スラムギーク、ビリオネア!!
夕野草路
楽園の計画[The Project of EDEN]
邂逅、$10億ドルの少女。[A Boy Meets a Billion Dollars Girl.]
EP.1
端末の「おつかいメモ」を開く。
『もやし、卵1パック、L玉、タマネギ、ピーマン、ニンジン、ジャガイモ、米10kg、洗剤、歯ブラシ etc……』
「コイツを倒せば、目標金額達成だな」
目の前に巨大な白銀の鎧が在った。
目には爛々と光が宿る。
動的対象:
それが向き合う敵の名前。
もちろん、ここは現実ではない。
仮想の世界。
ゲームの中。
しかし、そんなことはどうだって良いのだ。
大切なのは「敵を倒せば金が手に入る」ということ。
ゲーム内の通貨ではない。
円であり、ドルであり、ユーロである。
時には愛情すらも買えてしまう、本物の金が。
「始まるぜぇ。おつかいがよぉ……」
はじめて、ではないけれど。
その時、鎧は巨大な拳を振り上げた。
それを目で追いながら言葉を紡ぐ。
「
今、この手には何もない。
徒手だ。
しかし、呼び出した「関数」は世界を書き換える。
つまり、
「俺は
という情報を
「俺は「愚者の剣」を装備している」
と上書き。
瞬間、眼前に大剣が出現。
身長の二倍は優に超える巨剣。
この鉄塊を振り回すことは不可能。
恐らく、誰にも。
だから、愚者の剣。
しかし、それは文字通り壁となる。
鎧の一撃を止めた。
端的に言えば「早業」はプレイヤの装備を瞬間的に変更する。
しかし、これも
情報を書き換えるためには計算が必要だ。
計算とは電気を消費して半導体を駆動させること。
つまり、金がかかる。
関数を使えば使うほど、金が減っていく。
仕留めるのならば最小限の関数で。
「行くぞ! 宣言:関数 早業 引数:鋼鉄の槍」
手のひらを下に向けて宣言。
瞬間、愚者の剣が消失。
代わりに鉄製の槍が出現。
生み出された槍に押しのけられるように、身体が宙へ跳び上がる。
浮遊。
無防備な一瞬を敵が見逃す訳もなく――迫り来る巨大な拳。
「宣言:関数 早業 鋼鉄の大剣」
空中に剣が出現。
それを蹴り飛ばして強引に加速。
拳は足元を通過した、ように見えた。
「なっ――」
掠めたらしい。
しかし、それだけで足が不自然な角度に曲がっていた。
つま先がふくらはぎに付いている。
遅れて激痛。
このゲームを始めて知った。
痛みを感じるのは負傷と同時でない。
痛みも情報なのだ。
神経を伝わり脳へと伝わる刹那。
戦闘中の引き延ばされた時間感覚の中、それは意外にも長い。
歯を食いしばる。
痛みを強引に思考の外へ。
機動力は削がれた。
この跳躍が終わるまで。
それまでに決めなければ敗北。
せいぜい二秒。
しかし、現実の二秒に比べ、なんて重い。
落ちる身体。
横に倒し、捻る。
回転。
鎧と目が合った。
手を伸ばす。
「宣言:関数 早業」
瞬間、手の中に愚者の剣が在った。
この関数には重要な特性がある。
「出現する武器とプレイヤの相対速度は等しい」
ということ。
例えば、時速100キロの電車に乗っている時。
座っている自分も、電車の外から見れば時速100キロで動いている。
「関数:早業」でも同じことが起こる。
早業によって呼び出された愚者の剣。
この剣だけ後方に流れていくということはない。
プレイヤと同じ速度で移動し続ける。
この場合、愚者の剣は俺の腕と同じ速度。
当然、この巨剣を振ることはできない。
しかし、出現した速度のまま敵にぶち込むことは可能。
重力と、ついでに遠心力を載せて、加速したこの腕。
同じ速度の愚者の剣。
さながら、断頭台。
吸い込まれるように、装甲の薄い後頭部に命中した。
鮮やかな青白いライトエフェクト。
クリティカルヒットの証。
ずんぐりとした頭部が地面に落ちた。
かく言う自分も、無様に地面に転がる。
足が1本折れているから。
忘れていた痛みが戻る。
あふれる涙が止まらない。
「痛っいな……」
しかし、思わず笑ってしまう。
コンソールを呼びだす。
黒い背景と白い文字だけで構成されたシンプルな画面。
そこには、
「>>> perpentual machine-male defeated. 400(JPY) aquired」
の文字。
「万古の機械鎧を撃破。400円獲得」
という意味。
「久しぶりに肉でも買おうか」
そんなことを呟く。
—―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
総資産:100,838(日本円)
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