40.恒星系離脱―9『月月火水木金金―5』

「うッわ、ヤベ……」

 御宅曹長の呟き声が耳に入った。

「もう! 深雪が面白すぎるからいけないんだぜ?」

 つづけて何ともヒドい言いざま。

「は……?」

 思わずもれた声の温度が何度か下がってた。

『ねぇ、ナニ言ってんの?』――そんな感じ。

 でも、モチロン、曹長は全然気にもしない。

「しゃあねぇな。ケツが決まったからにゃあ、いっそう巻き巻きで行くぜ。これから先はいっさい質問厳禁な」

「は……?」

 そんな横暴なという思い。今までだって満足な説明とかなかったじゃん、という不満――それらが声になったけど、やっぱり御宅曹長はそんなの気にもとめてはくれなかった。

 で、

「まず、ひとぉつ!」

 なんか意味不明な掛け声(?)を突然張り上げられた。

 なにソレ? とか思う間もなく周囲が真っ暗闇になる。

 うわッ!? となって持ち上げた自分の手すら見えない。

 マジもんで塗りつぶされたみたいに一寸先は闇の状態。

 驚くっていうか絶句した。え、今のは呪文? 超能力!?

 停電でなければ、曹長が部屋の照明あかりをオフにしたワケ!?

 でも、フネの灯りって、そもそも消せない筈だよねぇ!?

 裏技や抜け道がわんさとあっても、そこはいじれない筈。

 安全面の観点から、緊急事態の対処に支障がでるから。

 子供艦長を筆頭に、このフネがいくら変でも流石にね。

 個人の勝手で照明の入り切りを操作されたらヤバい筈。

 でも現実はこうで、それは受け入れざるを得ないけど。

 まさかにこれが緊急遷移じゃないだろうし、一体、何?

 ますますいや増す疑問がグルグルグル……と渦を巻く。

 右を向いても左を見ても、そこに拡がるのは闇ばかり。

 起動し、動作してた筈の制御卓コンソールも闇の底に沈んでいる。

 自照式のテーブルトップも見えないって、どういう事!?

 本当に停電!? 停電なの!? 生命維持関連は動いてる!?

 落ち着け! 酸素供給は母艦経由のままで継続してる。

 停電だっても、そう深刻な故障、事故じゃない……筈。

 浮き足立ちそうになるのをこらえて大きく深呼吸する。

 健常さを維持したままのHMDアイコンに目を向けた。

 視線入力機能アイコンタクトだけでは足りない。追加を指示。

 ピッというかるく小さな電子音。そしてモーターの駆動音。

 唇を割り、平べったい板がヌルリと口内に入ってきた。

 高G環境下で使用する機器操作用クラスタースイッチ。

 イマイチ操作に慣れてないけど背に腹はかえられない。

 アタシに可能な範囲で現在のフネの状況を調べてみる。

『艦主要区画に重大な損傷ナシ。応急対応出動の要ナシ』

 概観だけど、得られた結果をザックリまとめるとそれ。

 シールド上に表示されたあれやこれやを読んだ結果だ。

『安全』――不十分だけれど、そうとわかって安堵した。

 状況は依然不明。でも、これで一応の対応準備は完了。

 やれやれ。やっぱり、そういう事ですか――そう思う。

 溜め息をつきたい気持ちを抑え、ふたたび深呼吸する。

「御宅曹長、聞こえますか?」

 意識的に声を落ち着け呼びかけた。

 そしたら、やっぱり、案の定――

「ちぇッ!」と、小さく、でも、ハッキリと舌打ちする音。

「可愛くないな。対応早いし、さっきみたいに驚かないのな。ノリが悪くてツマんない」

 クサしてるのか、褒めているのかわからないぼやき(?)

 唇をとがらせてることが丸わかりの口調で応答が返ってきたから、少し『ざまぁ』と思った。

 今の反応からして、やっぱりこれは事故、故障じゃない。曹長がなにかを仕掛けた結果だ。

 てか、そもそも、停電とかだったら、まず曹長の方からこっちに呼びかけてくる筈だもの。

 それが無かった時点で、イタズラ確定だったんだよね。まったく、こんな時まで自由かよ。

「いや、『ちぇッ』じゃなくて、灯りを元に戻してくださいよ。状況開始まで、もう二分を切ってるんですよ」

「ん~? 照明のスイッチ~? んなもん、自分のベッドにしか存在しないぜ――深雪も知ってる筈だろう?」

「でも、たった今、この部屋の灯りという灯りをぜんぶ消したじゃないですか――『まず、一ぉつ」とか言って」

「お~、言った言った言った。んでもって、こうも言ったよな――『これから先はいっさい質問厳禁な』って」

 もう時間がない&何をするのかわからない訓練を前に焦ってたんだろう、アタシがツッコむと曹長は笑った。

「いや、承諾しょうだくしてません」よ――と言い終える間もなく曹長が叫ぶ。

「てなワケで、ふたぁつ!」――意味不明にゲラゲラ大笑いしながら。

『をい!』なんて、更にツッコミを入れる余裕は(またもや)無い。

「にゃあぁあああ~~ッ!?」――気づけばアタシも絶叫してたから。

 ふいに背筋をツーッとなぞられ、気色悪さのあまり叫んでたんだ。

「な、な、な……ッ!?」

 他人の指が、アタシの肌を滑ってく気色の悪い感触に、ゾクゾクゾクッと鳥肌が立ち、口はひらけどマトモな言葉が出てこない。

 さっきとは比較の段でない勢いで身体が跳ね……ようとして、それがかなわず、またもやグヘッと吐くハメになってしまった。

(痴漢……ッ!!)

 ほぼ反射的――硬直する身体をよそにひらめいたのが、その一語。

 と、いやいや! そんな事(!)よりもっと大事な事がある!

 いま誰かの指先に触れられた感触――それが伝えてきた事実。

 信じられないけど、自分で直に触れて再確認した驚愕のそれ。

 アタシ、裸だ! 脱いだ記憶もないのに真っになってるよ!

 なんで!? いつから!? 着ていた服はどこいった!? 溶けたの!?

 や、ヤだ! 上も下も下着も全部がなくなっているじゃない!

 あちこち掌をあててみたのに、船内服の生地が感知できない。

 アタシ、裸だ! 一糸まとわぬあられもない姿を晒してるんだ!

 アタシはダンゴ虫みたいに身体をまるめようとして、またもやグヘッと舌を吐きだした。

 両手で胸をかき抱き、腿をすり合わせて、なんとか大事なところを隠蔽カバーしようとあがく。

 ちょっと待ってよ! こんなの全然教えてもらってない! これは仕様!? それとも事故なの!? まぼろしなの!?

 今はしみじみ真っ暗なのが有り難かった。

 つい今の今まで怖いとか不気味と怯えていたのがウソのよう。

 だって、そうでしょ!? おなじ部屋には同性の御宅曹長しかいないとかそういう問題じゃない。

 自分の意志じゃないと言っても、公衆の面前(?)で全裸とか、状況的に、アタシ、痴女以外の何者でもないじゃない!

 とにかく一刻も早く、仕事場でスッポンポンなこの現状をなんとかしなきゃ!

 レッドカードをもらって、最前線に送られて、でもって痴女に成り果てるとか、よわい一八にして、アタシの人生終わっちゃう!

 なのに……、

「そろそろ『三つ目』いくよぉ。は、いぃ~い?」

 悪魔のように御宅曹長が、ふくみ笑いまじりに、そう告げてきた。

 待てや! ホントに悪魔か! 説明一切ナシな上、どう考えたってトラブルでしかない状況にが巻き込まれているんだよ!? わかってるよね!? 察してる筈よね!? だったら、待って! それがダメなら、せめても仕様か、悪さか、事故なのか――その点だけでもハッキリさせてよ!

「覚悟よくない! 準備ぜんッぜん出来てません! 曹長! お願い、ちょこっとの間、タイム! タイム、お願いします!」

 お願い!――すがるようにアタシは叫んだ。

 だけど……、

「あっはっはっはぁ……。バカ言っちゃいけない。実戦にはねぇわよ、お嬢ちゃん?」

 返ってきたのは、ネズミをいたぶる猫みたいなセリフ。

「そ、そんな……」

 アタシは目の前が真っ暗になった……て言うか、既に真っ暗か。

 とまれ、

……』

 もしも、その時、インカム越しに中尉殿の声が聞こえてなかったら、何がどうなっていたやらわからない。

『絶望』

 ただ一言で、アタシの置かれた状態を言い表すのなら、まさしくソレ。

 もうどうしようもない。

 このまま真っ裸で『緊急遷移訓練』とやらを受けることになるんだ。

 でもって、その後、みんなの物笑いのタネになるんだ――そう覚悟せざるを得ない極限状態で、なにをどうしていいやら皆目見当もつけられない有り様だったから。

 そんな、完全に頭がフリーズしているアタシの耳許に、

『御宅曹長、あなた、この訓練完了の後、一週間、休憩時間にレンズ磨きをやりなさい』

 絶対零度の冷たさで中尉殿が断罪――『罰』をくだす声が聞こえて、

 直後、御宅曹長のあげた悲鳴がヘルメットの内部にこだましたのだった。

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