宇宙船地球号2021 R2

第1話 001 宇宙船地球号2021(1)

 コールドスリープから覚めた俺は、カプセルから身を乗り出して、無機質な地へと足をつけた。

 すぐ近くにあるハンガーに掛かったつなぎタイプの宇宙船地球号日本支部乗組員用の制服を手に取り腕と足を通した後、ゆっくりと立ち上がった。カプセルのガルウイング型ドアが閉じられたことを確認する。次に周囲を軽く見渡した。


 広大な敷地にいくつもの同型タイプのカプセルが並んでいた。コールドスリープに入る前と何も変わりはない。それぞれのカプセルの中には知らない顔の人間の姿があった。前回俺が目覚めた時とまったく同じ状況だ。


 区画整理された通路の内の一本へと足を踏み出した。

 遠くの方に出口が見える。天井は若干薄暗い。開けた両端の壁のところどころに薄緑の蛍光灯がついている。俺はその中を歩き出した。


 周囲は、しん、と静まり返り、何の音もしない。

 その中を俺はまた一歩、また一歩と歩を進める。

 巨大なドーム型の空間に俺の足音だけが鳴り響く。


 ドアの前に立った。次に一歩窪んだ床へと足を踏み入れる。

 すると、待つ時間もなくそのドアは自動的に開いた。


 目の前には横長いガラス窓。そこからは広大な宇宙空間が見える。何も変わり映えしない。俺はそう思った。


 身体を左側へとやる。視線の先には奥の壁が見えない程の長い通路。俺はその中へと飛び出した。

 ふわりと浮き上がる。そのまま備え付けの手すりを掴み、前へと身をもっていった。


 宇宙空間に点在する小さな星々の灯りが、薄暗い通路と先へと進む俺を照らしている。

 窓の外に少し目をやってみると、光と闇、何もかもが固定化された世界。じっと見つめると、自分の身体が吸い込まれていきそうな錯覚に陥りそうだ。


 しばらく道なりに行くと、眩い灯りが漏れているドアが見えてきた。

 今日から俺が仕事をする部屋だ。前回も同じ部屋で知らない顔数人と作業を行った。

 場所は頭の中にある位置と同じ。コールドスリープで長期間眠っていたが、どうやら記憶にまったく障害はないようだ。


 ドアの右側にあるスイッチを押した。すっと、そのドアが開く。

 目の前には巨大なテーブル。数人がその上でノートパソコンを開き作業を行っている。パチパチとキーボードを叩く音が微かに聞こえた。

 今回は周囲を見渡すこともなく、俺はそのまま身体を部屋へと入れた。床に降り立つと、すぐ一番手前にあった椅子へと座り込んだ。


 パタ、とキーボードを打つ音が止まった。

 それは俺が目の前にあるノートパソコンを開こうとした時のことだった。

 何事かと思い俺は視線を前にやった。


 先ほどまで作業を行っていた全員がその手を止めている。

 彼らの視点は何故か俺がいる方角一点に定まっていた。彼らの表情は一様に驚きを隠せないといった感じだった。


 俺は首を捻った。

 この場にいる全員と同じ服装をしている俺に彼らの注目を集めるような要素があるとは思えない。また、席の配置なども決まっていないのだから、俺が座っている場所は問題になるはずもない。顔や体はコールドスリープ時にカプセルの中で洗浄されているのでかなり清潔なはずだ。


 なのに、何故彼らは頬を硬直させて俺を見ているのだろうか。


 そこまで考えた時だった。ガタン、という音が俺の背後で鳴った。

 彼らの視線は俺から若干外れ、その音がした方角へと向いた。つられるように俺は自らの背後へと振り返った。


 死体――


 一目見てそうわかった。

 うつろな目をした男が宇宙服を身に纏い、先ほどまで俺がいた通路の中を漂っていた。


 ヘルメットのガラスから見える顔は血だらけで、生気を失っているどころかやや血色の良いミイラと表現した方が良い感じだった。また、男が着込んでいた宇宙服はサイバーテクノロジーによる全機能が停止しており、それを示す箇所が黒に染まっていた。


 密閉されている宇宙服がその機能を停止したら、酸素すら供給されないはずだ。

 それらの事から鑑みても、その男が死んでいると考えてまず間違いなかった。


 また、ガタン、と音が鳴る。

 その男の左手が自動ドアに挟まったのだ。先刻の音の原因はこれであることは明白だ。

 ドアが反動で横にスライドし腕が外れると、男はまた通路の中を漂って俺の目の前から消えていった。


 再びドアが閉まる。

 誰も言葉を発しない。

 何が起こったのかもわからないのだから、それは当然の反応だった。


 突如としてサイレンの音がけたたましく鳴った。

 非常灯に切り替わったのか、天井から赤い光が俺や他作業員の身に降り注いだ。

 次の瞬間大きく部屋が揺れ、俺の身体は斜めに傾いた。咄嗟に地面へと手をつき転ぶことを避けたが、まだその揺れは続いている。


 アナウンスが何も流れないので今もって状況は不明だ。

 だが、程なくしてそのサイレンは止んだ。

 そして、身の毛がよだつほど大きかった揺れも少しずつ緩やかになり、最終的にその振動はおさまった。続くかのように室内は、非常灯から元の明るい光へと切り替わった。


 それを待っていたかのように、しゃがみ込んでいた俺を含めた全員が、ゆっくりと立ち上がる。


「何? 何が起こったの?」

 ここでようやく、目の前にいた女が声を発した。その質問は俺に向けられたものだったが、この状況下で何が起こっているのかなど誰にもわかるはずもない。


 俺は静かに首を横に振った。

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