第36話 嬉しいな嬉しいな

 それから夏休みが終わるまで、僕らは毎晩会った。

「ありがとう、面白かったよ」

 スミは格子窓からマンガ本を差し出す。

 この前買った『ライジングサン』の最終巻だ。スミが続きを気にしていたので貸していた。


「本当に面白かったか。僕はラストが微妙だと思ったんだけど」

「そうかな。私は良いと思ったよ。みんなを守るために自分を犠牲にするなんて、普通なら出来ないもん。感動しちゃったなあ」

 スミの感想を聞きながら、僕は土壁にもたれて腕組みする。

「でも主人公が死ぬのは嫌だよ」

「あ、私もそれは思った。みんなを守るのは素晴らしいけど、死んだらダメだよね。残された人達は悲しむしかないから」

 そこは意見が合った。僕らは格子越しに見詰め合って、誤魔化すように苦笑して目を逸らす。


 物置小屋の外へ連れ出すなんて無茶はあれ以来やっていないけれど、僕らは前よりも少し親密な関係になっていたような気がする。

 誰にも見つからないように朝日を見に行った思い出。

 それが二人だけの秘密になって僕らを繋いでいた。神社の鳥居の下で、僕はスミを抱き締めた。

 今考えると、僕のどこにあんな勇気があったのだろうか。

 勇気、か。きっとそれならスミがくれたんだろう。


「タイチ君。もう一回こっち向いて」

「な、なんでだよぅ……」

「今日もタイチ君に会えた。その記念によーく顔を見たいから」


 スミを前にすると身体の奥がむずむずする。

 これって何ていう気持ちなんだろう。嬉しいとも違うし、楽しいとも違う、悔しいの親戚かもしれない。

 どうなっているんだ、僕の胸の中は。

「スミは何言ってんのかよく分かんないな」

 きっとこれが僕の初恋なんだろう。

「やった、タイチ君に名前を呼んでもらえた。嬉しいな嬉しいな」


 でも初恋は実らないって誰かが言っていた気がする。

 何を言っているんだ。僕とスミはこんなにも仲が良いし、スミは僕に大好きと言ってくれたんだぞ。

 僕とスミが上手くいかないだなんて、そんな馬鹿な事ある訳ない。


 でも本当にそうだった。

 夏休みが終わった秋の始まり、スミは死んだ。

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