第10話 齟齬感のランニングウェイ

 偶然の出会いによってギリパーティーと同行することになったベルディ。バーセルス王国領へと向かっていた。


「ベルディは何でこんな所にいたんだ。獣王の縄張りから外れているとはいえ、サムゲン大森林をひとりで歩くなんて無謀だろ」


 ギリの声は心配と驚きに満ちていた。


「ははは、ちょっとね。僕は逃げ足が速いから。色んなアイテムを使ってなんとかやってるよ」


 ベルディーは軽やかに笑い、自分の生存戦略を明かした。


「荷物を豊富に持っているようには見えないけどなぁ……あっ! もしかしてアイテムコレクターか」


 アイテムコレクターとは物理的にアイテムを持たなくても運搬できる異空間収納スト―レージと同義スキル名のことである。NPCで持っている者もいるが、プレイヤーでもストレージが少ないうちは重宝するスキルでもあった。

 ベルディは当然ストレージ拡張クエストを全て終わらせいるので、大量のアイテムを所有することができる。


「そんなところかな。そういえば、ひとりパーティーを抜けたとか言っていたよね。巫女とか……」

「あー、マイリーね。有能な巫女ヒーラーって少ないから……別のパーティーに引き抜かれちゃったわ」


 ゲーム内でもPCプレイキャラのみならずNPCノンプレイキャラとどう関わったによって好感度に変化が生じ、場合によってはNPCをギルドに加入させることも出来る。

 ベルディはゲームをプレイヤしている時は『AI技術って凄いな』と思っていた。が、ゾンブーラの話しを聞いて、『NPCも人だった』ということを知った。


「そうだギリ、この人を仲間に出来ないかな。NPCなら回復アイテムを沢山持っているんじゃないかな」

「それいいなマロン。アイテムコレクターが仲間なら荷物持ちにも丁度いい、俺たちもまだストレージは少ないから助かる……」


 ギリとマロンのひそひそ声がベルディの耳に入った。どうやらベルディーをNPCだと勘違いしているようだ。


「ちょっとマロン、ギリ、ひどいこと言わないの。この世界のNPCだったちゃんと自我を持っているわ。私たちと同じ生きているの、心があるの」


 メープルはいさめた。

 ギリやマロンは申し訳なさそうにする。が、自分たちの状況いいわけを熱弁していた。死んでしまう恐怖、生活するための糧など……。


「君たちの仲間に入るよ。状況は分からないけど困っているんだろ」

『ベルディー様いいんですか。こんな下等な人間と手を組んで』

「 (あぁ、この世界のことをもう少し知りたいんだ。巫女という言葉も気になるからね」


 ギリをリーダーとした冒険者ポーネルス。ギルドランクは《E》、7つあるランクの下から2番目の位置、プレイ時間は100時間程度が目安である。


『ベルディ様、なんだかユキナレスを思い出しますね』 

「ユキナレスか……良く知らない人のパーティーについていってなぁ」


 ──ユキナレス。メンバーのひとりだった『ゆうた』が作った従者。雪女をモチーフに作られた人形タイプのキャラクター──


『ユキナレスは苦手でした。わざと負けてパーティーに付いていくんですもん』

「そうだった。それで拠点を見つけてはゆうたのメインランドで潰すってのが好きだったね」

『ホンット性格悪いわぁ』


 思わずルーンと普通に会話してしまっていた。


「おい、NPCも独り言って言うんだな」

「やめなさいギリ、それよりも……ねぇベルディ、さっきランドって言葉が聞こえたけど?」


 慌てふためいた。慣れというのは恐ろしい。


「そう、そうだ。前に行った村で聞いたんだ。詳しくは教えてもらえなかったけど……そ、そう。それを思い出してたんだ」

「ああ、ランドって言ったらこのゲームで有名なノルーンザンドッドの一員だったよね」

「そうよマロン。モウソウ、ペール、メリコス、ソナタ、ランド、ビアンカ、ギドラ・リナ……そしてそれを束ねるベルード。私たちをこの世界に閉じ込めた張本人たちよ」

「あぁ。絶対にそいつらを倒して元の世界に戻ろうぜ」


 ノルーンザンドッドがこの世界に閉じ込めた? 


『キャー、ノルーンザンドッドの9柱だわー。その名を聞くだけで興奮するわー』


 脱ぎ始めるルーン。ベルディは気にせずギリたちの話しを聞いていたが、自分自身の名が出てきたことで気恥ずかしそうにモゾモゾしていた。


「まぁ俺たちには俺たちの事情があるんだ。元の世界に帰りたい……って言っても分かんないよな」


 ゾンブーラが言った『すべての魂をフィギュアに宿らせた』という言葉。その言葉が正しいとすれば既に肉体に宿っていた魂は枯渇したことになる。

 ベルディーは不安そうな申し訳なさそうな顔をした。言葉として教えてあげたいけど伝えることが出来ないもどかしさに。


「そんな顔をしないでも大丈夫。これは私たちの事情だから……それまで一緒にがんばりましょう」


 ベルディーはギルドランクはMAXなのをどう伝えようと思っていた……が、スクリーンをみて気づいた。MAXなのはベルード・ウル・スクディ。初心者に見られるようにギルドランクを最低の《F》で止めていたことを思い出した。


「大丈夫だベルディ、お前のフォローは俺たちでする。危なくなった時や戦闘後に回復してくれるだけでいい」

「もちろんポーション代は報酬から出すわ。お金よりも目的を達成することが大事だから」

「そうだ。姉ちゃんの言う通りだ。食費と活動資金だけ残れば十分だしな」

「そうね、体の大きなマロンにとっては食事は一大事だもんね」


 ワイワイと盛り上がるポールネスの面々。ふざけあったり笑いあったりととても仲がいい。

 ベルディーはユグドラシスを通じてギルドメンバーと笑いあった日々を思い出していた。


『ベルディー様、ルーンの存在を忘れてはダメですからね』


 頬を膨らませていた。


「よし、次のクエストは『納品クエスト』にしようか……確か……東地区のメリッサって人から受けるんだったよな」


 ギリの言葉。連続クエストのひとつ目で最終的にはレアな霊芝草がゲットできる人気のクエスト。

 場所は東エリアの貧民街に程なく近いユニークキャラクターが目印。ゲームで見てきたノンプレイキャラクターもディスプレイを通じた画面で見ると似たような人が多かったが、この世界に降り立ってみるとひとりひとり顔が違う。


「あらあなたも? どうして私が毒薬草を欲しかったことを知っているの? もういただいたわ。またほしくなったらお願いするんだけど……一体何人に声をかけられたら終わるのかしら。気持ち悪いわぁ」


 メリッサはむくれた表情でその場を立ち去ってしまった。


「どういうことだ……このクエストを受けないと次にいけないじゃ……、もしかして……マロン、メープル。急いで連続クエストの次に行ってみよう」

「でも、私たちのレベルじゃクリアできないわよ」

「いいんだ。確かめたいことがある」


 興奮して走り出すギリ。追いかけるマロンとメープル。後ろをついていくように走るベルディ。


 特定の人物に声をかけては肩を落とし特定の人物に声をかけては肩を落とす。1時間以上は走り回っただろうか。


「ふぅーこれだけ走って受けられた依頼は1件だけって。どういうことだろうねギリ」

「分かったぞ。この世界ではギルド以外から受けるクエストはひとりしか受けられないんだ。ということはあちらこちらにプレイヤーがいるのかもしれないぞ」

「そんな……経験値は少ないし報酬目的の依頼も受けられないんじゃあ」


 大きくため息を吐いて座り込むマロン。もたれるようにギリも座り込んだ。


「あのねー。男でしょ。泣き言を言わないの。逆を返せばギルドの依頼は受けられるってことでしょ。ほら、ゲームの時より種類が豊富だったしそっちで頑張りましょうよ」


 座り込んだ二人にこんこんと説得するメープル。ギリとマロンは「そうだよな」と再び立ち上がった。


「ベルディー悪かったな。せっかく仲間に入ってもらったのにバタバタしちまって。よしみんな、ギルドに向かって走るぞ」


 ギリは勢いよく拳を振り上げて走り始めた。

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ベートーヴェンのとととな《英雄と魔王と幽霊と悲愴な運命》 ひより那 @irohas1116

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