7:タクティカルロッド
◆◆8◆◆
ドロシアにポーションの作り方を教えてもらい、それを換金したシャーリーはギルド内にある売店を見て回っていた。
見た限り、どれもこれも目移りしてしまうような品ばかりだ。
だが、シャーリーは選ぶことができない。いや、選べないと表現すればいいだろうか。
パッと見た限り、どの品物がどんなメリットデメリットがあるのかわからない。
だから自分に合う装備や必要なアイテムもよくわからない状態でもあった。
「どれがいいんだろう? 目移りしちゃうなぁー」
『どれでもいいんじゃない、って言いたいけど真剣に考えないといけないか。そうね、まずは武器から選んでみたら?』
「武器? うーん、確かにそうかも。モンスターと戦うかもしれないし」
『なら杖はどう? 錬金術の役にも立つし、困ったら魔法で一掃できるし!』
ドロシアは楽しげに笑う。だが、シャーリーは頭を傾げる。
「ドロシアさん、魔法ってあの魔法だよね?」
『どうしたのよ? 魔法は魔法じゃない?』
「えっとね、私はなんだけど魔法使えないの」
『そうなの? 魔力なしはたまにいるからね。ならナイフとかがいいかも――」
「というか人は魔法使えないよ」
『は?』
シャーリーの言葉に、ドロシアは唖然としていた。何の冗談だ、と考えるがシャーリーは真剣な顔で見つめたままだ。
まさかと思いつつ、ドロシアは声を震わせて問いかける。
『な、何言ってるのよ? 魔法は使者か精霊と契約すれば行使できる力じゃない。それが使えないって――』
「ドロシアさんはどうかわからないけど、みんな魔法は使えないよ。使えたらとっても便利だと思うけど」
『嘘よ嘘よ! なんで魔法が使えなくなってるのよ! おかしいわ、私が眠ってる間に何があったのよ!』
「そんなこと言われても……とりあえず魔法は使えないから、杖は厳しいかも」
ドロシアは打ちひしがれた。なぜか本の姿になり、なぜか世界から魔法が消えた。なんだか心のよりどころを失った気分になる。
ガックリ肩を落とした(ように見える)ドロシアからシャーリーは視線を武器に移す。
立派な長剣に綺麗なナイフ、身丈よりも大きい槍に重そうな戦斧や棍棒などが目に入る。
どれもこれも扱えそうにない武器ばかりだ。やはりドロシアにオススメされた杖がいいのかな、と思い始めるがすぐにその考えは消えた。
確かに持ちやすそうなロッドはあるが、これでモンスターと戦えるのかと言われれば難しい。かといって他の武器を使える訳はない。
シャーリーは頬杖をついて悩む。
すると近くでアイテムの品出しをしていた男性が声をかけてきた。
「お悩みですか?」
振り返ると、花柄のサロンにビッシリした藍色のスーツを着た姿が目に入る。
キチンとした性格なのか髪は七三に分けられており、少し縁が太くて四角いメガネをかけていた。
真面目そうで、親切そうな男性だ。
シャーリーは声をかけられたこともあり、今どの武器を買って装備しようか考えていることを伝えた。
「ああ、武器選びしてるんですね。どちらをお求めで?」
「扱えそうな杖がいいんですけど、モンスターと戦わなきゃいけない時に困るかなって。でも他の武器は使えそうにないし」
「なら、〈タクティカルロッド〉はいかがでしょうか?」
「タクティカルロッド? なんですかそれ?」
シャーリーは少し興味を持ち、訊ねてみる。すると男性は一度咳払いし、しっかり背を伸ばして胸を張った。
一度右手でメガネの位置を整えると、男性は不気味に笑い始める。
それはまるで、壊れて狂ったオモチャのような不気味さだ。
「これは失敬。私は発明家〈アイザック〉と申します。これから我が発明品〈タクティカルロッド〉について説明させていただこう!」
「は、はぁ……」
「まずタクティカルロッドの先端! ここには魔石をセッティングできる構造となっています。セッティングした魔石に眠る力を解放し、様々な効果を発揮する驚異の杖なのです! まさに世紀の大発明! これがなんとビックリ価格〈四プラント銀貨〉でご提供! あ、ちなみに詳しいことは聞かないでください。わからな……いえ、機密事項がたくさんですから!」
シャーリーは発明家アイザックの口から放たれる怒濤の言葉の羅列に、目を点にしていた。そんなシャーリーを見た彼はどこか手応えがあるのか、満足げな表情を浮かべ笑っている。
「え、えっと」
「買いますか? 買いますよね!? 買っちゃいますよね!!」
期待に満ちた目で見られるシャーリーはちょっと引いていた。ここで無碍に断ればなんか怖いこと起きそう、と思ってしまうほどのプレッシャーを受ける。
とりあえず笑って誤魔化し、ドロシアに助けてもらおうとした。だが、いつも隣にいるはずの本の姿がない。
あれ、と思いながらシャーリーは周りを見て探す。するとドロシアはアイザックが持つタクティカルロッドを見つめていた。
『へぇー、あのシステムをこんな風に組み込んでいるのか。面白いわね』
「な、なんだこの本? もしや我が発明品の技術を盗みに来たスパイか!?」
『アンタ、うるさいからちょっと黙ってくれない?』
ドロシアは振り返り、シャーリーの元へ戻っていく。そして手持ちのお金を確認し、彼女にある提案をした。
それはシャーリーが考えもしていなかった提案だ。
『シャーリー、あの変な杖を買うわよ』
「えー! 買うの!?」
『あの杖なんだけど、擬似的に魔法に近い効果を発揮できる能力を持ってるわ。魔石によって効果が変わるなのがネックだけど、でもあれならどんなモンスターにも対抗できるわ』
「どんなモンスターにも、って例えば?」
『魔石次第だけど、ドラゴンと戦えるわ』
おおっ、とシャーリーは目を輝かせる。それほどの可能性を秘めているタクティカルロッドに彼女は魅力を感じた。
しかし、四プラント銀貨がかかる。
ポーションを売って得たお金は四プラント銀貨に十二プラント銅貨。タクティカルロッドを買ってしまえば防具を買う余裕がなくなってしまう。
シャーリーはちょっと悩む。悩みに悩んでいると、聞き覚えのある声が耳に飛び込んできた。
「あ、ここにいましたかシャーリーさん」
「アネットさん! どうしたんですか?」
「ギルドマスターがお呼びでして。今は装備を整えてるのですね」
「はい、そうなんですけどちょっと悩んでて……」
「あー、装備選びは大切ですからね。よろしければ手伝いましょうか?」
「えっと、買う物は決まってるんですけどお金がギリギリになっちゃって」
「四プラント銀貨を換金してましたよね? それだけあれば余裕で買えるはずですけど」
「それが、欲しい武器が四プラント銀貨かかるんですよ」
シャーリーの言葉を聞き、「えっ?」とアネットは驚いた。普通ならばそんなに高価な武器はオーダーメイド以外あり得ない。
疑問に感じ、アネットはシャーリーの向けている視線に合わせる。だがそこには誰もおらず、タクティカルロッドが無造作に転がっていた。
「あれ? アイザックさんどこ行ったんだろ?」
「アイザック? 今アイザックと言いましたか?」
「お知り合いですか?」
「ええ、とっても。ちょっと待っててくださいね。今見つけてきますから」
アネットはニコニコ笑いながら売店の奥へ向かう。どこか不気味な怖さがあったが、シャーリーは気のせいだと思うことにした。
アネットが売店の奥に消えてから数分後、ドタンバタンと大きな音が響き渡る。
シャーリーとドロシアはちょっと心配になりながら待ち続けた。
「いででで! 悪かった、悪かったよ!」
「いいえ許しません! あなたは徹底的に懲らしめないとまたやりますからね!」
「もうしないから! 正規の値段で売るから! 許してくれよぉ」
大声が放たれた後、アネットがニコニコ笑いながら戻ってきた。その手にはタクティカルロッドがあり、それをシャーリーに手渡す。
ポカンとした顔で手渡された物を見つめていると、アネットがこんなことを言い放った。
「一プラント銀貨にまけてくれるそうですよ」
「え? いいんですか?」
「はい。ちゃんと懲らしめ、説得したらいいと言ってくれました」
シャーリーは無邪気に「わーい」と手を上げ喜んだ。しかし、ドロシアは違う感情を抱く。
『彼女は怒らせないほうがいいわね』
ドロシアはアネットに恐ろしさを抱きつつ、喜んでいるシャーリーに視線を移す。純粋に喜んでいる彼女を微笑ましく思いながら本は防具の選定をし始めた。
これから始める迷宮探索で彼女が困らないように、と。
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