始末書に変えて
『この度、メリナ・213・レプオルモが囚人たちに植え付けた思想によって、冬眠中のコミュニティを全滅させたことにより、作戦の進行を数百年単位で遅らせたことをこの場を借りて謝罪いたします。
これはひとえに部下の管理が甘かったという、私の過失に当たります。事故の一番の原因は、メリナシリーズが私に向かって大きな欲望を向けさる個体を選んだことに起因します。213が生み出される前にかなりの彼女を処分しました。数百年単位での任務続行に当たり、上司への信頼が強い個体の厳選は必須といえました。時には信頼以外の感情も必要と考え、あらゆる手段を講じてきました。友情、崇拝、尊敬、愛情、嫉妬や嘲笑。それらすべてが部下との関係性構築に重要な要素であると考え、時には過剰な欲望もまた大きな力になるのです。
第二に、やはり私自身もまた部下からの欲望を求めていたところがあったことは否めません。これは自身の無能さの謝罪ですが、誰かから大きな感情を向けられるのは悪いものではなかったです。メリナシリーズは任務開始時から付き添っている重要な協力者でした。ですから私は彼女たちに愛情のようなものを感じ、さらにそれに見合うだけの愛情を欲しました、彼女たちは意識を持たないからこそ、より分かりやすい強い感情というものを求めているのかもしれません。しかし食欲のほうが増加される個体が出てくるのは誤算でした。
それがこのような結果を招いたことに後悔しています。
速やかに213個体を処分し、住民から
32は始末書を添削ソフトに入れる。『感情的過ぎる』『意味のない自分語り』『詩的すぎる』『クソポエム』等の指摘箇所を見直して、事務的な内容になるよう調整した。
ため息をついて、窓から外を眺めてイスに深く座り込む。とはいってもこの囚人列車もかなりの文明レベルを上げることができ、速度も光に近づいてきた。なので窓から見えるのは黒い虚無だけだ。それでも何もない空間を見つめるのが32は好きだった。
無駄に疲労を感じたが、まだまだやることは残っている。それでも休息は必要なので、相手を呼ぶことにした。
「メリナ・232・レプオル」
大きな音を立てながら廊下を誰かが走る音がした。迷ったのか一度通り過ぎた後、また戻ってきたのが位置情報だけでわかった。
そして「おずおず」というためらいが聞こえてきそうなほどのノックがされた。「入れ」と32は声をかける。
「失礼します……」
ドアが開かれて、先ほど処刑した人と同じ外見をした女がいた。
「こっち来て座ってください」
32は寝台を指さして言った。メリナは警戒しながらも、言われたとおりにそこに腰かける。そしてか細い声を出し始めた。
「あの……私も処分されるの……?」
「どうしてそう思うんですか?」
「いや、連帯責任か何かで……わざわざ記憶も一部移してきたので……」
「事件にかかわっていなければ連帯責任とかはないですよ。記憶を移したのは、仕事の引継ぎのためです。それから」
32はメリナの隣に腰かけた。そして自分の手の甲をメリナの口のそばに持っていった。メリナは驚いて少し顔を引く。
「何を……」
「噛んでください。優しくね」
「な、なんで?」
「いいから。ただし痛くしたらだめですよ」
メリナは戸惑いながらも、32の手を甘噛みした。恐る恐るかみついているようで、歯の先が震えていて少しこそばゆく32は思った。いつまでやればいいのかわからずに、手の先によだれを垂らしていく。時折舌先が皮膚に触れては、また引っ込むということがあった。
「もっと強くしてもいいですよ」
そう言われてもまだ遠慮がちだ。32は彼女の頭を撫でた。するとメリナはびくりとして口を離す。
「あ、ごめんなさい……」
「大丈夫ですよ。よくわかりましたから。それで私のことを食べたいと思いましたか?」
「そ、そんなことはないです。ありえないです」
メリナは顔を赤くしながら大きく顔を振った。32はそれを見て満足げに微笑んだ。
「なら大丈夫ですよ。何も問題はありません」
32は何かを思いついたように自分の義足を取り外し始めた。そしてメリナの横に密着した。
「かっ、今度は何ですか!?」
「連帯責任ではないですけど、しばらくは私の補助をしてください。あなたの行動は監視させていただきます。もちろんあなたが私を食べるなんてことはできません。だから安心してください」
32はそういうとメリナの膝の上に頭を乗せた。メリナの太ももが緊張するのが伝わってきた。
「えっと、どうすればいいのかな」
「とりあえずこのままでお願いします」
「は、はい」
「ありがとうございます。ではお休みなさい」
「お、おやすみなさい」
32は目をつむり、ゆっくりと体をゆだね。メリナの匂いはどこか甘い香りがした。眠りにつく前にふと考える。やはりお互いがお互いの加害者であることは罪悪感の減少につながると。だからもう安心して眠れる。
かつて冬眠から覚めた時は自らのうかつさを呪い、メリナを憎み、そしてまた眠るのが恐ろしくなり、少しだけ歳を取った。だがやはり自業自得の面があると自覚したところから逆に、ある感情が薄れていたことが気が付いた。その感情が罪悪感だ。自分の部下のコピーを厳選し、囚人たちの思想をコントロールする。任務とだとわかっているとはいえ、正気でやるのは難しい仕事だった。しかし、自分が被害にあった時から、その気持ちはかなり薄れたのだ。お互いがお互いの加害者であるからこその安心感。
「人間も……」
寝言のように32はつぶやいた。
もしかしたら初めに『造られた人間』を人間として扱うことを決めた人たちもまた、同じ考えだったのかもしれない。人と同じ加害性を持つがゆえに、加害性を与える罪悪感を減らしたのだと。32はそんなことを考えながら意識を手放した。
鋼に与える鉄槌 五三六P・二四三・渡 @doubutugawa
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