13.巡洋艦〈あやせ〉―3『出頭―1』

 一〇分後。

 アタシは一〇〇%困り果てちゃっていた。

 ようやく――艦長室に出頭したはいいけど退室できない。

『田仲深雪、召集に応じ、ただ今参着いたしました』――たったそれだけ申告すれば良い筈なのに、いっかな解放されない。終わりにならない。

 原因は、部屋の主――艦長室のほぼ中央に設置された制御卓兼用の机についていた少女だった。

 かわいらしい容姿の――どう見てもアタシより歳下としか思えない少女……、ううん、女の子。

 その女の子が、中尉殿とアタシが入室して以来、とにかくしゃべりに喋りまくっているせいで終わりが見えなくなっている。

 それは、たとえばこんな調子。

「あ~、あなたが田仲深雪ちゃん? よく来てくれたわね~。突然、召集とかかけちゃってゴメンね~。このフネ、急に欠員がでちゃってさぁ、どうにも困ってしまって仕方なかったのよぉ。

「それで〈幌筵星系の予簿を検索させてもらったんだけど、そしたら将来有望なアスリートで宙免持ち、それもプロ ライセンスの若い子がいるじゃない。

「一発でコレだ! と思ったわね。

「正直、ダメもと程度のつもりだったのに、当たりを引いた~ッ! アタクシ様ってやっぱ持ってる~ッ! て喜んじゃったわよ。スポーツ選手だったら身体のたんれんおこたりない筈だし、何よりあなた、実家が畜産農家なんでしょう? ということは、将来は軌道養豚場とか、無重力牧場で働こうと思って、宙免の二種資格をとったのよね?――

「実務の時間がチョッと……、ウンにゃ、かなり足りないけども、まぁ、ズブの素人を乗り組ませるよりかは全然マシだし、ちょうどお願いしたい仕事も、天然モノの家畜を扱い慣れているならだいじょ~ぶってヤツだし。とにかく乗組員の頭数をそろえなきゃいけなかったんで、ご指名しちゃった♡。

「まぁ、いい迷惑だったろうし、それについてはゴメンだけども、これもあなたが利用した奨学金の、ひいては御国のためってことで、どーか悪く思わないでねン? ま、じゃないけどサ、『御国は君の力を必要としている!』ってなワケで、ひとつヨロシクぅ♡。

「時間の余裕もなかったしぃ、ここまで来るの大変だったでしょ? ホント、お疲れ様。あ、楽にして楽にして。そんなに固くなンなくていいわよ。可愛いわね~。あ、お菓子食べる? おいしいわよ~。いただき物なんだけどさ、なんかハマっちゃって、自分でも買ってみよっかな~、なぁんて思ってるの……」と、まぁ、こんな調子でエンドレス。

 押し寄せてくる言葉の濁流だくりゅうに、なんだか溺れてしまいそう。

 それも、語られる内容がお喋り好きなおばちゃんと大差ないのでなおさらだ。

 なんなの、このコ?

 中尉殿も、この部屋で女の子と一緒にいた女の人も何も言わない。ベラベラまくしたてられる長口舌を全然制止しようとはしない。

 ほんとにワケがわかんない。

 ってか、マヂで、このちっちゃな女の子が艦長――このフネの最高責任者なの?

 しかも、コイツ……、と、あわわ、失言失言。この子がアタシに令状を出した!?

 兵員名簿を見たと言ってたし、そこまで権限あるっていうならマヂでそうなの!?

 まだ名前も聞かされていないし、ハッキリ自分が艦長だよと明言されてもない。

 こんなTPOでドッキリなんてやる筈ないけど、事実だと信じることが難しい。

 だってホントに子供なんだよ、小さな子供。

 話し口調は上から目線のおばちゃんだけど。

 いくらなんでもおかし過ぎるし非常識過ぎ。

 一から十まで状況が理解不能で困惑どころの段じゃない。

 ちょっと信じられない、どころか、全然あり得なくない?

 見た目通りっていうなら十歳前後プレティーンで、まだ基エレメンタリスクール校に通ってなきゃな年格好。容姿はもちろん、声もきいろく幼い響き。

 ツインテールにまとめられたとび色の髪は、染めたか、それとも地毛かわからないけどぽわぽわで、でたらシルクひよこみたいにとっても手ざわり良さそうだ。

 造作もまんま天使な感じであどけない。肌が抜けるように白いことも手伝って、ホント、お人形サンみたいって形容がしっくりとくる。

 総じて可愛い。

 のに……、

 それがガンガンおばちゃんトークをかましてくるから、違和感がどうにも半端はんぱないのよねぇ。

 しかも、違和感と同じレベルでそうした様が板についてるし……。

 かつ無邪気、てんしんらんまんな天使と、世間話、噂、ゴシップ、せんさくその他が三度の飯より好きなお喋りおばちゃんとの合体幼女……って、なんじゃそりゃ?

 心底あり得ないとは思うけど、ボキャブラリーも口にしている内容も、マセた子供が背伸びしてるって風じゃなし。

『中の人』――まさしくソレね。

『身体は子供、精神こころは大人』を地で行く感じ。

(耳年増な)天才児なのか、それとも美容成形技術を(変な方向に)駆使したヘン○イなのか、どっちにしたって外見には違いない。

 いずれにしても『ヤバい奴』――子供だろうと大人だろうと、目の前の女の子に対する評価は同じ。

 関わり合いになりたくない。どころか、『三舎を避ける』とか『君子危うきに近寄らず』なレベル。

……あ~あ。

 アタシを着の身着のまま連れてくるよう艦長から指示されているとか聞かされたから、ナニそれ、変態? オッサン? セクハラ? なんて思って、ヤだなぁ、そんなのが上司なワケ? とかビビってたけど……、

 幸いにも予想はハズレてくれたのに、こんな現実が待ち構えてたなんて、まったく思いもしなかった。

 なるほど、そりゃあ、中尉殿が『覚悟はいい?』とか言うワケだよ。

 正体不明な女の子供(?)にワケわかんない文句を延々聞かされて。

 キツいし、眠いし、サッパリしたいし、早く『次』に進みたいのに。

 マヂでこれって軽い(?)拷問じゃない? 誰か助けてくださいよ。

 と、

「コホン」

 アタシの願いにこたえるように、いかにもわざとな咳払いが響いて、まだまだ続きそうだった長広舌がピタリと止まった。

「……なによ?」

 それまでとは打って変わって、不機嫌そうな口調で幼女が自分のかたわらに目を向ける。

 その目つきときたら、それまでの天使ライクな明るさから一変――クソガキそのもの。

 あまりの豹変ひょうへんぶりに、思わず、『うわぁ……』とか声を漏らしてしまったほどだった。

 視線の先にいたのは、中尉殿とアタシが入室する以前からこの部屋にいたのだろう女性――いかにも軍人らしい、ピシリと一分のすきもない構えの女性士官。

 この女性こそ、艦長に間違いないとアタシが思った人だった。

 白状しちゃうと、あやうく彼女に対して出頭申告する直前に、引率者である中尉殿が机についてた女の子に敬礼してくれたから、ヘタをうたずに済んでいる。

 とまれ、

 ゆっくりとした速度で女性士官は言った。

「な、なによ」

 すこしひるんだ様子で、艦長と呼ばれた女の子が言い返す。

「手短にお願いします」

 美人だけども怜悧れいりに過ぎるその顔に、一切の表情を浮かべることなく、女性士官は言った。

「だ、だって、新しく来た子にこのフネのことをいろいろ教えてあげるのは艦長の役目よ。右も左もわかンない状態なんだからサ。優しくしてあげないと可哀想じゃない」

「手短にお願いします」

 女の子の抗弁にニコリともせず、女性士官は同じセリフを繰り返す。

 表情にも口調にも、なんら感情はこめられてない。でも、明らかに室内の温度が数度さがった、ような気がした。

「わ、わかったわよ」

 おっかないわね。

 唇をとがらせ、ぼそっと言うと、女の子は再びアタシの方に向き直る。

「では、改めて」と言って、んんっと声をつくり、

「ようこそ、大倭皇国連邦宇宙軍 逓察艦隊所属巡洋艦〈あやせ〉へ。アタクシ様が本艦の艦長、村雨杏大佐です。ことさら誇るまでもなく、このフネで一番エライ人なので、おそれ敬い礼を失せず、キチンとお供え物など届けるように。

「とは言えアタクシ様は寛大で下に優しい仁君だしぃ? 田仲一等兵が可愛いというのもあるから、特別に『アニーちゃん』呼びすることを許します」

 感謝なさい?――恩着せがましくそう言うと、何故だかそこで無意味に声をひそめて、

「でね、でね、こっちのムッチリえっちな身体をしているくせに、やたらエバッてて怖いのが、副長をつとめる難波一子少佐――退のアタクシ様のメイドなの」

 余計な形容&不要な情報オマケ付き、かつ、『ちょっと奥さん、聞いてちょうだいよぉ』みたいな口ぶりで、傍らに立つ女性士官を紹介してくれたのだった。

 はぁ、そうですか……って、いや、それですよねぇ!?

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