8:シャーリーが迷宮探索者になった理由
◆◆9◆◆
特殊な技術が詰め込まれた杖〈タクティカルロッド〉を手に入れたシャーリー。ドロシアは彼女のために現状の予算以内で購入できる装備を見繕っていた。
しかし、見て回る装備はどれもこれもちょっと防御力が心許ない。
見た限りただの布で作られたローブや少し厚い獣の革を貼り合わせたような鎧しかない状態だ。
いくらなんでもこれはひどい、と思いドロシアはアイザックに文句を言った。
『ねぇ、アンタ。いくらなんでもこの素材で五十プラント銅貨ってぼったくりじゃない?』
「失敬な。これでも現状で最も防御力がある材料を使っているんだぞ!」
『ただの布と獣の革にしか見えないけど? あ、もしかしてさっきの杖にお金を全部使っちゃった?』
「半分はそうだ! 確かに我が技術の全てとお金を注いでしまった!」
『アンタねぇ……』
「待て! もう半分を聞いてくれ。そうすれば私だけの問題でないと理解するはずだ!」
『じゃあ聞くけど、もう半分の理由はなんなの?』
促されたドロシアは、仕方なくアイザックに理由を訊ねる。
するとアイザックはメガネを光らせ、不気味に笑いながら顔を上げ、口を開いた。
「それはな、素材が我が発明部に回ってこないからだ!」
『当然じゃないの?』
「ああ、そうさ。どうしても回ってこないのさ! どんなに申請しても、どんなに頭を下げ頼み込んでも、素材の一欠片すらも回ってこないんだ! くそ、どうしてだ。なぜだ。私はこんなにも発明したいのに!」
『アンタに任せたら危険じゃない。だからでしょ?』
「おかげで売店勤務しなければならなくなったじゃないか! ああ、誰でもいい。私に研究させてくれ!」
アイザックは両手で頭を押さえ、天井を見上げながら絶叫していた。全く会話のキャッチボールをしない彼にドロシアは呆れる。
ひとまず人としてダメだからだな、と結論づけ、ドロシアは叫んでいるアイザックからシャーリーに視線を移した。
現在装着している服とあまり変わりない防御力だと確認する。
ドロシアは彼女の元へ戻り、『いいものがなかったわ』と告げた。
「えー、そうなの?」
『今あなたが着ている服と大差がない装備品ばかりだったわ。ま、これは全部あのメガネが悪いんだけどね』
「それなら今のままがいいかな。お金もったいないし」
『それがいいわ。ま、迷宮探索するにしても少し進んだ所まででいいでしょう』
「でもそれだとあまり貢献度が稼げないよぉー。私、早く五つ星になりたい!」
『死んだら元も子もないわよ。それにそんなに急がなくてもなれるわ。私がいるし』
「でもぉー……」
『そんなに急いで五つ星ってものになりたいの?』
「うん。すっごくなりたい!」
ドロシアはちょっと不思議に感じた。今まで過ごしてきて、ここまで明確にシャーリーが自分の意志を示したのは初めてだからだ。
だから少し興味を持つ。どうしてここまで彼女を駆り立てるのか気になり、ドロシアは深く掘り下げることにした。
『そうなの。なんでそこまでなりたいの?』
「お母さんみたいにカッコいい迷宮探索者になりたいから。お母さんってすごいんだよ! 素手でゴーレムを倒しちゃったことがあるんだから!」
『それはすごいわね。どんだけ強いの、あなたのお母さん?』
「よくわからないけどすっごいんだよ! 確か結婚する前はドラゴンを一人で追い払ったことがあるって言ってた」
『ヤバいわね、それ。私でも一人でドラゴン相手はキツいわ』
「ホントすっごいんだ。だから私、お母さんみたいになりたい。強くてカッコよくて、ちょっと怖いけど優しいお母さんみたいになりたいの!」
『なるほどねぇ。でもよくそんなお母さんに許してもらえたわね。迷宮探索者って、迷宮を探索するんでしょ? 危険がいっぱいじゃない。普通なら反対されるわ』
「お母さんには反対されてないよ。というか、いなかったし」
『いなかった?』
「うん。お母さん、何年も家に帰ってきてないんだ。だから心配で、それで迷宮探索者になって探そうって思ってね」
ドロシアはシャーリーの言葉を聞き、どうして迷宮探索者になったのかという理由を知る。
確かに最高位である五つ星になることは大きな目標だろう。だがそれ以上に、帰ってこない母親を見つけたいという思いがある。
だからシャーリーは家族の反対を押し切り、迷宮探索者となって母親を探しに来た。とても美しい理由だ。
しかし、世の中は厳しい。今はたまたま優しい人達に出会い、助けられているがもしそうでなければ路頭に迷っていただろう。
彼女の運のよさに感服しつつ、ドロシアはやれやれと頭(全体)を振った。
『仕方ないわね。これも何かの縁だし、手伝ってあげるわ』
「手伝うって、何を?」
『お母さんを探しているんでしょ? それを手伝ってあげる』
「いいの!?」
『いいわよ。あなたは危なっかしいし、それに私一人だけで活動するよりは利点が多いしね』
ドロシアはそう告げ、ガラスに映った自身の身体を確認した。
なぜか本の姿になっている自分。これは何が原因なのか、そしてどうすれば元に戻れるのか、と考えていた。
元に戻るにしても一人で活動するよりは誰かに協力してもらったほうがいい。
「ありがとう、ドロシアさん!」
そんな意図があるとは知らずに、シャーリーは喜ぶ。
ドロシアはそんな嬉しそうな笑顔を見て、ちょっと気恥ずかしそうに笑い返した。
ひとまず、装備の見繕いは終わる。二人はこのまま迷宮探索に向かおうとしたところでアネットに呼び止められた。
「シャーリーさん、迷宮探索に向かう前にギルドマスターに会ってください。お話があるそうです」
「ギルドマスターさんが? 私にお話って、なんだろう?」
ちょっと警戒心をシャーリーは抱く。何か失敗しちゃったかな、と思っているとアネットが優しく微笑んでこう告げた。
「頼みたいことがあるそうです。だから怒られたりはしませんよ」
シャーリーはちょっとだけ安心した。だが、ギルドの一番偉い人に会うことに変わりない。
ホッとしたのも束の間、今度は緊張感が襲ってくる。
ちょっとガチコチになり、「大丈夫かな大丈夫かな」と不安を言葉にしていた。
さすがのアネットもフォローしきれず、苦笑いを浮かべる。すると隣にいたドロシアがこんな言葉を言い放った。
『大丈夫よ。私が傍にいるから』
とても心強い言葉。
それを聞いたシャーリーは、すごく勇気づけられた。
「うん! ありがと、ドロシアさん!」
シャーリーは両手を力強く握り、拳を作る。
大きな勇気を得た彼女は、みんなと一緒にギルドマスターが待つ応接間に向かったのだった。
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