其の五 俺、スカウトされる。

 正直な話、自分の中では天狗と女のイメージが結びついていなかったから、妖怪と言う生命体の何でもあり感を思い知らされた。

 『天狗』イコール『男』、みたいなイメージがあったから、勘違いしそうになった。

 とはいえ、この人、大きな葉っぱみたいなものに目の穴を空けたような仮面のような物を付けているから、偶々体つきが女性らしく偶々服装がフェミニンで偶々声色が女っぽいだけ、という可能性もないわけではない。

 まあ、呼び方はこの人でいいか。

 この人は何者なんだろうか、なぜ俺のことを見ていたのか、なぜ顔を隠しているのか、エトセトラえとせとら………

 隣で呆けているビズは一旦置いといて。

 疑問は沢山あるが、まずは名前を聞いてみようか。


「あの、あなたは?」

「う~ん? 私? 私は、<天狗>の『シンミ』っていうよ~………でも、人に名前を聞く時は、自分から名乗るもんじゃな~い~?」

「すみません。俺は<白九尾>の『トロン』て言います。いくつか質問しても良いでしょう───」

「あー、やめてやめて、敬語なんて。私そーいうの柄じゃないからさ、もーっと砕けた感じで良いよ~」

「………そうですか」


 こちらとしては、初対面の人にいきなり『もっと砕けた感じで』と言われても困るんだけども。

 あ、因みに今後は妖怪の事も〈人〉と表現する事がありますので、どうかお気になさらず。


「じゃあ、シンミ、いくつか質問しても良いか?」

「もっちろん~。キミとはこれから長い付き合いになりそうだからね~」

「じゃあまず一つ目。君は何者なんだ?」

「アタシはね~………あれ? これって今言っても良かったんだっけな~………」


 なんか小声で喋っているな。

 人には一つや二つくらい、他人に踏み込まれたく無い事があるからな、答えたく無いなら別に良いさ。


「答えにくいなら、無理に答えなくても。じゃあ、質問を変える。君はなぜ俺を見ていたんだ?」

「それはだね~。キミの才能と言うか、素質? を調査してこいって上の指示だったからね~。うちの組織はいつも大変なのさぁ~」


 たぶん、今の『組織』発言がさっき悩んでいた事だと思うけど、それはいったん置いといて。


「俺の才能? と言うか、どうして俺を?」


 と聞いた。実際、本当に疑問だった。

 なぜ俺は狙われているのか。

 どこに狙われているのか。

 どのように狙ってくるのか。

 それを知らなければ、いざという時に自分の身を守れない。

 この問いは、俺にとって非常に重要な質問だった。


「ああ~、まあ気になるよね~………実はさ、最近うちの組織が人手不足なんだ~。で、それを解消しようと、新しく『転生』してきた子に組織に入ってもらおうってことで~、こうしてこの超優秀なアタシなんかが監視役として派遣されて来たって訳~。にしてもさ~、上からの命令とはいえ雑用ってキツいよねホント~」

「ついでに雑用って言い放たれた俺の気持ちも考えてくれないか?」


 俺の始業式の日が月曜だったから、今日は火曜になるのか。

 ほーん、この人も色々と大変なんだな。

 ………って、そうじゃなくて。

 何? 今、『転生』って言った? この世界の人って、『転生』の事知ってるのか?

 そう思い、俺はたずねてみた。


「あの………今、もしかして『転生』って言ったか?」


 すると、シンミさんは、


「え?………ああっ!」


 と、おおよそ女性らしからぬ、いやお淑やかではない素っ頓狂な声をあげて、頭を抱えだした。

 俺もうすうす感じていたのだ、そもそも転生が与太話だとされていたり転生した者を狙う何者かがいたり、何らかの事情があってこの質問には答えられないのではないかと。

 俺としては完全にダメ元の質問だったので答えられないなら別にいいのだが、ある意味この反応が聞いてはいけない事を聞いた事を雄弁に語っていた。


「あの………聞き間違いでした? もしそうなら、さっきの奇行の理由を聞かせてもらえます?」


 と、わざと敬語を使って、相手がそれに気付く余裕があるかどうかを見てみようとしたのだが。

 ビズが『転生』云々の話を聞いていたら面倒ごとになる予感がしたので様子を伺うが、いつの間にやらビズの姿が見えなくなっていた。

 あれだけ派手な服装をしているんだ、通常なら見つかりそうなものだが。

 シンミさんは、がばっと顔を上げる。


「ええい! もう隠してもむだなようだな! 良いだろう。教えてやるさ!」


 カッ! とキリッとした顔を作った。

 と思えば、はっ! と言いながら木の枝から飛び降りて来る。

 別に飛び降りなくとも、背中の翼で飛べば良いのではなかろうか。

 ………吹っ切れたのかな、後で自分で言っていたの人に怒られないと良いな。

 あぁ、一応言っておくとそこで『この人は自分の服装をまっっったく考えていなかったらしいなぁ』と思った。

 はいはい。俺は見ませんでした。

 赤のレースなんて見ませんでした。




 俺がなんとか今の光景を海馬に刻み込もうとしている内に、着地に成功したようで。


「アタシの事がそんなに知りたいか、そうかそうか。ならば教えてやろう!」

「いや、そうは言ってないし俺が知りたいのは『あなた』ってよりも『あなたのバックにある組織』なんだけ───」

「そんなに知りたいのなら、教えてやろう!」


 今の俺に発言権は認められないようだ。

 シンミさんはやたらと格好付けたフォームで葉っぱの仮面を取って捨てた。

練習している事がよく分かる程の格好良さだった、恐らくこの人はニチアサが好き、という勝手な判断。

 顔はかわいい系って言うよりもやや吊り気味の知性を感じる瞳をはじめ美しい系で、流石に予想通り女性であるようだ。

 その整った顔にしばし目を奪われていたところシンミさんはこう切り出した。


「アタシの所属する『組織』、その名は『ファースト』。所属するメンバー、数は妖怪と人間で同じくらいかなー。で、何をしている組織なのかと言うとだなー」

「何をしている組織なのかと言うと………?」


 ごくり、と生唾を飲み込む。


「言うとだな………………」

「言うとだな?」


 再びごくり、と生唾を飲み込む。


「言うとだな………………………………」

「言うと?」

「言うとだ───」

「もういいよ! どんだけ引っ張る気だお前は!」


 すると、


「ははは~、ようやく砕けてきたね~。そーそ~。そういう感じで良いよ~」


 この人、まさか俺をリラックスさせる為だけに今の行動を?

確かに口調は気を付けて気安めにしていたし、今のが心からの叫びだってのは間違いない。

 ………悪い人ではないんだろうけど………いかんせんやりづらい。

 俺はあまり人と関わる事があまり得意では無いのだ。

 嫌い、と言う訳では無いが、俺は周りに合わせるのがとてつもなく苦手だ。

 他の要因もあるが、おそらくはこの要因が大きくて前世では友達と言うものが出来なかったと思っているのだ。

べ、別に欲しかった訳じゃないからな? そこんとこ、勘違いすんなよ?

 ………今でもそれは変わらないから、いまだに人とすれ違う時に顔をそらしてしまう。

 その点、ビズはそういうの考えなくても良いような気がするから平気で、奏は女子高生ではあるものの、外見が『女子高生』と言うよりいいとこ『女子中学生』って感じだから平気。

 流石の俺も女子中学生に対しては気を遣わなくても大丈夫だし、そもそもどこか波長が合う感覚があった。

 けどこの人は、女らしい体つきをしており、口調もどことなく馴れ馴れしい。

 俺がかなり苦手としているタイプの人だが、この人はなんとなく大丈夫だ。

 なぜかは分からんが、悪い人では無いと俺の勘が言っている。

 とりあえず、返事をせねば。


「で、だな。結局何をしている組織なんだ?」

「んーとね~。ウチは~、逃げ出した犬を捜したり、浮気現場を押さえたりする組織だね~」


 ………それってつまり………


「つまり、『探偵事務所』って事か?」

「まぁ、そうだけど。『組織』って呼んだほーがカッコいいだろ~?」


 見た目の割に男っぽいんだな、シンミさんって。

ニチアサの件はあながち間違いでもないのかもしれない。

 で、なぜ俺が『転生』してきた事を知っていたのか、だ。


「探偵事務所で働いてんのは分かったけど………結局なぜに『転生』の事を知ってたんだ?」

「んーとね~、ウチらの事務所の所長で『西園寺一之助』ってのが居るんだけどね~。所長は<気配察知>の術使いなんだよね~」

「ちょい待ち。『術使い』ってのはなんぞや」

「あれ、知らない~? じゃあ、このアタシが教えてやるよ~。いいかい? まず術使いって言うのはね~………」


 シンミさんの説明によると、人間にも『妖術的なもの』は使えるらしいのだ。

 けど、俺の妖術みたいに攻撃的なものは使えないらしい。

 自分の能力を上げたり、相手の能力を下げたり、珍しいものだと<変身>なんてのもあるらしい。

 しかし、個人個人に適性があり、また、一人が使えるのは一つだけ、などと制限があるものの、妖術に対抗する手段の一つとして考えられている。

 この『妖術的なもの』の事を、一般的には『術』と言い、術を使える人の事を『術使い』と言うらしい。

 強力な術を使える術使いは、軍隊や警察などのさまざまな場所に引っ張りだことの事。

 奏も術使いだったりするのだろうか。まぁ、本人に聞かん事には分からんが。

 まぁ、そんな訳で、一之助さんの術は<気配察知>らしい。そしてその範囲は、およそこの街をすっぽりと覆うくらいはあるそうだ。

 一之助さんは事務所の人員不足に困ったあげく、新しく現れた気配を察知して、スカウトをする事にしたそうな。

 ちなみに、『転生』の事は、一般的には知られておらず、一部の有権者の間でささやかれておったそうな。

 一之助さんは最初は半信半疑だったものの、術を使ってみて、確信したそうな。



 はい、そんなこんなで、俺が目を付けられ、スカウトをされているといったわけだ。

 探偵かぁ、ちょっと面白そうな響きがするな。

 ま、ビズの仕事を聞いてなかったから、ゆっくり考えてから決めると答えた。

 シンミさんと結んでおいて、いつでも連絡出来るようにしておいて、と。

 シンミさんに別れを告げてから、ビズと実験を開始した。

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