっぱり謝らないと。

 何を謝るのかと言われれば上手く言葉に出せないし。そもそも妖怪は退治屋の敵だけど。それでも会いに行こう――。


 グッとハンドルを握って覚悟を決めた。その時、歩道に池田高校の制服を着た人物の背が目に入る。

 あの特徴的な黒い髪のおかっぱ頭は……野田君だ。


「野田君っ!」


 学校に来なかった野田君がどうしてここに? いや、それよりもまずは生きていてよかった。怪我もしていなさそうだし。


 私はゆっくりブレーキをかけて野田君の隣にバイクをつけるが、野田君からの反応はない。


「野田君?」


 野田君は私の問いかけに答えることなく、真っすぐ歩き続けている。しかも私の方を見向きもしない。


 妖怪の気配が野田君の周りからする。憑かれているんだろうか。でも、それにしてはおかしい。

 野田君の後ろには妖怪が見えない。いつもなら狸やら狐やら犬が見えるのに。それにまだ夜じゃない。もうすぐ夕方の時刻ではあるけれど。


 私はバイクから降りた。バイクを押しながら野田君の少し後ろを着いていく。


 このまま野田君に着いていけば、野田君に憑いている妖怪が正体を現すかもしれない。ただ……厄介なのは憑いている妖怪が偽狼だった場合だ。あの父さんが苦戦するほどの妖怪だ。私一人で対応できるだろうか……。しかも今の私は制服で、刀を持っていない。

 もしもの場合は――あれだけで倒すしかない。


 野田君は迷いのない足取りで坂道を登っていく。


「野田君どこへ向かっているの」

「……」


 もちろん野田君からの返答はない。それでも妖怪に憑りつかれている人物に声をかけることは効果的なこともある。たまに憑りつかれた人物が意識を取り戻すことがあるからだ。


「ねぇ野田君」


 野田君はこちらに見向きもしない。

 やがて野田君はとある場所で立ち止まった。


「!」


 石段で作られた階段の上だ。その階段の上には――偽狼が封じられていた平賀神社がある。


 最悪の事態が当たってしまった。


 野田君はゆっくりと一歩一歩階段へ足を進める。


「待って! 野田君!」


 私は野田君の前に両手を広げて立ちふさがる。


「しっかりして! 野田君」


 野田君は真っすぐ私に向かってくる。私は咄嗟に野田君の右腕を掴んだ。けれど。


「っ」


 野田君は私に腕を掴まれてもなお階段を上ろうとしている。しかも力が強い。退治屋の私が必死で腕を掴まなきゃいけないほどに。


「野田君っ!!!」

「…………邪魔だな」

「!」


 野田君の左手が一気に私の頭を捉える。そしてグッと頭を押さえられた。


「ぐ!!!」


 痛い!!! どこからこんな力が。


 私はキッと野田君を睨む。やっぱり野田君の後ろには妖怪の姿は見えない。

 とにかく反撃を――と足を野田君の脛にかけようとした。その瞬間、さらに強く頭を押さえられた。そのまま一気に後方に突き飛ばされる。


「っ!」


 体が後ろに傾く。


 マズいっ!


 そのまま受け身をとれず思いきり、石段に背中を打ちつける。


「ぐぅっ!」


 痛い。物凄く痛い。けれどそれを気にしている場合じゃない。


「野田君!」


 野田君は私に目もくれず階段を再び上ってしまう。


 これは……。私になんとか出来るもんじゃない。


 私は背中の痛みを堪えて立ち上がる。制服のポケットからスマホを取り出した。「父」と登録されている電話番号にコールする。三コール目で父さんが出た。


「どうした」


 間髪入れずに状況を聞いてくれるあたり、さすがは父さん。私、退治屋のことでしか父さんに電話したことないもんなぁ。


 苦笑いしつつ、痛みを堪えて野田君の後を追って一歩ずつ石段を上る。


「平賀神社まで来て。同級生の野田君の様子がおかしいの」

「偽狼か」

「そこまではまだ。でも今、私も同級生の後を追って平賀神社の階段上ってるから」

「――やめておけ。陽はそこで待ってなさい」

「っ」


 なんとなく手を出すなと言われることは想定していた。私も一人では無理だと思ったから父さんを頼ったわけだし。でも、だからといってこのまま野田君を放っておくことなんて出来ない。


「ごめん。私はこのまま後を追うから! じゃっ!」


 一方的に電話を切った。


 心の中で「ごめん、父さん」と謝りつつもまぁ大丈夫だろうと高を括る。父さんのことだ。きっと平賀神社まで猛スピードで駆けつけてくれるだろう。


 私は息を切らしながら階段をようやく上りきる。

 野田君はすぐに見つかった。狼の祠に一直線に歩いている。


「っ! 野田君!」


 私は歯を喰いしばって野田君の元へと駆け寄ろうとする。だが、すぐに立ち止まった。

 狼の祠が黒い大きな影に覆われ、その下には首を真っ二つにされた死体が転がっていたからだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る