11.巡洋艦〈あやせ〉―1『乗艦―1』

「うわぁ……!」

 アタシは、思わずそんな声をあげていた。

 頭上(短艇の中は無重力だから、逆に眼下になるのかも?)に迫る航宙艦のあまりの巨大さに、圧倒されたからだった。

 いま、アタシたちが乗る短艇は、その母艦たる巡洋艦〈あやせ〉に収容される直前の状態にある。

 お互いの相対速度は、ほぼゼロになるまで同調をされ、時折、微修正の噴射が短艇の艇体を微かに振動させる程度になっている。

 操船作業についているのは後藤中尉。

 隣に座る御宅曹長は、その補助だ。

 ドッキングから収容に至る作業は大して難しいわけじゃないというのは、曹長の言。

 いっそ機械まかせにしても構わない程らしいけど、やはり万が一ということもある。――それで人間が責任者として作業の監督にあたるんだって。

 人力に頼る、いかにも我が軍らしいフェイルセーフだよって、御宅曹長は笑ったもの。

 中尉殿も笑っていたから、一概にじぎゃくなだけでもないとは思うけど、どうなんだろう? よくわからない。

 いずれにしても、艇主を勤める中尉殿は手を離せないし、御宅曹長も、ほぼ同様という状況は変わらない。

 だから、

 短艇の操縦室内でただ一人、アタシだけがする事もなく、だからこそ映し出されている外部映像に食い入るように見入っていたのだった。

「すごい……」

 また、そう呟いてしまう。

 宇宙空間には空気がない。

 空気がないから遠近感が掴みにくい。

 空気によって遠くがかすむ――ぼやけて見えるという現象がおこらないから、自分が見ている物体のそもそものサイズを知っていないと、脳が距離の遠近をうまく把握できない。

 要するに、

 大倭皇国連邦宇宙軍 二等巡洋艦〈あやせ〉。

 言葉としては耳にするけど、さて、いざご対面となると、その二等巡洋艦というのは一体どれほどのモノか?――それがよくわからない。そういうこと。

 アタシが興味なかったというのもあるけれど、ドラマなんかに出てくるのは、たいてい戦艦や空母といった花形艦種で、それにしたって艦隊の遠景、艦体の接写、そして艦内の映像が大半だった。一隻のフネのみピックアップして艦体をじっくり捉えたショットというのはほとんど無い。

 だから、アタシの中で、巡洋艦というのは駆逐艦より大きく、戦艦や空母よりも小さいといった認識程度にとどまっている。

 もっと言えば、そもそも巡洋艦という艦種が、どういう役割をあたえられて建造、運用されているのかといった基本もわかってない。当然、一等、二等の相違点とか区別だなんて、それこそかいもく見当つくはずもない。

 そんな軍事素人なアタシの目の前(?)で、サイズの程さえ定かでなかった〈あやせ〉の艦体が、どんどんどんどん巨大になり、ディスプレイに収まらなくなり、その一部分しかカメラで捉えきれなくなって、今では短艇がそこに収容されることとなる格納庫の内部しか見えないまでになっている。

 比較対象物のない宇宙空間に、ぽかりと浮いていた状態ではわからなかったのが、今ではその巨大さが、皮膚感覚として実感できるまでになっていた。

 警備府で、この短艇に乗船した時も驚いた――『なによ、短艇とか言うからちっちゃいのかと思えば、これって旅客機くらいあるじゃない!?』と思ったものだけど、間近に迫った〈あやせ〉は、真実、その比じゃなかった。

 バケモノみたいに大きい。

 に乏しくってゴメンなさい。でも、正直なとこ、そんな形容しか思い浮かばないほど。

 のしかかってくるようなスケール感に圧倒されて、息を呑むしかないレベル。

 当然だよね。

 短艇は〈あやせ〉の艦載艇で、〈あやせ〉は母艦なんだから。

 おそらく〈あやせ〉の全長は、ざっと一キロ以上あると思う。

 もしかすると二キロ近いかもしれない。

 幅や厚みも当然、それに見合った寸法だろう。

 宙免取得時を含め、学校の実習や、企業の見学会で行った軌道養豚場とか無重力牧場くらいしか知らないアタシにとって、生まれて初めての当たりにした大規模宇宙構造物。

 それが〈あやせ〉――宇宙軍の巡洋艦だった。

 そして、そう。その〈あやせ〉は戦闘航宙艦。

 ジッとその場に固定されてある空間施設ではなく宇宙を自在に動く宇宙船。

 言うなら、シャトルや雑役船のお仲間なんだ。

……そう考えると、とても人間が造りだしたものとは信じられないアタシなのだった。


 やがて、ゴツン……! と艇体に何かがぶつかったのだろう、アタシたち乗員の身体といわず座席といわず、操縦室がビリビリと地震のように小刻みに揺れた。同時に、ゴゥン……と低く重く反響する音が天井や壁、床――艇体越しに伝わってくる。

の連結を確認」

 後藤中尉の声が聞こえてくる。

 なるほど。

 今のショックは、〈あやせ〉の収容区画から伸ばされたロボットアームに短艇がキャッチされ、こちらと向こうの気閘エアロックが連結されたことに由来するものか。

 電圧が変動したのか、操縦室内の照明がかすかに瞬いた。

 母艦とドッキングしたので艇内独立から外部給電へメイン電源が切り替わったんだろう。

「繫船完了」

 ふーっと息をおおきく吐きながら、中尉殿が座席の上で伸びをした。

 わずかにもそうとは気づかなかったけど、やっぱり緊張してたんだ。

〈あやせ〉への接近にともない色々操作し……、と言うか機能を停止させていった機器類のうち、最後まで稼働状態にあったもの(後に、『ベイルアウト』(近距離航法/離脱機動)用のスイッチよ、と教えてくれた)をオフにすると、傍目はためにもホッとした様子になった。

 おもむろに手を動かされて、アームレストにセットされているボタンをオンにされる。

 繋船作業の完了と相前後して、明滅を繰り返していたそのボタンは、どうやら通信装置のものだったよう。

 と言うのも、中尉殿がボタンに触れた途端、それまで外部映像を表示していた画面が一部切り替わり、そこに若い女性の上半身像があらわれたから。

「おかえりなさい中尉殿。どうもお疲れ様でした」

 画面の中の女性は、ニコリとわらうと、開口一番、かるくえしゃくした。

「ただいま、よし子ちゃん。お出迎えありがとう」

 おかえりなさいと言われて、中尉殿もニコリとする。

 そして、今回も上手なアームオペレーションだったわよ、と相手をめた。

 どうやらディスプレイの向こうの女性が、短艇の収容作業をおこなったドッキングオペレーターだったみたい。

 髪をざっくりとした三つ編みに編んだその女性は、ありがとうございますと礼の言葉を口にする。

 そして、

「これで補給作業も完了ですね。……首尾はどうでしたか?」

 そう訊いてきた。

 あれ? 中尉殿が苦笑してる。

 つつがなく終わったんだから、そう答えればいいだけなんじゃないの……?

 と、

「もちろん、あたしの一人勝ちさぁ!」

 唐突に御宅曹長が会話の中に割り込んできた。

 自分の席から身を乗り出して、中尉殿とほとんど密着するレベルまで寄り、カメラの視界に入り込んでいる。

「主計科補充の新兵サンは、遅刻もせずに、無事に〈あやせ〉にご到着だぜぇ!」

 ざまぁみやがれ、賭け金はらえ! と、ガハハと笑った。

 明々白々な勝利宣言。

 それまでにこやかだった相手の顔が、曹長の言葉に、「く……ッ!」と歪む。

 あ~、ね。ディスプレイの向こうの女性が訊いたのは、〈あやせ〉艦内でなされてたとかいう賭けの結果がどうなったのか――それだったのね。

『間に合わない』――多分は、そちらに賭けた一人として、ディスプレイの中のオペレーターさんは、自らの勝ちを確信していたのに違いない。

 それが御宅曹長に勝ち誇られる結果となって悔しいと、そういうことね。

「最後の最後で大逆転と、そういうわけだ。さんざんアレコレ言ってくれたけど、正義はかならず勝つってことだな」

 勝者の優越を言葉にのせて、御宅曹長が高らかにえる。

 警備府でも言ってたもんなぁ――アタシが、出頭期日に間に合うかどうかの賭けで、『間に合う』に賭けた……、賭けざるを得なかった自分は、さんざんからかわれてたって。

 うっぷんがそうとう溜まってたんですね。

「需品の移動が終わったら、すぐに出港だからね」

 やがて、捨て台詞ゼリフのようにして、よし子と呼ばれたオペレーターさんはそう言うと、では後ほどと、中尉殿にはキチンと礼をして回線を切った。

「まったく……!」と言って、中尉殿がたんそくする。

「貴女だけじゃないけど、純真な新人の前で、あんまり変なところを見せないでちょうだい」

「おまかせください、中尉殿」

 いまだ喜色満面のまま、御宅曹長は満足げな口調でそうけ合う。

「どうだか……」

 そんな部下の返事をきいて、中尉殿はまた嘆息した。

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