9.出征―9『邂逅軌道―1』

「えぇ~ッ、一〇Gィ!?」

 狭い室内に頓狂とんきょうな声が響きわたった。

 御宅曹長だ。

 今、アタシたちがいるのは小型の宇宙機――宇宙軍が使用している短艇の操縦室の中。

 横に二列、縦に二列――合計四つの座席がディスプレイや計器類に埋もれている中だ。

 前二席の操縦士席には後藤中尉が着き、隣の副操縦士席には御宅曹長が腰掛けていた。

 アタシは後藤中尉の後ろの席に、する事もなく、すこし居心地悪い思いで座っている。

 この短艇は〈あやせ〉の艦載艇で、中尉と曹長は母艦と港の間を往復していたらしい。

 出迎えるのが遅くなったのは、その往復行のタイミング的なものだとか、どうだとか。

 ま、それはさておき、

「一〇Gとか、ちょっとした戦闘機動中の航宙艦並みなんだけど、だいじょぶだったの?」

 そう言いながら、御宅曹長は首をねじまげ、座席の背もたれ越しにアタシのことを頭のてっぺんから脚の爪先に至るまで、点検するかのようにのぞきこんできた。

「はい。かなりキツかったのは確かですけど、なんとか……」

 アタシはコクリとうなずいてみせる。

 他に答えようもないけど、ま、実際、異常ないしね。

 絶賛、全身バキバキ状態だけど、それって高加速度負荷のせいだけじゃないし……。

 と、まぁ、ネ。

 中尉殿と曹長、ふたりに連れられ、国際宇宙港を出港してからこの方、訊かれるままにレッドカードを受け取ってからの経緯を話した。

 そして、〈幌後〉から宇宙へ上がるのに乗ったロケットのことに触れたら、『えぇ~ッ!?』とビックリされてしまったというのが今の状況。

 貨物便だから仕方なくとも、訓練もナシで一〇Gだなんて非常識ってことのよう。

 でも、それで驚かれたって、こっちも受け答えに困るというか何と言うか。

 標準重力加速度の一〇倍――体重が四〇キロの人間であれば、それを四〇〇キロにも増大させる荷重に突然さらされたんだから、曹長の反応は当然なのかも知れないけどサ。

 結果オーライ。喉元も過ぎたことだし、もういいじゃんって思っちゃう。

「出頭期日に遅れないよう必死だったんですよ」

「いやいや、マジメだねぇ。偉い偉い。で、弾丸便だっけ、そのロケット?」

「はい」

「人間が乗って乗れないこともない貨物運搬ロケット、かぁ……」

 オチをつけるみたいに、つくづく感心したって口調で言われちゃった。

「昔々の大昔からある運搬手段よ」

 そうバカにしたものでもないわ、と後藤中尉が会話の中にはいってきた。

 退屈が一番の理由だろうけど、ずっとアタシをイヂり続けてる御宅曹長に、さすがに釘の一本も刺しとくべきとか思ってくれたのかも知れない。

「構造が単純で、基本、無人操縦だから運用コストも安く抑えられるし、現役で全然おかしくないわ」

 弾丸便をふくむ化学燃料ロケットの利点を一口で言ってかばって(?)くれた。

「え? あ、あぁ、別にバカにしているワケじゃあないっスよ。そうじゃあなくて、軌道橋です、軌道橋」

 それに対して御宅曹長は小首をかしげる。そして、謎な言葉を口にした。

「中尉殿のおっしゃる通り、化学燃料ロケットなんて代物は、水素と酸素を反応させて花火みたいにドカンと打ち上げるだけスから、推進システムとしてはけんろうかつローコストっスよね。でも、それが旅客運搬用途でポピュラーじゃないのは、高G加速が乗客に負担をかけすぎるからでしょ?」

 そこまで言って、肩をすくめた。

「飛翔体離床時のごく短時間にせよ、キツい目みるのはアタシだったらゴメンだし、せめて、〈幌後〉に軌道橋が完成してれば、この子も苦労もしないで済んだのに、って思っただけっスよ。――な?」

 と、あらためてアタシに振ってきたのだった。

「軌道橋……ですか?」

 でも、アタシにはわからない。

 軌道橋って言葉に聞き覚えがない。

「ああ、そっか。宇宙エレベーターって言い方の方が良かったのかな」

 察した風に御宅曹長が言い直すけど、それでもピンとこなかった。

「惑星表面と静止軌道を結ぶのことよ。――知らない?」

 後藤中尉が注釈を加えてくれた。

 それでも同じ。知らないものは、やっぱり知らない。

「すみません」

 頭を下げるしかなかった。

「いいのよ。別に謝ることないわ。でも、そうか……、知らないか」

 後藤中尉はあごまむと、すこし考える表情になった。

 スペースマンとしての『常識』に欠けたダメな奴って思われたかな……?

「ほいほい、じゃ、コレ見て、コレ」

 ちょっと気まずい空気になりかけたけど、そこで御宅曹長が流れを変える。

 それまでオフになってたアタシの席の制御卓が、ポゥ……と淡く光ったの。

 テーブル表面のほとんど全部が操作卓兼画面になってるんだけど、曹長がなにか操作したんだね――その一部分に画像が表示されたんだ。

 百科事典の一部、なのかな――軌道橋(宇宙エレベーター)とは、そも何ぞ? な解説だった。

 それによると、軌道橋というのは、惑星と、その上空遙かを周回している静止衛星の間を昇降索ケーブルで結んだ超巨大(長大?)なエレベーターのことだった。

 普通一般(?)のエレベーターと同様、静止衛星そらと大地をつないだケーブルに荷籠ケージを取り付け、そのケージをリニアモーターで駆動し、昇り降りする仕組みになっている。

 ケージを上昇させるのにはもちろん電力が必要だけど、その電力はケージが下降する際、位置エネルギーを電磁的エネルギーに変換することで蓄えることができる。

 地上車などで用いられている回生ブレーキシステムとも通ずる手法とあった。

 なるほど。

 エコだ。

 移動に要するコストを抑えられるなら、運賃も安くできるに違いない。

 加えて、水平離陸式の軌道往還機シャトルに比しても、乗客に及ぼす負担が軽いと説明文にはあったから、だったら、ロケットに代わって主流となるのも当然か。

(ホント、こんな便利な物があったら、アタシも弾丸便なんかに乗らずにすんだのに……)

「――って思ってるだろ?」

 と、

 アタシの内心そのものをズバリ言い当てた声に驚き、顔を上げると、面白そうにニヤニヤしている御宅曹長と目が合った。

「ここも途中までは工事をしてるのに、まだ完了してなくって残念だったね」

 そう付け足してくる。

 はぁ……?

 それこそ初耳。そんな案件、〈幌筵〉星系議会はモチロン、〈幌後〉のそれでも議題になってる&なったとか聞いたこともないんですけど。

 いくら、アタシがスポーツ○鹿で、家業ヒマ無シお手伝いマンでも新聞くらいは読んでるし、それで全然知らないってことは無いはずだよね。

「いやいや、だってさ」

 そんなアタシの不審に気がついたのか、御宅曹長もまた、いぶかしそうな顔になる。

 てか、お願いだから、アタシの心を読むのはやめてください。

「だってさ、需品発注で〈〉の業者とかと話す機会があったけど、皆、国際宇宙港のことを『ペントハウス』、地上のを『グラウンド』って呼んでるじゃん。普通に聞いたら、それってエレベーターのフロア表示の言い回しじゃね?」

 そう言ってきた。

 あ……と思った。

 言われてはじめて気がついた。

 そっか、そうだよ。そうでもなけりゃ、そんな呼び名は逆にオカシイ。

 どうして気づかなかったんだろう。

「推測だけど、この星系は、生物由来産品を主要交易品とする一次資源生産地のようだから、他星系との主要交易商品は、原料、または加工済の農水産物がもっぱらの筈」

 後藤中尉が解説めいて言ってきた。

「星系の立地と考え併せると、収入源として大きな期待はできないわ。だから、多分、経済圏は自己完結型で、事実上、自給自足になっていると思う。軌道橋は、あれば便利だけれど元を取るのに時間がかかる。それで、いつかは造ろうという将来の予定に留め置かれているのじゃないかしら」

 なるほど。

「つまりは、それだけド田舎ってぇ事だぁね」

「曹長!」

 声をはりあげるや、スパーン! と、また小気味の良い音。

「ア痛~~ッ!」と、御宅曹長が席の上でのたうちまわる。

 警備府内の待合室の時から、もう何度も耳にしたけれど……、あ~、何かと思っていたら、これってタブレットを筒状にキツく丸めて筒にしてたんだ。

 でもって、それで殴ってた、と。

 角でぶたれるよりかはマシだろうけど、でも、それにしたって痛いだろうな。

 タブレットの方も、さすがは軍制品と言うべきか――こんな使い方をしても壊れないとか大したもんだわ。

 前席で繰り広げられる惨劇(?)に、思わず現実逃避してしまうアタシ。

「よ、要するに……、貨物運搬ロケットに乗るだなんてムチャをしてまで、期日に間に合わせてくれて、本当に嬉しい――そう言いたかったんスよ」

 お仕置きの一撃をまた見舞われそうなのを避けるためか、御宅曹長が悲鳴のような声をあげた。

 それで、その場は一件落着(?)と相成ったのだった。

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