49.超光速航行―2『遷移準備―2』

「まやかしく、あやふやで、デタラメな、科学もどき……」

 アタシは呟いた。

 中尉殿がつらつらつらっと口にされた外国語の方は、当然パス。

 て言うか、そもそも舌がまわらんわい。言葉の意味も不明だし。

 だいたい日常生活おくるのに、外国語なんか要らないじゃんか。

 ローカルルール――皇国にいるなら皇国語喋れ、だよ、ホント。

「んでよぉ、深雪。『Psy-ence』ってぇのも、本来だったら、『Science』とつづるべきところをわざわざ接頭辞に『Psycho』を当てはめてつくられた造語だったりするんだぜ」

 御宅曹長が補足とばかりに講釈を垂れてくる。

「そこまでするって事からも、いかにスペースワープ航法陣営の連中が裏宇宙航法を忌み嫌っているかお察しってもんだわな」と言ってわらった。

「はぁ……」と頷きつつも疑問は深まる。

 なんだろうなぁ。

 少数派が多数派をそねむとかならともかく、メジャーがマイナーをそこまで排斥する理由がわからない。

「一言で言えば、『わからない』からだと思うわ」

 淡々とした口調で中尉殿が言う。

「わからない……?」

 ウン。中尉殿、もう少し言葉を足してください。現状、アタシも何おっしゃってるんだかわかりません。

「そう。わからない、の」

 そう思ってしまったアタシの内心を知ってか知らずか、中尉殿はニコリとわらう。

『科学』を修めた学者や技術者――知識層とされている常識人にんげんたちにとって、裏宇宙航法はもとより、その基盤である〈授学〉は根本からして理解できないものだった。だから、〈授学〉をベースにつくりあげられた技術が実際に遷移をなしとげているという事実があってなお、原理検証、測定精度や再現性等、『科学的』だと判定するため必要な要件を満たしていないと断じるしかなかった。――それが限界だったのよ」

「だもんで、スペースワープ航法陣営は、みずからの技術の正当性まっとうさを誇り、裏宇宙航法をおとしめるしかなかった。自分たちが理解できないものを『非科学的』だと否定するしかなかったってワケさ」

 御宅曹長が、またクチバシを突っ込んでくる。

 もしかしなくても、実はさびしんぼサン?

「このフネに乗り組んでから、深雪も〈常軌機関〉って言葉を小耳にはさんだことくらいはあるだろ?」

「はい」

 答はイエス。

〈常軌機関〉は、このフネのみならず、大倭皇国連邦の航宙船に光の速さを超越することを可能とさせる

 まだ見たことはないけど、仕事とか休憩の合間合間に漏れ聞こえてきたのを頭の中にメモってた。

「アレな、『エンジン』って呼んでるけど、どっちかってぇと『コンピューター』にこそ近い代物なんだぜ」

「はい?」

 そう言われて、つい、『ナニ言ってンだ、アンタ?』などと思ってしまったアタシは、(多分)悪くない。

 だって、アタシのこれまでの生活で、身近にあったエンジンといえば農機具や自動車なんかの動力源としてのそれだけで、範囲を飛行機や船舶、ロケットにまでひろげてみたってコンピューターとイメージはかぶらない。当たり前のことだけど。

 だから、電脳のフリしてるけど実は超光速航行推進装置で~す♡ って機械とかナニ? と疑問に思っちゃうのは、まったく理の当然と自信をもって断言できる。

「つまりね」

 アタシがフンス! と(イメージの中で)胸をはってると、中尉殿が言った。

「〈常軌機関〉というのは一種のオーパーツなの」

「え?」

 Out-Of-Place ARTifactS――略してOOPARTS。

 な、なんか、今度はオカルトきましたよ?

「神君が臣民わたしたちに下賜された〈授学〉――それをベースに開発された〈常軌機関〉は、曹長がいま言った通りに一種のではあったのだけど、その思考様式アルゴリズムは理解不能。すくなくともにとっては、不条理きわまる何とも奇怪な代物だった。意思の疎通も不可能で、用途が純然たる電脳でしかなかったのなら、生まれながらに発狂しているガラクタとしか評しようがなかったでしょうね」

 と、そこで中尉殿が一息つくと、曹長が切れ目なく言葉の続きを引き取った。

 おなじ科に属する人間同士――つきあいが長いせいだか実に息が合っている。

 で、

「だけども違った。神君のお考えを推し量ることなど不敬だし、今となっては時代が隔たりすぎてて不可能だけど、とにかく、原理をたまわり、『現実』へ干渉する器物として完成させたそれを最終的に電脳ではなく超光速航行推進装置としてアタシたち臣民は使用に供した。結果、〈常軌機関〉が内包している『狂気』――その『狂気』をもって『』にくさびを打ち込み『』への扉をひらくことに成功したんだ」

瞬間テレポー移動テーションをおこなう機械としてね」

 二人がかり、かつ畳みかけるような言葉の羅列に、アタシはたまらず悲鳴をあげていた。

「ちょ、ちょっとタイム! すみません、タイム願います!」

 両手を身体の前に突き出し、両掌をひろげて『ストップ!』の合図。

 待って!? チョッと(どころではなく)情報量が多すぎて、ぜんぜん理解が追いつかない。

 そんな、立て板に水とまくし立てられても、完全にキャパオーバーでワケわかんないッす!

 お願いだから、も少しテンポを落としてアタシにものを考える余裕を恵んで下さい~ッ!

「……ごめんなさい」

 目を白黒させてるアタシに、「あ……」という表情になった中尉殿が頭をさげる。

「チと飛ばしすぎちまったな。ワリぃ」と、御宅曹長も。

「い、いえ。アタシの頭が悪いだけなんで……、お詫びしなけりゃならないのはこっちの方です。すみません」

 中尉殿はモチロンだけど、いつもはチャラけた曹長までもが神妙な顔をするもんだから、焦った。ってか、上司に頭を下げさせる部下なんてダメでしょ!

 あ~、もぉ! マズいマズいマズい! アタシ、(以外は)わるくない筈なのに、なんか、マズいよぉ……ッ!

 だから、

「てなワケで、もぉいいか?」

 たった今みせたばかりのばつのわるそうな顔は何だったの!? と思ってしまう変わり身の早さで、ケロリと曹長が訊いてきたのは逆にとってもありがたかった。

「は、はい。大丈夫です! つ、続きをどうぞッ!」

 ほとんど脊髄反射でそう答える。

 ガンバレ、アタシの! あとで知恵熱がでようとフル回転で情報を処理するんだ! ガンバレ……ッ!

「よっしゃ。そうこなくっちゃな」

 曹長が、いつもみたいな悪そうな顔でニヤリとわらう。

「〈常軌機関〉は機械の超能力者だった。機械なのに『者』とはコレ如何に、だけども、まぁ、奇怪な機械だから気にすンな」

「謝った直後にダジャレかよ……」

 心のなかで吐き捨てた。ってか、なんか口から漏れてた気もするけれど、もしそうだとしても、それこそホントに『気にすンな』だよ、まったく。

「大倭皇国連邦の超光速航行技術が、何故、裏宇宙航法と世に呼称され、その推進装置が〈常軌機関〉と命名されたのか……?」

 ま、思っただけで声にはならなかったか、それとも聞こえなかったか。

 それとも聞こえてはいたけど聞こえなかった振りをしてるんだろうか。

 ことさら曹長に反応はなく、説明の言葉が続けられる。

「メジャーなスペースワープ航法が、特異点を利用し、物理的に時空構造を歪曲させて異なる二座標間の移動において光速度を超越するのと同じく、

「裏宇宙航法は、におけることわりを『妄想』で変容しようとすることで、言うなれば、『宇宙せかい』から排除されるかたちで超光速航行を成し遂げる。

「――って、どうだ? わかるか? まだ、ついてこれてるか? エ? をい、深雪~?」

 クソ……!

 やっぱ、さっきのつぶやきは外に漏れてた。

 曹長がこっちを見る目からもそれは明らかだ。

「え、あの……、その……」

 だけど、アタシはへどもど口ごもるしかない。

「〈常軌機関〉がそのうちにめぐらしている異形の思考――『妄想』によって、周辺の時空構造をのものからこの世ならざるものに書き換えようとする。その変容が、この宇宙せかいの整合性維持の臨界値をこえた瞬間――、〈常軌機関〉は、その周囲の空間ごと『異物』としてから排除されてしまう」

 曹長が言っているのは、そういうことよ――と、言葉に詰まっているアタシに(説明役の曹長をかるく睨みながら)中尉殿が助け船をだしてくれた。

「ちょうど顔にできた吹き出物にきびを指でつまんでプチュッとつぶすみたいに、なぁ。定理ルールに従えない存在などは害でしかない。そのから、似つかわしい場所へ逝ってしまえとばかり、に弾き出されてしまうのさ」

「曹長……!」

 たとえの酷さに中尉殿が声をはりあげる。

 アタシは、と言えば、だけど妙にビジュアルに訴える――吹き出物のが、指のくわえる圧に負け、汁の尾を引きながら宙を飛んでいく絵面を思い描いてしまって、うへぇ……と、ゲンナリなっていた。

 えぇ~~、ちょっと、裏宇宙航法って、そんな理屈なの? スペースワープ航法とかと較べると、なんか、こう生理的にクるものがあるんですけどぉ……。

 生臭そう、ってか、う~~ん、ヤだなぁ……。

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