第6話 テンプル騎士団

 だが……テンプル騎士団の最大の特徴はその軍事力ではなかった。キリスト教世界で蔑視べっしされていたが故に発展しなかった金融業において、独自の発展をとげ国際的な金融システムを作り運営したのだ。それはもはや銀行といっていいレベルだった。1190年に発表されたフランス王フィリップ2世の遺言により騎士団は国の財産管理を任せられることになった。


 テンプル騎士団の栄華は、その後もルイ9世、フィリップ3世、フィリップ4世の時代まで100年以上続いた。――1307年、テンプル騎士団の栄華は唐突に終焉を迎える。フィリップ4世がテンプル騎士団のメンバーを一斉に逮捕したのだ。騎士団は異端者とされ資産は全て没収された。1312年、教皇クレメンス5世が騎士団の禁止を決定しその歴史は幕を閉じる。


 実はオカルト、都市伝説、陰謀論が大好きな俺はその手の書籍、ネット情報を集めて読み漁っていた。金融業界にもさまざまな陰謀論がありそれらもいろいろ調べていたのだが、それはまたの機会にしよう。とにかくこのピンチにその知識を利用してみようと思ったのだ。


「奴らは異端者の集団としてフィリップ王に処罰されたのだろう? だが昔の話だ。今の余に役立つのかね?」


 目を細めながら王太子は言った。知ってはいるがそれほど興味があるとは思えない答えだ。だが王太子はいつもこんな感じなのだ。


「確か陛下の領内にある城のひとつ、シノン城にテンプル騎士団ゆかりの場所があるのでしたね?」


「ああ、クードレイの塔のことか。あそこの地下室にテンプル騎士団総長のジャック・ド・モレーが捕えられていたのだ」


 クードレイの塔にはこの後、ジャンヌ・ダルクも滞在することになる。だが、ジャック・ド・モレーとは違い客人として最上階に泊まったのだが。それにしても興味ないふりをしている割によく知っているじゃないか?


「ジャックさんはその後どうなったのですか?」


 突然、アイヒが口を挟んできた。興味があるんだろうか?


 王太子は眉をひそめて、陰鬱な表情になった。質問されたことに対してではなく、その答える内容を思ってだろう。


「処刑されたよ。火あぶりでね……。それ以来あの地下室からは時々声が……」


 何だか怪談を語る時のようなおどろおどろしい言い方だった。


「ひっ!」


 アイヒが小さく悲鳴を上げた。顔色が青くなっている。火刑になったジャンヌと重なってしまったのか。


「陛下、あまり怖がらせないでください」


 マリー妃が王太子を睨みつけた。


「うっ、す、すまん。そんなつもりはなかったのだ。アイヒヘルン殿、許してくれ」


「い、いえ大丈夫です」


 アイヒは無理やりひきつった笑顔を浮かべた。


 よし、今だ!


「テンプル騎士団が残した巨額の財産は聖ヨハネ騎士団へ引き継がれたと言われていますが、その額は明らかに少なかったと言われています。私は隠し財産があったのではないかと考えています」


「確かにそんな噂を聞いたことはあるが、単なる噂であろう」


 相変わらずのネガティブ反応だが、ここで引いてはいけない。


「それだけではありません。プランBもあるんです。イタリアのサン・ジョルジョ銀行をご存知ですか?」


「ジェノバ共和国を牛耳っている金貸しのことか?」


「おっしゃる通り、ジェノバ共和国の国家財政を独占しているのは彼らです」


 王太子は再び眉根を寄せた。


「テンプル騎士団といい、サン・ジョルジョといい、忌々いまいましい奴らだ」


「彼らから融資を受けるのです」


「なんだと!」


 王太子は目を見開いた。さすがにこの提案は予想外だったようだ。


 サン・ジョルジョ銀行は、世界最古の認可された銀行だ。金融の歴史を学ぶなら必ず出てくる名前なのだが、そうでなければ目にすることはなかなかない名前だろう。探検家として有名なクリストファー・コロンブス、アラゴン王フェルナンド2世、カスティーリャ女王イサベル1世、神聖ローマ皇帝カール5世に巨額の貸し出しをしたことで有名なのだ。


「ふうー、ルグラン殿。貴公の話は私の理解を超えておる。貴公はそのような奇想天外な話をする男であったかな? 人が変わったようだ。貴公の本当の目的はなんだ?」


 うぐっ、俺が転生する前のレオ・ルグランと性格のギャップがありすぎたようだ。王太子は不信感を持っている。どうする? 熱意で押し切るか? 次のプランCを持ち出すか? 額に冷たい汗がにじむ。


 俺は王太子の目をまっすぐ見ながら口を開いた。


「――参りましたね。陛下。実をいうと私は武術はからきしダメなのです。おまけに軍事関係の才能はないときている。陛下のご相談に従ってノルマンディーに行けば生きて帰ってくる可能性は少ないでしょう。何とかお断りしようと思い策を捻り出したのですが。陛下には通じないようだ」


 白旗を上げた俺を目を細めて見つめる王太子。やがて口の端が持ち上がると「フフフッ」と意地悪な笑い声を発した。


「ルグラン殿。貴公があくまでも先ほどの策を使って余を説得するつもりならば、余は貴公にフランス軍の一員としてノルマンディーへ行くことを命ずるつもりだったのだ。だが、貴公はやはり余の知っている誠実なルグラン殿であった」


「私を試したのですか?」


 王太子は肩をすくめた。


「悪く思わんでくれ。余はこれでもフランスの王であるのだからな。疑り深い、小心者というそしりは甘んじて受けるつもりだ」


 あぶねーっ。本当にノルマンディーへ送られるところだったぞ。まあいい、結果オーライだろう。俺には座右の銘がある。それは「正直は最良の策」というものだ。嘘やごまかしで相手を説得しようとしてもなかなかうまく行かない。真実を語るときにその言葉は相手の心に届くのだ。


 まあ、これは投資銀行のセールスで何度も失敗して、経験から身につけた言葉でもあるんだけどな。だが、王太子はだだネガティブなだけじゃない。ネガティブな言葉を相手にぶつけることで冷静に反応を確かめている。後世の歴史で語られる、ジャンヌ・ダルクを見捨てた冷酷で計算高く優柔不断な王という評価とは少し違うものを俺は感じた。


「ルグラン様、アイヒヘルン様。喉が渇いたでしょう? ワインをお持ちしましょう」


 張り詰めた空気を和ませようと思ったのだろう。マリー妃が使用人に命じてワインとパンを持って来させた。それからはワインを飲みながらたわいの無い話が続いた。


「お妃様の帽子素敵ですね」


「アイヒヘルン様の帽子もかわいいわ」


 マリー妃とアイヒがお互いのエナン帽を褒めあって、ウフフ、キャハハとなっている。さあそろそろ帰ろうかという時になって王太子が言った。


「ルグラン殿、テンプル騎士団の財宝とサン・ジョルジョ銀行の話なのだが。貴公のことだ全く見込みの無い話というわけではないのだろう。ブールジュ市長の娘と結婚したジャック・クールという男がその手の話に詳しいと聞いている。一度会って相談してもらっていいだろうか?」


「わかりました。やってみましょう」


 俺はもちろん、即答した。


 ジャック・クール。最初の資本家。そもそも資本とは何か? 企業が生産活動を行う際に必要な3つの要素、土地・労働・資本のうちのひとつ。具体的には建物や設備(物的資本)、金銭や株式(金銭資本)がそれにあたる。資本家は企業にそれらの資本を提供して、企業は労働者を雇って商品やサービスを製造販売してお金を儲ける、その儲けたお金の一部を資本家が配当として受け取る。


 そんなの当たり前だろ、と思うだろうか? そんなことはない。この現代では当たり前と思われるシステムが確立するのは、今の俺、レオ・ルグランがいる15世紀からさらに400年も先、19世紀も半ばになってからなのだ。

 

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