第21話
「ふっ――」
最初に動いたのはイリアだった。
その動きはまさに目にもとまらぬ程のもので、彼女はデッドエンドを翻弄すべく彼の周囲を走り回る。
「ほぉ……」
そんなイリアの姿をデッドエンドは目で追うが、しかしそれが限界。
その姿を見失わないで済んではいるが、とてもその動きに付いていける気がしなかった。
ゆえに、デッドエンドはその場から動かない。仕掛ける機会を待つ。
「ヤァッ――」
だからこそ当然、先制を果たしたのはイリアの方だった。
凄まじい勢いでデッドエンドの側面へと移動したイリアは、これまた常識外の速度でその蹴りをデッドエンドへと放つ。
まともに喰らえばダメージは免れない。
それこそ一般人が喰らおうものなら胴体が真っ二つになってもおかしくない程の速度の蹴り。
「甘ぇんだよぉっ!!」
しかし、それをデッドエンドは避けようとしなかった。
むしろ迫るイリアにカウンターを仕掛けようと拳を握り――
『カッ――』
――瞬間、デッドエンドの背中を悪寒が走り抜ける。
この蹴りの一撃はマズイ。少なくとも防御なしで受けていい物では決してない。
速度はある。威力もあるだろう。だが、そんな事は織り込み済みで一撃貰おうと、デッドエンドはそう判断して受けようとしていたのだ。
だが、受ける直前でデッドエンドの生存本能とでも呼ぶべき何かが大音量で叫んでいた。
それだけではないと。これはそんな理屈云々の物ではないと。そう叫んでいた。
「ぐっ――」
攻撃行動を中止し。その全ての力をイリアの蹴りを避ける事に費やすデッドエンド。
――ヒュンッ
デッドエンドの脇腹をかすめるかのようにして過ぎ去るイリアの蹴り。
その蹴りはそのまま地面へと到達し――
そのまま地面を削り取り、ようやく停止した。
「――は?」
その事実にデッドエンドは自身の目を疑う。
地面を破壊させる程の一撃。それならば理解できる。それくらいの威力がイリアの蹴りにあったというのも納得しよう。元からその程度の事は予想していた。
だが、イリアのこの一撃はそんな物ではない。
地面は破壊されたのではなく。削り取られているのだ。イリアの蹴りが通り過ぎた個所にあった物は消え失せ、この世から完全に消滅している。
そして――
「ぐっおぉぉ!?」
それはデッドエンドの脇腹も同様だった。
イリアの蹴りが掠めた個所が文字通り消滅している。
消滅させられた箇所もその事を遅れて知覚したかのようにして、傷口からゆっくりと血が流れ始める。
「今のは……」
「よく
デッドエンドに考える暇すら与えない為か、イリアは間髪入れずに再び蹴りを放つ。
「ちぃっ――」
イリアの蹴り。
速度も威力も乗っているであろうソレ。、
無論、それだけでも脅威ではあるのだが、そこにはそれ以上の『何か』がある。
先ほどの一撃を喰らったデッドエンドはそう確信し、イリアの蹴りへの警戒心を最大限に引き上げる。
ゆえに――
「らぁっ!!」
デッドエンドは隊舎の中にあった椅子をイリアに向けて蹴り上げ、自身はそのまま後ろに下がる。
「――――――」
自身に勢いよく椅子が迫る中、それでもイリアは攻撃行動をやめようとしない。
その蹴りはそのままデッドエンドが蹴り上げた椅子へと命中し、
――そして、障害物などなかったかのようにして、その奥で蹴り上げた状態のまま止まっているデッドエンドの脚にも命中する。
「なんっ――――――がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
そのままバランスを失い、後ろに倒れるデッドエンド。
一体何が起きたのか。
ともかく、倒れたままでは居られないとデッドエンドは立ち上がろうとして……気づく。
「あ?」
立ち上がろうとしたデッドエンドだったが、しかしそれは不可能というものだった。
立ち上がる為に必要な物。それがデッドエンドには不足していた。
即ち――右足。
椅子を蹴り上げ、イリアの蹴りを受けた右足。
その膝辺りから先がまるで最初からなかったかのようにして消滅しているのだ。
「ぐっつぅ――――――」
痛みをこらえ、それでも立ち上がろうと隊舎の壁に手をつき左足のみで器用に立つデッドエンド。
そうしてデッドエンドが見た物は、どこか悲しそうな眼をしているイリアと大部分が失われている椅子で――
「ハッ――。なるほどな。そもそも触れたらアウトって一撃だったか」
『ひゃーっはっはっはっはっは。今更気づいても手遅れだってんだよなぁイリアよぉ?』
「――イリアの抱いた星は……『消滅』。滅ぼすという意志を持って触れた物を……この世から消滅させることが出来る。」
淡々と自らが持つ異能を明かすイリアとその星であるハシュマダ。
それは『滅ぼすという意思を持って触れた物を消滅させる』というものだ。
だからこそイリアの蹴りはデッドエンドが蹴り上げた椅子に当たっても勢いが殺される事もなく、その奥に居たデッドエンドを捉えることが出来たのだ。
「ったく――」
あまりの
触れた物を消滅させるなど、威力があるどころの話ではない。
それはまさしく防御不可と言うにふさわしい一撃だった。
なにせ、どれだけ堅牢な盾を持とうとイリアの前には無意味なのだ。
ゆえに、デッドエンドはイリアの攻撃を全て躱すべきだった。
もっとも、初手から回避に専念していては勝利など掴めるはずもなく、仮にそうしていたとしても速度で勝るイリアを相手にしてデッドエンドが全ての攻撃を躱しきれたのかと言われれば疑問が残るところなのだが――
「イリアとしては想定外。デッドエンド……身体能力はイリアと同じかそれ以上だと思うけど……それだけ。星の力を何一つとして使いこなしているようには見えない。――――――それで本当にメテオレイゲン
「言ってくれるじゃねぇかよ……。まぁ、こんな有様じゃ何を言われても言い返せねぇわな」
悪態をつきながらも、しかしマズイ状況である事には変わらないデッドエンド。
ここからどう状況を巻き返そうか、彼は思考を回転させ――
「――もういい」
そんなデッドエンドを前にして、イリアはくるりと後ろを向く。
「あぁ? もういいだぁ?」
「うん……もういい。イリアの見込み違いだったのかもしれない」
イリアは心底落胆したように肩を落とし、
「その足……イリアが連れて来た治癒師に診させる。たぶん、数日で治る」
そうぶっきらぼうに言い放ち、とぼとぼと隊舎から去ろうとする。
「俺はエルハザードと……メテオレイゲンとやり合うにゃ役不足って事か?」
「………………」
デッドエンドの問いにイリアは足を止める。
しかし、その問いにイリアが答える事はなかった。
それ自体が答えだと。そんな風にデッドエンドは思った。
「そうかよ」
――しかし、それは誤解だった。
イリアがデッドエンドに対して下した評価。それは『保留』だった。
確かに先ほどのデッドエンドの有様を見て、イリアは落胆した。
しかし、それはデッドエンドが自身の星を上手く扱っていなかったという事に関してだ。
デッドエンドは知り得ない事だが、イリアの星であるハシュマダも含め、相手に直接干渉する力の星は相手が星持ちであった場合、致命打に成り得ない事がある。
原因は、星持ちが宿星した時に
纏うオーラの量が多ければ多い程、直接干渉型の星に対しての盾となり、相手の星の威力を殺してくれるのである。
そして、星持ちが宿星した時に纏うオーラの量はその抱く想いの強さによって決まる。
強い想いを抱いていれば抱いているほど、そのオーラの量は増大するのだ。
先ほどのイリアの滅びの一撃は何の抵抗もなくデッドエンドの右足を穿った。
それはつまり、彼が今抱いている想いの強さがそれほどではないという事に他ならない。
よくよく見ればデッドエンドを包む赤の輝きはかなり薄れており、その事からも彼の抱いている想いの強さがそれほどではない事を示していた。
それゆえの落胆だ。
安定して発揮できない力は扱いづらくて仕方ないから。
――しかし。
それだけでデッドエンドが使えないと判断するのは早計だ。
なにせイリアはデッドエンドの星の力を見てすらいない。
安定した想いの力が出せずとも、その力が有用なら価値はある。そう考えていた。
ゆえに、新たにデッドエンドを試すときはその想いの力を高めさせてからにするべき。
一度やめると言った手前、あまり気は進まないが、やはりデッドエンドが大切にしているあの少女(ナナ)を利用するべきか――
足を止めたイリアはそんな事を考えていた。
「――ふぅ……」
ともあれ、デッドエンドの傷が治るまで手出しするべきではないだろう。
彼を試す件については、彼の傷が完治するまでの間に考えればいい。
そう決めてイリアは隊舎から出て――
「――ざけんな」
イリアは足を止め、振り返る。
振り返った先には右足を失ったデッドエンドの姿。
彼は――まだ立っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます