10:呪われたササラ集落

◆◆11◆◆


 木々の隙間から見える青空の真ん中で、のほほんと太陽が微笑んでいる。

 彩るように散りばめられた雲がゆったりと流れる様子を見つめつつ、シャーリーは荷馬車に身体を揺らされていた。穏やかな時間が過ぎていく。

 身体を包み込む温かさが眠気を誘い、心地いい揺れもあってかシャーリーはウトウトとする。

 ドロシアはそんなシャーリーを微笑ましく思いながら、拠点に荷物を持ってきてくれたおじさんに話しかけた。


『ねぇ、おじさん。あとどのくらいでササラ集落に着くの?』

「あと二十分ぐらいだ。にしても、目的地が同じたぁー驚いた。もしかして運命共同体なのかねぇ、俺達は」


 荷馬車を運転するおじさんは楽しげに笑った。ドロシアはそんなおじさんの顔を見て、『あら、口説いてるの?』と茶化す。

 するとおじさんは豪快に笑い出した。どうやら相当面白かったらしく、額を押さえて笑っている。


「俺があと二十歳ぐらい若かったら嫁さんにしてたよ。にしても、お嬢ちゃん達がヤビコ山脈に向かうたぁーな。俺も仕事で用があったから、ホント運命を感じるぜ」

『それはよかったわね。にしても、結構忙しそうじゃない。こんなに荷物を積んで。あ、もしかして大きな取引があるのかしら?』


「いやいや、これはギルド支部に持ってく荷物だよ。なんでも今度、大規模な探索活動をするらしいぜ」

『へぇー、そうなの。私達には関係ないことかな』

「かもなー。っと、そろそろ見えてきたぜ」


 ドロシアがシャーリーの身体を揺らし、起こす。彼女は目を擦りながら顔を上げると、ドロシアに促され振り返った。

 目に入ってきたのはキラキラと光を反射させる湖に、大木を利用して作られた建物が並ぶ集落だ。温かな光が差し込むそれを見て、シャーリーは「わぁー」と声を溢す。


「きれいー」

「あれが〈ササラ集落〉だァ。ここで採れる果実はなかなかに美味くてな、それを使って作る酒は最高なんだ。甘い酒だが、いい感じに酔えて、そんで頭に残らない。贅沢をいえば塩辛いもんと合えばいいんだがなー」

『人の身体だったら飲みたかったわ。ま、元に戻ったら飲もうかしらね』

「それがいい。その時はお酌を頼むぜ」

『私は高いわよー』


 ゆっくり進む荷馬車は、ササラ集落へ入っていく。シャーリーは興味津々で村の中を見渡すが、何か妙な違和感を覚えた。

 なんだかとても静かだ。おじさんの話を聞く限り、こんなに静かな場所ではないと想像できる。

 その証拠におじさんが顔をしかめていた。


「おかしいな。いつもなら村人が出迎えてくれるんだが」

『そんな日もあるんじゃない? 大切な用事ができたとか』

「だとしても一人くらい出迎えてくれるだろ?」


 おじさんが頭を傾げながら茶化してくるドロシアに言葉を返す。シャーリーはそんな二人から視線を外し、何気なく建物の中を見つめた。


 そこは書斎のようで、たくさんの書物が本棚に並べられている。人らしい横顔があり、よく見るとそれは羽ペンを持つ石像だった。

 なんであんなところに石像が、と思っていると荷馬車が止まる。


「ちと様子を見てくる。待っててくれ」


 シャーリーはおじさんから視線を奥に移す。そこにはギルド支部と書かれた看板があり、ちょっと古めかしい建物があった。

 なんだかおかしい集落を見渡す。するとドロシアが声をかけてきた。


『シャーリー、ここちょっと嫌な感じがするわ』

「嫌な感じって?」

『空気が淀んでいる、っていえばいいかしら。そうね、これは表現するなら――』


 ドロシアが何かを言いかけたその時、建物からおじさんが飛び出し「大変だー!」と叫んだ。

 何ごとかと思いシャーリー達は振り返る。するとおじさんはシャーリーの腕を掴んだ。


「頼む! 一緒に来てくれ!」


 おじさんに引っ張られ、シャーリーはギルド支部へ入っていく。

 ドロシアも背中を追いかけていくと、そこには目を疑いたくなるような光景が広がっていた。


『これは――』

「何これ……」


 ギルド支部の受付ロビー。そこにはたくさんの彫刻があり、見た限り人の姿を模したものだ。

 ある者は受付を済ませてどこかに行こうとしており、ある者は書類に目を通している様子であり、その全てが先ほどまで生きていたかのような光景が広がっている。


 奇妙なそれを見つめていると、おじさんがこう叫んだ。


「た、頼む! 何とかしてくれ!」

「え? 突然どうしたんですか?」

「俺のダチ、いやみんな石になっちまってるんだ!」


 とんでもない言葉がおじさんから放たれる。理解できないシャーリーは、ただ呆然としていた。

 だが、ドロシアは違う。


『残念だけど、それは無理よ』

「無理、なのか……どうしても無理なのか!?」

『ええ。錬金術じゃあ解決できない』


 それは非情の言葉だ。シャーリーは思わず振り返ると、とても悔しそうな顔をしているドロシアの姿があった。

 ドロシアはわかっている。だからそんな結論を出していた。

 それに気づいたからこそ、シャーリーは彼女に訊ねる。


「どうして無理なの?」

『これは〈呪い〉よ。魔法があればすぐに解呪できるけど……』

「ホントに方法はないの?」

『原因を突き止めれば錬金術でも何とかなるかもしれない。だけど、情報がなさすぎる。見つけようにもこれじゃあどうしようもないわ』


 ドロシアの言葉におじさんの顔が険しくなる。


 どうしようもない状況。ヒントの欠片すら見つからない状況。

 そんな絶望的な状況で、シャーリーが二人にこう言葉をかける。


「みんなが呪われちゃったのかな?」

『おそらくね。だからどうしようも――』

「決めつけるのは早いよ。もしかしたら呪いを回避した人がいるかもしれないし」

『何を言ってるのよ。そんな人がいたらとっくに――』


「いや、いるかもしれねー!」


 シャーリーの言葉を受け、おじさんが立ち上がった。その顔は希望に満ちており、力強く足を踏み出し始める。

 シャーリー達は顔を見合わせた後、おじさんを追いかけた。


「あいつなら無事のはずだ! そうだ、そのはずだ!」


 おじさんは集落で一番小さい石造りの家の前に建つ。そして力いっぱいに何度も扉を叩く。

 まるで祈っているかのようにも見える姿でもあった。


「おい、ダルシオ! 無事なんだろ、出てこい!」


 おじさんは祈る。みんなを助けるために無事であったくれと祈る。

 何度も何度も叩き、祈った。その祈りを聞いた何かは、優しく微笑んだ。


「なんだよ、うるさいなぁ~」


 扉が開かれると甘ったるい声が放たれた。そこに立っていたのは、ピンクの寝間着に身を包んだ少年だ。

 見た限り、まだ若そうだ。しかし亜人なのか頭に猫のような獣耳があり、お尻には柔らかそうな長い尻尾があった。


「ダルシオォー! やっぱり無事だったかー!」

「うごぉ! なんだよいきなりぃ~。抱きつくなよぉ~!」

「よかった、よかったぜ!」


 おじさんは感激のあまりダルシオと呼んだ少年を抱きしめる。

 彼はとても迷惑そうにしていたが、無事を確認できたことで絶望的な状況が変化した。


『感動の再会を果たしているところ悪いけど、ちょっと聞いていいかしら?』


 ドロシアはダルシオに訊ね始める。それはこの集落で起きた出来事についてだ。


『みんな呪いで石化してるんだけど、あなたはどうやって逃れたの?』

「呪い? 石化?」

「お前以外、みんな石になっちまってるんだ。何が起きたがわからないか?」

「うーん、わかんにゃい。僕、寝てたし」


 思いもしない返答だった。だからおじさんは頭を抱える。

 シャーリーがそんなおじさんを見て、同情するように笑っているとドロシアは考え始めた。そしてすぐに結論を出し、シャーリーにこう告げる。


『原因がわかったわ。もしかしたらどうにかできるかも』

「どうにかできるの!?」

『ええ、ただ骨が折れるわよ』


 それは難しく危険だという意味が含まれる言葉だ。シャーリーはその意味を理解していない。

 それでも大変だということはわかる。だが、シャーリーは力強く頷いた。


「大丈夫、私にはドロシアさんがいるから!」


 シャーリーの返事を聞いたドロシアは微笑む。そしてその意志を尊重し、みんなを助けるために動き始めたのだった。

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