47.恒星系離脱―16『デブリーフィング―6』

「見切り発車かよ……」

 つぶやき声。

 ひとり言――多分はそうに違いないだろうきいろい声。

 村雨艦長の声だった。

「なんだかなぁ……。話しが長い。長すぎるよねぇ。黙って聞いてりゃ、一体いつまで続くのサって感じ。とっとと終わってくンないと、アタクシ様は、もうとっくの昔にお菓子ガス切れ状態になってるっつ~の」

 部下たちがすすめる会議の内容をくさしながら、いかにも面倒くさげに、退屈そうに文句を垂れ流しつづける。

 さすがに難波副長がたしなめようとしたその矢先、

「でもって、なんともキッツい航路を考え出したもんだわさ」

 艦長がそう言ったものだから、思わずグッと言葉を呑みこんでしまった。

「なに、このコース? いくら気が急いてるからって無理しすぎでしょ~。肉体的にも精神的にもキツすぎだっつ~の。なぁんで、そんな根を詰めなきゃいけないんだかワケわかめだわ。ウチの航法長ってMなの? んにゃ、乗員ぜんぶにヤな目をみせようってンだから、逆にS?――どっちにしたって変態だぁね。……ふンとにもぉ、単位時間あたりの到達距離記録を狙うとか、〈世界珍記録大全〉本掲載が目標だったりするならともかく、仕事ノルマなんて俸給分だけこなしときゃそれでいいじゃん。無理して身体こわしちまってもかいしゃは面倒みちゃくれないよ? 世の中なべてGive&Take! 忠誠心はサラリーと等量、って……、あ~あ、いまどき滅私奉公なんて流行らないってのにナニ張り切ってんだかなぁ。ルーキーの深雪ちゃんもそうみたいだけども、どいつもこいつもマジメすぎ。命令遵守、ノルマ厳守って、そんな仕事ファーストな人生たのしいのぉ? そりゃもぉ、仕事に毒されってるってゆーしかないじゃん。仕事中毒ってぇのは美徳じゃなくって、病気よビョーキ。――単語に『中毒』ってついてンだから絶対確実間違いないわ。依存症の一種ってゆーか、哀しい現代病だわね。あ~~、もぉ、若い身空でもったいない……」

 ブツブツブツブツ……。

 延々と愚痴とも悪口ともつかぬ言葉の羅列がいっかなやまない。

 ひとり言の体をよそおったあからさまな罵倒である。

矛先が向けられているのは主として埴生航法長だが、当然のように標的は彼女のみにとどまらない。

 自分の勤務態度を棚に上げ、とにかく部下たちの生真面目さが気に入らないようだ。

「ちょっと、艦長!」

 たまりかねた難波副長が声を荒げる。

「んん?」

「『んん?』じゃないでしょう! 『んん?』じゃ! なにか意見がおありなら、そんな陰口みたいな言い方ではなく、ハッキリ仰ったらいかがなんですか!? なんです、嫌味なしゅうとめがお小言を言うみたいなその物言い! 仮にもフネの長である身がそんな態度では部下の士気やるきが損なわれます! 右から左にお聞き流しかも知れませんが、職責にふさわしいよう言動をと、私、常々そう申し上げておりますでしょう!」

 怒鳴りつけた。

「あれ? が漏れてた?」

「ダダ漏れです!」

「そんな怒んないでよ。しわが増えるわよ?」

「そうさせているのはどなたですか!? もし、そうなった場合、にかかった美容費用は全額、艦長個人に請求させていただきますからね!」

「なんでよぉ!?」

「業務上の過失、監督責任不履行――つまるところ一種の労災だから当然です! なんならパワハラ&モラハラ案件として人事にねじこんでもいいんですよ!? その場合、附帯要求として、艦長の士官教育のやり直しと、その教師役は私に任せてもらうよう申告しますから!」

「げ……」

「おいやだったら、もっとちゃんとしてください!」

 たたみ掛けてくる副長の叱責に村雨艦長の唇がとがる。

「……だって、そもそものはじめ、あんたらがアタクシ様の言うこときいてたら、こんなドタバタしなくてすんだんだし。アタクシ様はわるくないもん!」

 外見そのままに、ちいさな子供がいじけたような口調でそう言った。

「満足に航宙船フネに乗ったもない司令部の阿呆……、もとい、青二才どもが、ちょっと国境星系に異常があるからって泡食パニくって、から遙か遠くにいたアタクシ様たちにまで、ちょっと見てこいだなんてワケわかんない命令だしてきたのが発端じゃない! だからアタクシ様は、『馬鹿どもになんてつきあってられるか、ここは一発、適当にゴネてバックれようぜ』って提案したのに、あんたら全員、よってたかって拒否したんでしょぉが! で、任務遂行の帳尻を合わせるためにゃ、どうしたって移動段階でムリするっきゃなくて、結果、キツい思いをしなけりゃなンないんだから、しわ寄せ受ける側に不満があるのは当然でしょぉ!?」

 だから、アタクシ様はわるくない――そう繰り返した。

「はぁ!?」

 難波副長の柳眉がキリキリと音がする程キツくり上がる。

「ゥヒッ……!?」

〈纏輪機〉が、あるかなしかの悲鳴をキチンと拾った。

 それでも――ハッキリ腰がひけているのがまるわかりなのに、村雨艦長は強がることをやめない。

「だ、だいたいね、神様の次にエラい艦長のアタクシ様に、あんたら部下の分際で逆らったのよ!? その挙げ句が、遷移中の圏界面操作を試してみるだとか、冗談ジョ~ダンじゃない! 要はアレでしょ!?――に浮かんだボートのふなべり左右どちらかにオールを突きだして、それで生じる左右の抵抗差を利用し、進路を変えるってヤツ! ボートだったら、抵抗を増やせばいいけど、航宙船の場合は減らす一択! つまるところは外界に対するシールドを自分からすすんで弱めるってことじゃん! 自傷行為じゃん!

「ぜんたい顧客おかみの無茶振りに、いちいち律儀にこたえて結果を出してたら、出来て当然だとか勘違いされて、相手はますます図に乗ンの!――自分で自分の首をしめてるって理屈が、ど~してわッかんないかなぁ? まともに対応すればするほど、こっちが馬鹿みるだけなんよ? ホント、骨身を削るだけ阿呆らしいってのに、あんたら社会人としてどンだけいの? それとも、他人からいいようにむしられンのに快感をおぼえるMなの? あ~、もぉ、どっちでもいいけど、とにかく、提案主の、と、オマケでのふたりは、連座でオシオキ決定ね。――ちいさい頃、言われてたでしょ?『に迷惑をかけちゃいけません』って。あんたらがタネまいたんだから、どうでも責任とりなさい」

 いつもの調子で、だだだだだ~~ッと言いつのった。

「こ、この、言わせておけば、迷惑だとかどの口が言う……!」

 村雨艦長の物言いに、これまたいつもと同じ感じで難波副長が激昂しかけたが、寸前で踏みとどまる。

 肺の中を空っぽにするレベルで息を吐き、そして、等量の新鮮な空気を吸いこむと、事務的に……、いや、すこし皮肉げな口調で言った。

「そうそう。ウッカリしていました。本艦の運用に関して、私は艦長から一任されているんでした。

「私のことを、『そう遠からず艦長になる身』と評価していただき、その上で、『練習と思って自由にやって良い』と許可を頂戴していたんでした」

 人が悪げに、にやぁとわらった。

「で、あれば、一切の口出しは無用に願います」

 しっぺ返しと言うべきか――怠惰から出たその場しのぎの文句を逆手に取られ、満足に言いかえすこともできずに、「ちょ……!」と言いかける途中で村雨艦長は固まってしまう。

「それで、航法長? テスト遷移の結果しだいで、それ以降の本艦航路を最終的に決定しようと考えている――そういう事でいいのかな?」

 そうした上官の様を満足そうに眺めながら難波副長は航法長に訊いた。

「は、はい。その通りです。新方式遷移の実証テスト後、差分として確保できた時間を用い、艦体ならびに全乗員の心身両面にわたる健診断をおこなうことを併せて提案するつもりでいました。負荷が許容範囲内であればGo。そうでなければ、NoGo、と。機関長、主計長をはじめ各位を忙しくさせることと思いますが、協力の程、よろしくお願いします」

〈纏輪機〉のなかで、埴生航法長は全員にむかって頭を下げた。

「了解!!」

 多少(?)強引なきらいはあるものの潮目が変わった。

 いつもの会議とは違う――肌身で感じていた同僚達全員から一斉に了承の返事がかえる。

 副長が艦長を封じ込めている今がチャンス! それが何であれ、方針が決まったならその遂行にまいしんするのみ。

 これ以上、ストレスフルな時間と場所に長居したくない――そんな思いがありありであったが、まぁ、とまれ、


――〈砂痒〉星系。

 大倭皇国連邦宇宙軍の大規模根拠地のひとつであり、ほとんどただの一戦で完膚なきまでに粉砕されてしまった(らしい)国境の地。

 そこから遙か遠隔地にあった〈あやせ〉は、司令部の命に従い、彼の地におもむく途次にある。

 援軍や救援目的で行くのではなく、当該星系の被害状況を確認するためだ。

 なにか想像を絶する、途方もない規模の異変がおきたのだ。

 ほうほうていで脱出してきた軍艦や民間船、また、〈あやせ〉に先んじ宇宙軍が急派した戦闘航宙艦等からもたらされた断片的な情報――それらをり合わせただけでも、それは明白だった。

 容易ならざる事態。

 なのに、

 容易ならざる事態が、どの程度容易ならざるのかがわからない。

 なにしろあちらこちらにバラバラ、ポツポツ落ちていたものを拾い集めるようにして得たレベルでしか情報がないからである。

 大倭皇国連邦の今後――国家戦略にも関わる緊急事態でありながら、これでは対策のたてようがなかった。

 かくして、大本営は自国領域――〈砂痒〉星系に逓察艦隊艦艇の大規模派遣を決定した。

〈あやせ〉は、それら派遣艦艇群の事実上、最後の一艦である。

〈あやせ〉の側からすれば、遅きに失したと言うより、何故、自分たちにまでそんな命令が? と耳を疑うようなものであったが、受けた以上は、その出遅れをなんとか取り戻さなければならない。

 航法科――埴生航法長が算出した新機軸、と言って構わないだろう方式の遷移によって、〈あやせ〉はいよいよ数千光年にもおよぶ遠征路本番に挑もうとしていた。

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