47.恒星系離脱―16『デブリーフィング―6』
「見切り発車かよ……」
つぶやき声。
ひとり言――多分はそうに違いないだろうきいろい声。
村雨艦長の声だった。
「なんだかなぁ……。話しが長い。長すぎるよねぇ。黙って聞いてりゃ、一体いつまで続くのサって感じ。とっとと終わってくンないと、アタクシ様は、もうとっくの昔に
部下たちがすすめる会議の内容をくさしながら、いかにも面倒くさげに、退屈そうに文句を垂れ流しつづける。
さすがに難波副長が
「でもって、なんともキッツい航路を考え出したもんだわさ」
艦長がそう言ったものだから、思わずグッと言葉を呑みこんでしまった。
「なに、このコース? いくら気が急いてるからって無理しすぎでしょ~。肉体的にも精神的にもキツすぎだっつ~の。なぁんで、そんな根を詰めなきゃいけないんだかワケわかめだわ。ウチの航法長ってMなの? んにゃ、乗員ぜんぶにヤな目をみせようってンだから、逆にS?――どっちにしたって変態だぁね。……ふンとにもぉ、単位時間あたりの到達距離記録を狙うとか、〈世界珍記録大全〉本掲載が目標だったりするならともかく、
ブツブツブツブツ……。
延々と愚痴とも悪口ともつかぬ言葉の羅列がいっかなやまない。
ひとり言の体をよそおったあからさまな罵倒である。
矛先が向けられているのは主として埴生航法長だが、当然のように標的は彼女のみにとどまらない。
自分の勤務態度を棚に上げ、とにかく部下たちの生真面目さが気に入らないようだ。
「ちょっと、艦長!」
たまりかねた難波副長が声を荒げる。
「んん?」
「『んん?』じゃないでしょう! 『んん?』じゃ! なにか意見がおありなら、そんな陰口みたいな言い方ではなく、ハッキリ仰ったらいかがなんですか!? なんです、嫌味な
怒鳴りつけた。
「あれ?
「ダダ漏れです!」
「そんな怒んないでよ。
「そうさせているのはどなたですか!? もし、そうなった場合、
「なんでよぉ!?」
「業務上の過失、監督責任不履行――つまるところ一種の労災だから当然です! なんならパワハラ&モラハラ案件として人事にねじこんでもいいんですよ!? その場合、附帯要求として、艦長の士官教育のやり直しと、その教師役は私に任せてもらうよう申告しますから!」
「げ……」
「お
たたみ掛けてくる副長の叱責に村雨艦長の唇がとがる。
「……だって、そもそものはじめ、あんたらがアタクシ様の言うこときいてたら、こんな
外見そのままに、ちいさな子供がいじけたような口調でそう言った。
「満足に
だから、アタクシ様はわるくない――そう繰り返した。
「はぁ!?」
難波副長の柳眉がキリキリと音がする程キツく
「ゥヒッ……!?」
〈纏輪機〉が、あるかなしかの悲鳴をキチンと拾った。
それでも――ハッキリ腰がひけているのがまるわかりなのに、村雨艦長は強がることをやめない。
「だ、だいたいね、神様の次にエラい艦長のアタクシ様に、あんたら部下の分際で逆らったのよ!? その挙げ句が、遷移中の圏界面操作を試してみるだとか、
「ぜんたい
いつもの調子で、だだだだだ~~ッと言いつのった。
「こ、この、言わせておけば、迷惑だとかどの口が言う……!」
村雨艦長の物言いに、これまたいつもと同じ感じで難波副長が激昂しかけたが、寸前で踏みとどまる。
肺の中を空っぽにするレベルで息を吐き、そして、等量の新鮮な空気を吸いこむと、事務的に……、いや、すこし皮肉げな口調で言った。
「そうそう。ウッカリしていました。本艦の運用に関して、私は艦長から一任されているんでした。
「私のことを、『そう遠からず艦長になる身』と評価していただき、その上で、『練習と思って自由にやって良い』と許可を頂戴していたんでした」
人が悪げに、にやぁとわらった。
「で、あれば、一切の口出しは無用に願います」
しっぺ返しと言うべきか――怠惰から出たその場しのぎの文句を逆手に取られ、満足に言いかえすこともできずに、「ちょ……!」と言いかける途中で村雨艦長は固まってしまう。
「それで、航法長? テスト遷移の結果しだいで、それ以降の本艦航路を最終的に決定しようと考えている――そういう事でいいのかな?」
そうした上官の様を満足そうに眺めながら難波副長は航法長に訊いた。
「は、はい。その通りです。新方式遷移の実証テスト後、差分として確保できた時間を用い、艦体ならびに全乗員の心身両面にわたる健
〈纏輪機〉のなかで、埴生航法長は全員にむかって頭を下げた。
「了解!!」
多少(?)強引なきらいはあるものの潮目が変わった。
いつもの会議とは違う――肌身で感じていた同僚達全員から一斉に了承の返事がかえる。
副長が艦長を封じ込めている今がチャンス! それが何であれ、方針が決まったならその遂行に
これ以上、ストレスフルな時間と場所に長居したくない――そんな思いがありありであったが、まぁ、とまれ、
――〈砂痒〉星系。
大倭皇国連邦宇宙軍の大規模根拠地のひとつであり、ほとんどただの一戦で完膚なきまでに粉砕されてしまった(らしい)国境の地。
そこから遙か遠隔地にあった〈あやせ〉は、司令部の命に従い、彼の地に
援軍や救援目的で行くのではなく、当該星系の被害状況を確認するためだ。
なにか想像を絶する、途方もない規模の異変がおきたのだ。
容易ならざる事態。
なのに、
容易ならざる事態が、どの程度容易ならざるのかがわからない。
なにしろあちらこちらにバラバラ、ポツポツ落ちていたものを拾い集めるようにして得たレベルでしか情報がないからである。
大倭皇国連邦の今後――国家戦略にも関わる緊急事態でありながら、これでは対策のたてようがなかった。
かくして、大本営は自国領域――〈砂痒〉星系に逓察艦隊艦艇の大規模派遣を決定した。
〈あやせ〉は、それら派遣艦艇群の事実上、最後の一艦である。
〈あやせ〉の側からすれば、遅きに失したと言うより、何故、自分たちにまでそんな命令が? と耳を疑うようなものであったが、受けた以上は、その出遅れをなんとか取り戻さなければならない。
航法科――埴生航法長が算出した新機軸、と言って構わないだろう方式の遷移によって、〈あやせ〉はいよいよ数千光年にもおよぶ遠征路本番に挑もうとしていた。
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