12:闇を照らす仕組み
◆◆14◆◆
石化したササラ集落のみんなを助けるために〈ヤビコ山脈の迷宮〉へシャーリー達は足を踏み入れた。
まとっていた光が消え、飛び込んできた光景に彼女達は「わぁー」と感嘆の声を上げる。
目の前に広がるのは、一面の花畑。その花びらが発光しているためか、ちょっと薄暗い空間がハッキリ認識できるようになっていた。
「ドロシアさん、このチューリップは何ぃー?」
『ホタルビリップね。ホタルのように輝くからそう名付けられたわ。にしても、希少な花がこんなにたくさん。さすが迷宮ね』
「これ、摘んでもいいかな?」
『錬金術の材料になるし、それに特に危険性はないからいいわよ』
シャーリーはいくつかのホタルビリップを摘んでいく。錬金術でどう生まれ変わるのか楽しみにしつつ、ウエストバッグへ入れていった。ふと、何気なく暗闇が広がる空間へ目を向ける。
闇が広がり、何があるのかわからないが妙な気配を感じた。不思議に感じつつ、シャーリーはホタルビリップを手にして奥へと足を踏み入れる。
するとそこには身体を丸めているモコモコした白い何かがいた。
「ドロシアさん、これモンスターかな?」
『んー? あら、見たことがないモコモコね。モンスター、にしては魔力を感じないし、違うかもしれないわ』
「うーん、じゃあ動物かな? でも迷宮に動物っているの?」
『迷い込んだかもしれないわ。偶発的に台座が起動しちゃったかもしれないし』
猫みたいな白いモコモコは、弱っているためか動き出す様子はない。
シャーリーはちょっと心配になり、モコモコの身体を抱き上げた。白いモコモコは弱々しく呼吸をしており、ずっと目を閉じたまま開こうとしない。
何が原因でこんなにも弱っているのか、と彼女が気になっていると白いモコモコのお腹が赤く染まっていることに気づいた。
「ケガしてる」
『あら、ホントね。だから弱っちゃっていたのね』
「どうにかできるかな?」
『できるにはできるわよ。でも、あんまりいい結果にならないかも――』
「できるなら教えて! このままじゃあ死んじゃう!」
シャーリーはドロシアを強く見つめる。そんな目を見たドロシアは、ちょっと困ったように唸った。
しかし、シャーリーの意志は固い。
だからどんな結果になっても大丈夫だろうと考えた。
『じゃあ、作ったポーションを使って。そうすれば外傷は治るわ』
シャーリーは急いでウエストバッグからポーションを取り出す。蓋を取り、傷ついているお腹に薬液をかけた。
モコモコはしみるのか、彼女の腕の中で暴れ始める。
シャーリーは逃げそうになるモコモコを必死に押さえた。何度も何度も「大丈夫、大丈夫だから」と言い聞かせ、モコモコの傷を治したのだった。
「みゃー!」
シャーリーが頑張ったかいがあってか、白いモコモコは元気になった。
だが、ポーションが相当傷にしみたのか、そのまま腕の中から飛び出しどこかへ消えてしまう。
「あっ」
どこかへ逃げていってしまった。シャーリーは白いモコモコを探すが、その姿はもう見えない。
ちょっとだけ寂しさを覚える。だが、元気になった。
彼女はそれだけでよしにし、前を向く。
「また会えるかな?」
『どうでしょうね。でも、感謝してくれると思うわ』
「そうだといいな」
シャーリーは元気になったモコモコの身を案じつつ、迷宮内を見渡した。
全体的に闇が広がる空間だ。よく見ると空には点々とした輝きがある。
それが星だと気づいた時、彼女はドロシアに生まれた疑問をぶつけた。
「ドロシアさん、さっきまで空は明るかったよね?」
『迷宮は異世界みたいなものよ。私達が住む世界とは時間の流れが違うことがあるわ』
「じゃあここが今、夜なのは時間の流れが違うから?」
『その通り。だからホタルビリップを見つけられたかもね』
シャーリーは迷宮内を見渡す。どこもかしこも闇が広がっており、探索するには不向きな状況だ。
そんな迷宮内で、不思議な旋律と歌声がシャーリーの耳に飛び込んできた。
「なんだろ、これ?」
音楽と歌声が聞こえる方向に身体を向ける。当然のように闇が広がっているが、なぜだか恐ろしさは感じない。
それどころか、音と詩はどこか優しくなんだか物悲しげに思えた。
『どうしたの?』
「歌が聞こえる」
『歌?』
「音楽も聞こえるよ。あっちから」
シャーリーが示した方向にドロシアは振り返る。だが怪訝そうな顔をするだけだ。
ドロシアが『ホントなの?』と訊ねた。シャーリーは頷き、そして勇ましく足を踏み出し始める。
『ちょ、ちょっと!』
「確かめてくる。ドロシアさんは待ってて」
『一緒に行くわよ! もぉー!』
ドロシアと一緒にシャーリーは闇の中へ踏み込んでいく。
ホタルビリップのちょっと頼りない輝きで周囲を照らし、よく注意して坂を登った。
どこから、どんなモンスターが、どのような武器を持って、どんな手段で強襲してくるか。そんな心配をしつつ、ドロシアはシャーリーの後ろをついていく。
しかし、そんな心配は必要なかったと思える空間に二人は辿り着いた。
そこは、光が満ち、温かみが溢れる泉だ。シャーリー達がそこに足を踏み入れると途端に景色が変わり、闇に包まれていた空と周辺が一変する。
「わぁー! すっごく綺麗ぃー!」
『あら、これはすごいわね』
雲一つない空が広がり、穏やかな風が吹き抜ける緑溢れる光景。
まるで夜闇なんてなかったかのような景色に、シャーリーは目を丸くした。
「何が起きたんだろ?」
不思議そうに周辺を見渡すシャーリーから泉へ視線を移すと、ドロシアはあるものを発見した。
それは噴水にはめ込まれた七色に輝く宝石だ。
『なるほどね、面白いギミックじゃない』
「何かわかったの?」
『ええ。七色ダイヤの力を使っているわ』
「七色ダイヤ?」
『闇を照らし、真実を見せると言われる宝石よ。あの噴水にはめ込まれているわ。おそらくだけど、七色ダイヤの効力を利用してこの光景を生み出しているかもしれないわ』
「どういうこと?」
『七色ダイヤの輝きが届く範囲がこの場所を作る。でも噴水がその輝きを閉じ込めているみたいね。もしかしたら、この噴水を止めれば見える範囲も広がるかも』
シャーリーは泉にある噴水を見る。噴水が止まり、七色ダイヤの輝きが解き放たれれば見える範囲が広がり、行動しやすくなるかもしれない。
だが、噴水を止める方法をシャーリーはわからなかった。
「どうすれば止められるかな?」
『壊してもいいけど、さすがに骨が折れるわね。噴水だからどこかに水量を調節するハンドル付きのパイプがあると思うけど』
「近くにあるかな?」
『あるかもしれないし、離れた場所にある可能性だってある。探してみないといけないわねぇ』
ギミックを利用しようにもそのスイッチとなるものがない。
もしかしたら近くにあるかもしれないので、シャーリーはホタルビリップを使って探すことにした。
ホタルビリップのほのかな明かりで足元を照らしながら闇の中にあるだろうパイプを探す。
しかし、歩き回ってどれほど探してもそれらしきものはなかった。
「見つからないなぁー」
シャーリーは腕を組み、考える。ドロシアも唸りながら一緒に考えるが、わからないものはわからない。
二人で頭を捻っていると、「みゃー」という鳴き声が聞こえた。顔を下に向けると、そこには先ほど助けた白いモコモコがいた。
「あ、さっきの!」
『あら、珍しいわね。戻ってきたの』
シャーリーが驚いた表情を浮かべていると、白いモコモコは背を向けた。しかしすぐに走り出さず、代わりに「みゃー」と鳴く。
何を言っているのかわからないが、ただ「ついてこい」と言っているように思えた。
シャーリーとドロシアは互いを見合わせた後、頷いて白いモコモコの後ろを追いかけ、下り道を進んだ。
するとホタルビリップが群生地が現れ、その真中にハンドル付きのパイプがあった。
「あったぁー!」
『なるほど、あそこからだとちょうど死角になる場所ね』
「ありがとね! これで探索しやすくなるよ!」
シャーリーは大喜びでお礼を言う。しかし、白いモコモコはシャーリーを見ない。
それどころか唸っており、何かを警戒している。
シャーリーは白いモコモコに視線を合わせる。するとそこから、おどろおどろしい雄たけびが放たれた。
「な、何?」
荒々しい鼻息が聞こえる。シャーリーが思わず身構えた瞬間、地面が揺れた。
何が起きたかわからず、大きな音がした方向に視線を向ける。するとそこにあったはずのホタルビリップは潰れ、花びらが散っていた。
『面倒なことになったわね』
「な、何がいるの?」
『オークよ。暗くて見えにくいけど、確かにそこにいる』
「オ、オークっ?」
フシュー、と嫌な鼻息が聞こえる。どうやら見えない敵は戦う気満々のようだ。
シャーリーはその状況に身体を震わせる。
だが、ドロシアがそんな彼女を奮い立たせた。
『大丈夫よ、シャーリー! 私がいるわ!』
「で、でも……」
『そうね、戦い方もレクチャーしてあげる。なに、負けることはないわ』
「だ、だけどオークとだなんて。私、戦ったことないよぉー……」
『夢があるんでしょ? それにこんなことでへこたれてたら五つ星にはなれないわよ。あなたの夢はあなたが叶える。私はその手伝いをしてあげるわ』
そう、シャーリーには夢がある。
だからこそこんなところで足踏みをしていられない。
それに、憧れたお母さんが見ていたら笑われてしまう。
シャーリーは決意を固める。五つ星の迷宮探索者になるために、お母さんを見つけ出すためにも自分に負けていられない。
『その意気よ――さあ、シャーリー。初めてのオーク討伐よ!』
初めての戦闘。
視界が悪い中、シャーリーは杖を強く握る。
憧れた人のようになるために、オークとの戦いに挑む。
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