出発は真夜中に

 ソラ君、リコットちゃんによってもたらされた、檸檬硝子レモンガラスが自生している、と記された場所。


 それは私たちの住む王都から伸びる街道をずっと進んだ、峠道が走る山のふもと、「精霊の森」と称されるところだった。


 地図で見たその場所へは、簡単に行ける距離ではない……。

 この間行った檸檬硝子の菜園なんて目と鼻の先。


 森はずっとずっと遠く、陸路はおろかほうきまたがって飛んだとしても、往復で七日……それ以上か。


 二人が計画プランを提示してくれたけれど……失敗することばかり考えてしまい、私は尻込みしていた。

 行こうと前向きに考えられず、何日も何日もずっともじもじする日が続いた。



 よぎる不安。



 七日なんて、そんな長い距離を行けるのか、私たち子供だけで。

 途中で魔物や野盗に襲われるのではないか。


 この間の菜園でも、ヒポグリフが農地を荒らす魔物だと勘違いされて敵意を向けられ、怖い思いをしたばかりだ。

 それに、本当にそこにるのか――。


 私は決断を恐れ、いつも迷ってしまう。


 そんな私のことを、二人は急かすことなく待ってくれていた。

 親に従い勉強している姿勢を見せなくてはならないから放課後に一緒に遊ぶことはできなかったけれど、学園への通学中や昼休みなど、事あるごとに私を見つけては声を掛けてくれていた。


 七日の旅をできるか分からない、でも……。


 二人が――ソラ君とリコットちゃんがいるなら、やってみたいと思った。

 一緒なら怖いことも苦しいことも乗り越えられるかもしれないって。


 それに、おばあちゃんの為だったら、もしかしてお父さんもお母さんも理解して送り出してくれるかもしれない……。


 病気が一向に良くならないおばあちゃん。

 想い出の檸檬硝子のお茶を飲むことが出来たら、少しは元気が出るかもしれないもの。

 だから、僅かな期待にかけて探しに行くのをお父さんもお母さんもきっと応援してくれるよね……?


 そんな私の淡い期待は、両親に話を切り出した時点で見るも無残に砕け散った。



「泊りがけで旅行に行くなんて、何を言っているの? 成績が落ちたばかりじゃない。オークルオードが安定して好成績を取り続けることが、おばあちゃんの安心に繋がるのよ」


「遊び惚けた結果起きたことに、全く反省しておらんのだな。夏休みは毎日補習ができるように先生方の予定はもう組んでもらっておる」



 母に、父に。頭ごなしに否定された。


 勉強は一度失敗したから今こうして頑張っているのに。

 おばあちゃんが私の高成績を望んでるなんて、普段見舞いに行かない両親あなたたちがどうして言えるのか。


 病に臥せっているおばあちゃんを利用しているだけだ。

 反論したかったけど、私の話はそれ以上聞いてもらえなかった。


 だから、私は……。



 ◇



 それは、学園が夏休みに入った初日の夜更け。

 私は『檸檬硝子を探してきます』と書き置きを残し、誰にも気づかれないように二階の自室の窓から箒で飛び立った。

 両親や家の者たちが『檸檬硝子』と聞いてピンと来るかどうかは知らない。


 リコットちゃんの牧場で待ち合わせておいた。


 荷積みしているソラ君、リコットちゃん、ヒポグリフと合流し、檸檬硝子が自生するという精霊の森に向かうのだ。

 空から降り立つ私を二人と一頭が迎えてくれる。

 手持ちの灯りランタンを持ったリコットちゃんが私を照らす。



「えへへ~。オークルオードちゃん無事に出てこられて良かったのです~」



 だらしのない、緩み切った顔で私を見る。

 私もそんな表情で返したいけど、顔がうまく動いてくれなかったので、ついそっぽを向いてつれないことを言ってしまう。



「毎晩勉強しながら家の皆の動きを探っていたのよ」


「さすがだね」



 三人で笑いあう。

 鳴き声で参加するヒポグリフ。



「あなたも……久しぶりね」



 いかにも構ってほしそうに突き出してきたヒポグリフの頭を撫でると、ヒポグリフも喜んでくれたのか目を細めてもう一啼き。


 前回出かけたときは彼の背中に乗せてもらったけれど、今回は長旅だから私が乗る代わりにたくさんの荷物を背負ってもらっている。

 ……頼りにしてるわ。

 求められるがままに羽毛でふさふさの胴体を両手でたっぷりと撫でまわした。



「じゃあ、そろそろ行こうか」



 荷物の再確認をし、リコットちゃんはおうちの人に出発を告げに行き戻ってきた。

 リコットちゃんの弟フィグ君も付いてきたかったみたいだけれど、運悪く風邪ひいて寝込んでいるそう。

 ……残念ね。箒の後ろに乗せてあげてもよかったのに……。


 私はソラ君と同じく箒に跨って。

 この日のために、たくさん練習したんだから。


 きっと大丈夫、飛べる。


 夜中に出発するのは、人目に付きにくいから。

 昼間はどうしたって見つかりやすい。


 万が一見つかって連れ戻されては元も子もないから、多少の危険を冒してでも見張りの少ない夜のうちにできるだけ街から離れておきたい、という提案には賛成だった。

 ひっそりと街から出る道程ルートはリコットちゃんのお父さんが教えてくれたそう。


 お礼の挨拶も無いまま、私たちは発つ。


 牧場を囲う森を徒歩で抜け、空が開けたところで空へと上がる。

 最初にソラ君が飛び、周囲を警戒してくれる。

 続いてリコットちゃんを乗せ大荷物を積んだヒポグリフも、助走をつけると重量をものともせず飛び立った。


 最後に私も、箒をまたいで魔力を込めると、ゆっくりと上昇した。


 ソラ君の平気だという合図を確認し、軌道に乗り徐々に加速していく。



 待っててね、おばあちゃん。



 ……ソラ君はいつも箒にまたがらず横乗りしてるけど、あれってバランス取りにくいのよね。


 彼は一体どんな訓練したのかしら……。



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